scene 27
彩乃は、己の目で見たものが信じられなかった。
宝石を守っている建物が、木端微塵に破壊されていたのだ。もうもうと立ちこめる土煙りの中は、うかがい知れない。
建物は木でできていたらしく、巨大な木の柱が積み重なるようにして横たわっていた。
「嘘、だろ……。建物自体に結界を張ってるんだよ……? そんな、簡単に全壊できるようなものじゃないっていうのに……。秘宝は――」
立ちつくしていた彩乃は、はっと目を見開く。
「シャノンは……? シャノン! シャノン!」
迷子のわが子を探すかのように、彩乃は不安げに瞳を揺らめかせながら一人の少女の名を呼び続ける。彩乃の声は虚しくこだまし、返事はなかなか返ってこない。
「くそっ。シャノン、死んでんじゃないよっ……」
肩で息をしながら彩乃が再度少女の名を呼ぼうとしたとき、
「彩乃……」
「シャノン!」
彩乃の名を呼ぶ、張りのある声が土煙りの中から上がった。彩乃ははっと声の方向を振り返り、ほっと胸をなでおろした。
「シャノン。死んでないね? 怪我はしてないかい?」
彩乃はシャノンを助けに行こうと、倒壊した建物の中へ進もうとし、
「?」
止めた。土煙りの中に立つ、人影が見えたからだ。シルエットだけではそれがシャノンか敵かはっきり分からないため、彩乃はそれが敵であっても大丈夫なようにすっと身構えた。
「――シャノン?」
訝しむように彩乃はシャノンの名を呼び、オッドアイの双眸を細めた。
「彩乃……。ごめん」
シャノンの憂いを帯びた声とともに、疾風が通り過ぎ土煙りが流された。シルエットであった人影が、はっきりと色を帯びる。
茶。蒼。薄橙。赤。白。紺。そして――黄土。
「!」
彩乃は再度、自分の目を疑った。頭の中を、困惑が支配する。
そこには、服や肌を僅かに血で赤く染めたシャノンが立っていた。
――〝砂漠の薔薇〟を、その手にしっかりと持って。
* * *
静寂が、降り注ぐ。
死体は口を閉ざしたまま唇を持ち上げようとはせず、そこで唯一息をしているものでさえ、口を開かない。
穏やかな風が、建物の破壊された入口から吹きこむ。風は、建物の中に佇むシャノンの短い髪を小さく躍らせた。
「どうする――」
シャノンは、目の前に置かれている砂漠の薔薇を忌々しげに見つめる。砂漠の薔薇はそんなシャノンには知らん顔をして、そこにひっそりとあり続ける。薔薇の花弁のような形状をした黄土色の地味なそれは、どう見ても宝石には見えない。
シャノンはぎゅっとこぶしを身体の横で握りしめた。
――シャノンは砂漠の薔薇を求めて、数日前旅だった。その旅の目的が、今目の前にある黄土色のそれを手に取るだけで達成できる。
が、砂漠の薔薇を手に取るという行為は、これを命をかけて守っているユーフェミアや彩乃を裏切ることと同意だ。その二人は、シャノンの命の恩人でもある。
しかし、
「でも……。ボクは……」
シャノンは俯き、ぎゅっと唇をかみしめた。その周りでは、ゆるゆるとヒカリが舞う。シャノンは俯いて表情を隠したまま、ゆっくりと口を開く。
「ボクは……、助けなきゃいけないんだ……。あの瞳には、あの綺麗な瞳にはこれ以上穢れてほしくない……」
シャノンの頭の中で、澄んだエメラルドグリーンの瞳が嬉しそうにほころぶ。
艶めく茶髪が、ふわりと揺らめく。いつかこの建物自体が秘宝の結界だと話してくれたユーフェミアを思い出しながら、シャノンは口から酸素を大量に吸い込み、
「ヒカリたちよ! 砂漠の薔薇の結界である、この建物を破壊しなさい!」
一かけらの躊躇も見せず、きっと前方を睨み据えて叫んだ。
シャノンの命令に必ず従うヒカリたちは、一斉に嬉々として揺らめき、そして――