scene 28
* * *
「シャノン。あんたは何を考えているんだい?」
真剣な声を発した彩乃の視線の先には、憂いを帯びた表情のシャノンが立ちつくしている。
「――ボクは。ボクは、砂漠の薔薇を手に入れなきゃならないんだ。大切な人を、助けなきゃいけないんだ……!」
シャノンは強い光を宿した瞳で言った。しかし、その声はわずかに震えていた。
彩乃はすっと双眸を細め、シャノンを見つめる。
「……シャノン。一体自分が何をしているか――」
分かっているんだろうね、と言おうとした彩乃の声を、
「本当は!」
シャノンの大声が遮った。
「本当は……、こんなこと、ボクだってしたくない。これは、この行為は、彩乃と、ユーフェミアを裏切ることになる……」
シャノンは心底辛そうに顔を歪め、その瞳を潤ませた。
「なら、何故――?」
彩乃は、シャノンに近付けずにいた。目の前に立っている茶髪碧眼の少女は確かにそこにいて、それは自分の見知った人だというのに、突然その少女の存在が遠くなってしまったかのように彩乃は感じたのだ。
「ボクは、守らなければいけないんだ……。ボクには、大切な人がいる。その人は、今、とても苦しみ、笑いたくもないのに笑っている。瞳は穢れによどみ、日々生きていることで精一杯の生活をしているんだ……」
「――あんたがその大事な人を思う気持ちは、良く分かる。その人を守り抜きたいと思う気持ちも、よく分かる。だけどね――」
彩乃は言葉を切り、鋭い眼差しでシャノンを見据えた。そして、
「あたしだって、守らなきゃいけないんだよ!」「私も、守らなければならないのです!」
「……っ?」
二つの声が、重なった。低いアルトと澄んだソプラノ。
彩乃の後方から響いたソプラノの声に、彩乃ははっと上半身を百八十度回転させる。彼女のすぐ後ろ。そこには――蜜色の美少女が立っていた。
「主様! 安全な場所にお逃げくださいと――」
「彩乃。これは、私の意思よ」
ユーフェミアは彩乃の発言を阻止すると、背筋をまっすぐにしてゆっくりとした足取りで堂々とシャノンの方へ歩み始めた。
ユーフェミアの行動に、彩乃とシャノンが目を見張る。
「主様!」「来るな!」
二人の叫びが重なる。しかし、どちらの叫びにもユーフェミアは答えず、淡々と歩を進める。
「シャノン。それを離してくれませんか? 私は、この瑞穂の国のためにも、それを守り抜かなければならないの」
「……断る。ボクも、これで――」
「では、貴女は私を裏切るのですね」
ぴしゃりとユーフェミアに言われ、シャノンはびくっと身体を揺らした。蜜色の瞳は鋭利な刃を持つ刀剣のように鋭い。
その瞳にシャノンは息をのむ。が、シャノンもすかさずにらみ返す。
「それ以上、ボクに近づくな。ボクの――ジャマをするなッ!!」
「私も! 守らなければならないのです! 一度効力を発揮した砂漠の薔薇は、百年の時が過ぎなければ再度力を発揮することはできません。それを、分かっていますよね?」
「そんなこと分かってる! でもッ……!」
ぎりっとシャノンは奥歯を噛み締め、顎を引く。ユーフェミアは、シャノンの張り詰めた言葉と態度を微動だにせず、ただ歩む。彩乃は勇ましいともいえるユーフェミアの背を見つめながら、ぎゅっと左手を握り締めた。
シャノンは、ユーフェミアの眼差しから逃げるようにして俯いた。その唇が、ゆるりと開く。
「……リたちよ。……を、……つけなさい」
その唇が小さく動き、悲しげな声を発した。刹那、
「――っ」
「主様!」
ユーフェミアのまっ白な頬に、赤い筋が一本描かれた。
ユーフェミアがわずかにひるんだすきに、シャノンは砂漠の薔薇を持っている右手を高く掲げた。そのまま、大きく息を吸う。
「シャノン!」「止めなさい!」
目を見開いた彩乃と、手を伸ばしたユーフェミアの言葉も聞き入れずに、
「砂漠の薔薇よ! ボクの大切な人を――〝彼女〟を幸せにしてくれッ!!」
声の限り、大声で叫んだ。