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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
33/110

scene 32

 アシュリー王国の西部地方は、他の地方と比べて貧富の差が激しい場所だ。西部地方の南側はスラム街、北側は歓楽街や豪邸が建ち並ぶ金持ちの住むような地区になっている。

 アシュリー王国は南半球にあるから、南側のスラム街の冬の寒さは尋常じゃなかった。凍死してもおかしくないほどの寒さが続き、毎日のようにスラムは雪の白で覆われる。貧しい人々は北側地区に赴いては盗みや人身売買、果てには売春をして生計を立てている。

 ――それほどにまで、皆が毎日を生きることだけで精一杯なんだ。


 そんな場所に、ボクは生まれた。神の愛娘として、生まれた。


 神の愛娘とは名こそ立派だけど、ただ単に不思議な能力を持って生まれた女の子のことをそう呼んでいるだけだ。その力は神から授けられた能力だとか言う人が多いことから、神の愛娘というらしい。世界の一部の地域では、神の愛娘を神として信仰する場所まであるそうだが、あいにくボクの住んでいたアシュリー王国の西部地方では神の愛娘の存在自体知られていなかった。

 だからボクは、差別の対象となってしまった。

 人々はボクに冷たい視線をぶつけ、言葉をかけることさえしてくれなかった。

 そんなボクにつけられた名は「悪魔の娘」だった。まったく、笑えるよな? 世間では神の愛娘だと敬われる力なのに、ボクの力は「神」のものではなく「悪魔」のものだったんんだ。

 悪魔、悪魔とはやし立てられ差別されるボクを、無論家族もあまりよく思っていなかった。ボクには二つ上の姉がいるのだが、そちらばかりを親は可愛がりボクになど目もくれなかった。力のせいで誰にも愛されなかったボクだが、しかし力のおかげで人身売買をしている人たちや奴隷商人に売られることもなかった。こんな力を持った子供なんて、誰も買う気になんてなれないからな。

 そんなボクにとって、冬は地獄に等しいものだった。まともな服なんか与えてもらえるわけもなく、ぼろきれに近い灰色のTシャツと黒の薄い生地の短パン、それから唯一の防寒具である赤い毛糸のマフラーだけを身に着けていた。靴なんてものはなく、年中裸足で過ごしていた。まともな服を着ることさえままならないボクが、冬の寒さに耐えられるはずもなかった。

 凍え、いつ自分は死ぬのだろうとそればかり考えていた冬。そんなボクにとって人生で十度目の冬。ボクは――〝彼女〟に出会った。


 ――あれは、特に寒さのひどい日のことだった。空は今にも雪を落としてきそうなほど真っ暗。太陽の光は分厚い雲に覆われて、一筋の光も地上には降り注がない。

 そんな曇り空の下。ボクは街の中をトボトボと一人で歩いていた。むき出しの素足を冬の冷たい風が容赦なく刺してくる。裸足の足から伝わる石畳の冷たさには慣れてしまい、足の裏は寒いとも痛いとも感じなくなっていた。

「……う。さぶ、い」

 口からはガチガチという歯が立てる音が漏れ、身体の震えは収まらない。寒さのあまりろれつも思うように回らない。口から洩れる息は白い煙となり、長く風に流れて儚いと感じさせるほど呆気なく消える。ボクは震える手で、首に巻いたマフラーを上へ引き上げた。

 その日のボクは、(だん)を取りに行くために外へ出ていた。家の中に暖房器具なんてない。家自体、崩壊寸前の瓦礫の山同然の場所なのだ。暖を取りたければ、路地や広場で焚かれている火のところまで行かなければならない。そこでドラム缶の中で焚いている火に集団になって当たるのだ。が案の定、ボクはどこに行っても受け入れられない。ボクの家族である父と母と姉も、無論火にあたることはできない。

 ボクはどこに行っても受け入れられないということを自覚していながら、「もしかしたら」なんていう微かな希望だけを糧にフラフラと火を求めて独りで彷徨う。一見馬鹿馬鹿しくも思えるが、それほどにまで、身体が火を、温もりを求めていたのだから仕様がない。


「っ……。火……どこ……?」


 フラフラと足は覚束(おぼつか)ず、意識も朦朧としてきた。視界はぐらぐらと揺れ、歩行人たちにぶつかるボクは道行く人たちに鬱陶しがられ、突き飛ばされて地面に倒れながらも不安定に歩き続けた。人々の波がボクの行く先をジャマし、思い通りに歩いてくれない足がふらつき、ボクをまともに歩かせてくれなかった。ボクは酔っ払いのようにフラフラと歩き続け、火を求めて細い路地に入って行った。

 と、その時――

 ボクの視界の隅で赤い何かが躍った。

「…………。あ……?」

 ボクはその赤いものが何なのか気になり、それが躍る右側へと視線を移した。しかししばらくはそれが何か認識できなかった。虚ろな脳は見たものをきちんと処理せず、それを〝赤く躍る何か〟としか捉えられない。

 しばらくそこに立ちつくしていたボクは、やっとその赤いものが何なのか、認識できた。


「――火だ」


 ポツリと呟いた刹那、ボクの顔には満面の笑みがじわっと広がった。そしてもう一度、震える唇でその赤いものの存在をしっかりと確かめるように、そっと大切に呟く。


「火、だ……」


さてさて。シャノンの過去の話に突入いたしました。

シャノンの言っている〝彼女〟の正体も分かります。

読者の皆様、毎回私の話を読んでいただき誠にありがとうございます。

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