表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
35/110

scene 34

「っつぅ……」

 ボクは思い切り草むらの中に尻もちをついた。身体のいたるところに葉っぱがまとわりつき、お尻がじんじんと鈍い痛みを訴える。

 ボクは右手で腰のあたりを(さす)りながら、あまりの痛みにさっきの少女にイラッとした。というか、ボクは何もしていないというのに突然突き飛ばした理不尽な少女の行動に憤りを感じていたのかもしれない。

 草むらから出て行き、思い切り少女に文句を言ってやろうと腰を地面から浮かせたけど、


「ちょっと、一体何なの?」


 明らかに少女のものではない声が上がり、ボクは動きをパタリと止めた。そのまま、再度ゆっくりと地面に腰をおろし、なるべく息をひそめて草の隙間から外の様子を(うかが)う。

「私には分かりません。向こうの路地の方向から上がった声でしたので」

「あ、そう。ならいいんだけど。あんた、まさかとは思うけど嘘ついてないでしょうね?」

「いっ、いいえ。とんでもございません」

 先ほどの声の主である人物は、少女の前に立っていた。長身で茶髪を持つ女性だ。結構美人だが、目つきが厳しくそのためキツい印象を受けてしまう。それに、金髪緑眼の美少女の前ではその美しさも半減しているように見える。

 じっと少女と女性のやり取りを眺めていたボクは、そこで初めて少女の服装をちゃんと見た。今まで、その綺麗な顔にばかり視線を奪われ、服なんて見ていなかったのだ。

 少女は黒いワンピースを身につけ、その上からフリルのあしらわれた白いエプロンをして、頭の上にはまたも白いフリルのカチュ-シャをしていた。――簡単にいえば、少女は〝侍女(メイド)〟の格好をしていたのだ。そして、少女の目の前に立つ女性も。

「ちゃんと仕事しなさいよ。サボってたら、一週間食事抜きだからね。それから、バーンズ家を火事にするんじゃないわよ。そんなことしたら、どうなるか分かってるわよね?」

「はい。それは重々承知しております」

 少女は、偉そうに怒りながら鋭い目で睨みつけてくる女性に大仰なほど丁寧なお辞儀を返した。深々と頭を下げる少女を見ながら女性は、


「ちゃんと働きなさいよ。奴隷(・・)


 嘲笑するかのような口調で、吐き捨てるように言った。そのまま少女に背を向けると、つかつかと歩いて行ってしまった。女性の歩いて行く先には、白壁の豪華絢爛(ごうかけんらん)な家が立っていた。

 バーンズ家。それは北側で最も裕福な貿易商を営む家庭である。父親と母親と、二人の息子に三人の娘が住んでいる。もちろん、侍女や執事や召使いもたくさんいるだろう。

 が――

「奴隷って、何よ……?」

 ボクの身体はいてもたってもいられなくなり、派手な音とたくさんの葉っぱうぃばら撒きながら、草むらを飛び出していた。

「ちょ、ちょっと! 〝奴隷〟って、どういうことなの?」

 ボクは、目の前で背を向けている少女に鋭い視線を向けながら言った。

「――どういうことって、そのままの意味よ。私は奴隷なの」

 少女のスカートとエプロンの裾が優雅に揺れる。少女はくるりと身体を百八十度回転させて、ボクを振り返った。


 ――ボクを振り返った彼女は、とても綺麗な微笑みをその美しい顔に浮かべていた。


「なっ……」

 ボクは一瞬、その微笑みにたじろき、僅かに身を引く。少女は、笑みを浮かべたまま薔薇の花のように艶やかで美しい、子供にしては艶っぽい唇を持ち上げる。

「そんなに、珍しいことじゃないでしょ? だって、こんなところなんですもの」

 少女は、ふっと視線を上げる。ボクもつられるようにして視線を上へと、空へと上げていた。

 空からは、白い綿の様な雪が降り始めていた。雪を落とす鈍色(にびいろ)の空を見上げると、周りにそびえる巨大で豪奢(ごうしゃ)な家の上部も自然に視界に入りこむ。

 ボクは双眸を細め、すっと視線を少女に向けた。少女はまだ上を見上げている。


「私はもともと南側に住んでいたんだけれど、奴隷として三年前ここに買われ、それ以来ずっとこの屋敷の庭で雑用をしているわ。――私ね、南側に住んでいた時は孤児(みなしご)だったし、今は奴隷だから〝名前〟っていうものを持っていないの。まあ、奴隷には名前なんて必要ないんだけどね」


 空を見上げる少女の表情はうかがえない。しかし、ボクには少女が泣いているように見えた。声も、僅かに震えているような気がする。でもそれは、寒さのせいかもしれない。

「私は三年間、春夏秋冬関係なくこの庭で庭掃除や、こうして焼却の仕事なんかをこなしてきたの」

 少女はすっと視線を下げると、そばの地面に置かれていた紙の束を掴み火の中に放り込んだ。紙を飲み込んだ火は一瞬火力を増し、すぐに火の大きさをもとに戻す。

 紙を燃やす火を見つめていたボクは、ちらりと視線を上げて少女をうかがった。少女はやはり口元をほのかに綻ばせていたが、どんなに口元が笑っていてもボクにはその目が泣き出しそうに見えた。


「――シャノン」


「え?」

 ふいに上げたボクの言葉に、少女はドラム缶から顔を上げた。少し驚いたような表情で、少女はボクを見つめてくる。

「シャノン・アンヴィル。それが、私の名前よ」

「シャノン――。そう、貴女はシャノンというのね」


「えぇ。私は――君にも自分の名前を持ってほしいと思ってる。それで、名前を持ったら私に名乗るの。名乗った相手に自分も名乗るのが、礼儀ってものでしょ?」


act 1が予想以上に長くなって唯今困惑中です;

いつになったらact 2に入れるのでしょうか……orz

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ