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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
3/110

scene 2

※残酷描写があります。お気を付け下さい。


 空気が、揺らぐ。

 水面(みなも)が風に吹かれて波紋を広げるように、その場の空気が揺らいだ。

 それまで枝葉のざわめきを作りだしていた風は沈黙し、辺りは静寂に包まれる。

 空気を揺らがせたのは、少女の周りを浮遊している無数の青白い〝ヒカリ〟の筋。

 そのヒカリの正体は、不明。

 次の瞬間――

ヒカリの筋が、一人の少女を取り囲む数十人のヒトの(カラダ)を、まるで刃物で切るかのようにあっさりと引き裂いた。ヒカリは残像を残しながら、鮮やかに弧を描く。

 そのヒカリは、神秘的でありながら、とても残酷。

 蒼い尾を空に引きながら、次々にヒカリはヒトの躯を切り裂く。

 一番若いモノで十歳そこそこ、最年長でも二十歳(はたち)ほど。性別も体格や背丈もすべてがまちまち。

 ヒトビトはヒカリによって、腹を切られて血を流し、腕がもがれ、目を(えぐ)られ、両足を切断され、と色々な姿に変えられていた。皆に統一されている事といえば、真っ白い服装と、真っ赤な花を咲かせていることと、

――全く痛みを感じていない、ということだ。

 人間の急所の一つである頸動脈(けいどうみゃく)を切断されたり、躯を二等分にされたりして死んだモノも確かにいる。しかし――

生きているモノはみな、どんな傷を負おうと痛みを感じずに少女へと一歩一歩確実に迫っていた。

その姿は、まるでゾンビのようである。皆が着ている、真っ白な経帷子(きょうかたびら)が、余計に雰囲気を引き立たせている。

 首から真っ赤な噴水を上げるモノの血が、少女とヒトたちに降り注ぐ。瞬く間に少女は、不気味な真紅

に染め上げられた。

 光の入っていない瞳孔の開いたような瞳を持つヒトはその目で少女を見据え、幽鬼の如くゆらりと迫ってくる。

「痛みを感じない兵士、か。気色悪い目ぇしやがって」

 少女は辛そうに顔を歪める。そんな少女の周りを、神秘的な蒼い光の筋が取り囲む。

(あわ)れだな。強大な力を得たいがために、〝ほら吹きジジイ〟に利用されてこんなモノにされちまうなんて……」

 少女は呟くと、肺の中に空気を限界まで満たすかのように、大きく息を吸った。

 肺を空気で一杯にした少女は、すっとヒトたちを見据え、

「ヒカリたちよ。残った者たちをまっ――!!」

 〝ヒカリたちよ。残った者たちを抹殺しなさい〟と言おうとした。しかし、

「……っ!」

 右脇を()ぎった疾風と、右腕に走る焼けつくような痛みによって、それは妨害(ぼうがい)された。

 疾風の正体は、少女の目の前から後方へと駆けたヒトだった。

 そのヒトは、少女の数メートル背後に立つ十代半ば程の少年。手には食用ナイフほどの大きさの、殺人用小刀が握られている。その刀身は光の反射を防ぐために黒く塗られ、先からは赤黒い血を滴らせていた。

「く、そ……」

 少女は顔を歪めながら、右上腕部を左手で押さえる。右腕と左手の間から、細く流れ出すのは赤黒く、鉄臭い液体。

 少女の身体がぐらりと揺れ、足がふら付く。慌ててよろめく足を踏み(とど)め少年から視線をそらした刹那、

「がはっ……!」

 先ほど少女を切りつけたヒトが背後から、少女の右腕に赤く深い傷を付けた黒いナイフを投げたのだ。ナイフは少女の左脇腹を深く抉りとる。

「っく……」

 少女の目には痛みによって、うっすらと涙が浮かんでいた。その涙を(ぬぐ)う素振りも見せず、少女は鋭い眼光でヒトを睨みつける。

「ヒカリたちよ……。今すぐ、こいつらを抹殺しろぉぉ!!」

 なけなしの力を振り(しぼ)り、息も絶え絶えに少女は虚空へ向かって叫んだ。



   *     *     *



 森の何処かで、(ふくろう)(こも)ったような鳴き声を上げた。

 風が強く吹きわたり、森の葉をさわさわと揺らした。

 ヒカリに抹殺されたヒトたちは全員、真っ赤な薔薇(バラ)を咲かせながら地面に倒れていた。

「――もうすぐ、嵐のような(・・・・・)出会いが始まりそうですね」

 桜並木の下で、蜜色の少女は妖艶(ようえん)に微笑んだ。

「……い、てぇ。くそっ。……このままじゃ、出血多量で……」

 血に(まみ)れた少女は口からも血を吐きながら、今にも倒れそうなほどフラフラとした足取りで、月の光さえとどかない暗黒の森の中を歩んでいた。

 出会いの時はもう、すぐそこまで訪れている――。

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