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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
30/110

scene 29

 ――呆気なく、砂漠の薔薇は自壊した。


「なっ!」「え……」「っ――!」

 シャノンは砂漠の薔薇を見上げて目を(みは)り、ユーフェミアは呆然とし、彩乃は息をのんだ。

 本当に、一瞬の出来事であった。シャノンによって高く掲げられていた砂漠の薔薇が、呆気なく砂と化したのだ。

 シャノンの右手の平から固い石の感触が消え、代わりにざらついた砂の感触が嫌味なほど鮮やかに伝わってきた。砂はさらさらとシャノンの手の中から儚く流れ落ち、床の上に黄土色の乾いた小山を作り上げた。


「何故……。え――。うそ、だろ……」


 シャノンは泣き出しそうに顔を歪めると、糸が切れたかのようにふっと崩れるようにして倒れ、意識を失った。



     *     *     *



 ボクには、小さいころから青白いヒカリが見えていた。

 でも幼いころのボクにとって、ヒカリというのは凶器ではなくただ綺麗で面白いもの、というだけの存在だった。

 そんなボクを、近所の人たちは少なからず普通の子供とは思っていなかっただろう。人々がボクに向けるのは、異常な生物を見るかのような軽蔑の色を(たた)えた冷たい視線だったから。ボクの生まれた場所は小さな田舎でスラム同然の場所だったから、周りの人たちは〝神の愛娘〟という言葉もそれがどういう存在なのかも知らなかったのだ。神の愛娘であるボク自身、知らなかったのだから。

 だからボクはずっと自分は変なのだ、イカれているのだ、ダメな人間なのだ、失敗作なのだ、ここで生きていてはいけない存在なのだ、と思い込んでいた。周りの人たちが囁く言葉、ボクに向ける視線、ボクへの態度は、それらを物語っているかのようだった。人々の視線が、声がボクの身体をその鋭い棘で貫いてボクを傷つけ、傷つけられたボクは陰鬱な毎日を過ごしていた。


 だけど、ある日――

ボクを、希望の光がそっと照らしてくれた。


「逃げて。 生き延びて……。たとえ、すべての希望が消えたとしても……。私はずっと、貴方の味方だから」


 独りぼっちのボクに〝彼女〟だけは、とても優しかった。彼女はボクにとって唯一の光芒であり、この命が滅びようと守り抜きたい存在だ。



「シャノン。あなたはこれから、この人と一緒に暮らすのよ。もう、戻ってきちゃ、ダメよ」


 冷酷な母はそう言って、あのジジイにボクを売った。

 家族との別れの日、ボクを見送ったのは父の冷たい視線と姉のいやらしい笑みだった。



「お前の力を使えば、世界を破壊し征服することなど、赤子の手をひねるより簡単なことなのだよ」


 ジジイはボクの力を利用して、その悪趣味な考えを実行しようと企んでいた。


 冬の寒い空気は、人の心までをも冷たくさせるようだった。温かいのは名も知らぬ、彼女の心だけ。


 けれど――

もうここに、彼女はいない。ボクは旅立ち、彼女はあの街でボクの帰りを待っているから。

 彼女は今も、あの美しかったエメラルドグリーンの瞳を陰りで覆っているのだろうか?

 今も、あの作ったような笑みを浮かべて涙を堪えているのだろうか?

 ちゃんと、健康に今日を過ごしているのだろうか?

 彼女は―― 

ずっとずっと、ボクの味方でいてくれるのだろうか……?



     *     *     *



「――ノン。シャノン。シャノン」

「――っ」

 シャノンは重くのしかかっていた瞼を、ゆっくりと上げた。そして、


「っ」


 そこにあった顔を認識すると、すっと黙ったまま顔をそらしてしまった。

 今シャノンがいるのは、自分が寝起きしている広間の布団の上。鷹の絵は相変わらず、白い襖の上で優雅に舞うように飛んでいる。

「シャノン――」

「出て行ってくれ」

 シャノンは顔をそらしたまま、そこにいた少女――彩乃に冷たく言い放った。

「……全く。あんた、とんでもないことをしでかしてくれたねぇ」

「そんなとんでもない奴の顔を、お前はわざわざ見に来たのか?」

「シャノン。あんた、寝ながら泣いてたんだよ。自分で分かってるかい?」

「っ……」

 彩乃の思いがけないセリフに、シャノンは顔をそらしたまま目を見開いた。

 確かに、起きた時から頬に湿ったような感覚はあった。しかし、それが何なのかを考える前に、彩乃の視線をよけることにすべての意識が当てられていたのだ。

 シャノンはそっと頬を右手で触れてみた。そこは確かに湿っており、目頭も熱い。


「何でっ……。だって、ボクは――」


 言い淀むシャノンと、大仰なため息をつく彩乃。

「泣きたいのはこっちだよ。三年間も命をかけて守ってきた瑞穂の国の国宝である砂漠の薔薇が、まさか偽物だったなんて。主様も、大変傷ついてらっしゃる」

「そうだ――。ユーフェミアは? 今、どうしてる?」

 シャノンははっと上半身を起こし、彩乃を見た。彩乃はとても難しい顔をして、シャノンを見返す。

「主様は今、自室に籠っていらっしゃる。一応白胡がそばについているが、精神的ショックが大きくてどうなっていることか……」


「……本当に、申し訳ない。――ボクは……とんでもないことを……取り返しのつかないことをしてしまった……、だから、ユーフェミアに謝りたい。会っては、いけないのか?」


「シャノン。今は、止めておきな。とりあえず主様を一人にさせ、落ち着かせてやっておくれ」

「…………」

 シャノンは押し黙り、その顔を苦悶に歪めた。

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