scene 26
「畜生……。畜生、畜生、畜生、畜生、畜生――!!」
壮絶な叫び声が、襖で何重にも仕切ることができる巨大な部屋に残響する。叫び声の主はまだ十代前半に見える、黒服をまとった一人の少年。その右腕には深く肉を抉られた傷があり、止めどなく血があふれていた。
左手で必死に傷口を抑える少年の数メートル先。そこには微塵の隙も見せない体勢で凛々しく刀を構えている彩乃がおり、その後ろに庇われるようにしてユーフェミアが立っていた。
「くそっ。何で、全然攻撃が当たらないんだぁぁぁッ!」
少年は苛立たしそうに顔を歪め、天井に向けて叫ぶ。
「――無駄が多いんだよ。あんたの攻撃には」
彩乃は落ち着いた声で、少年の攻撃の欠点を指摘する。確かに、最初から少年の動きは大ぶりで、苛立ちに任せて武器を振るため隙ばかりの攻撃となっていた。
彩乃の言葉に、少年はさらに苛立ちを覚える――かと思いきや、
「――無駄。……無駄、か。クククッ。ハハハハハッ! そうだ! 無駄だ! こんなだらだらと長い闘いは、無駄無駄無駄ぁッ!」
狂ったかのように声を張り上げ、血走った眼をぎょろりと彩乃に向けた。彩乃は怯むことなく、その視線を受け止める。
ニタリと気色悪く笑む少年は、苛立つほど緩慢な動きで懐へ手を差し込んだ。少年の言動を訝しく思いつつも、彩乃は何も言わずただユーフェミアを守るために刀を構え続ける。
やがて、少年の懐から手が引き抜かれた。小さな手の平が握りしめる物。それを見た刹那、彩乃は驚きで眼を見張り、彩乃の影から心配げに少年を見つめていたユーフェミアは息をのんだ。
少年の手に握られていたのは、筒状の茶色いものと、小さな赤い箱。
――ダイナマイトとマッチだった。
「少年。それを離せ」
彩乃は少年が取り出したものはただの棒きれだったかのように、ひどく冷静に言う。が、刀を握る手はじわりと汗ばみ、知らず知らず手に力をこめていた。
「うるせぇ! いーか? オレがこいつに火をつければ――ドッカーン!」
少年は気が狂っているとした思えないほど、大声で下品に笑う。
「そうなりゃ、ここもてめぇらもオレもバラバラだ。原型もとどめないくらい、バラバラさ! ただの血と肉の塊に変わるんだぁ!」
ゲラゲラと少年は笑い、彩乃は冷淡とも思えるほど落ち着いた瞳で少年を見据える。ユーフェミアは身体を震わせながら、ぎゅっと瞳を閉じた。
「少年。最後に聞く。それを離す気はないかい?」
「うるっせぇんだよ! 誰が離すか!」
「――分かったよ」
彩乃は小さく息をつき、すっと瞳に鋭い眼光をたたえた。心配げな表情で後ろから彩乃を見つめているユーフェミアをよそに、彩乃は走り出す体勢をとる。
彩乃が足の平に力を込め、少年へと駆けだそうと体勢を前方へ傾ける。その瞬間、
空が崩れてしまったかのような破壊音が、部屋にいた者たちの鼓膜を裂かんばかりに轟いた。
「ギィヤアァァァァァ――!」「なっ!」「わぁっ! きゃっ! なっ。え? はい?」
少年はまるで世界の終わりを目の当たりにしたかのように絶叫し、頭を抱え込む。走り出そうとし、それを実行できなかった彩乃は驚きに眼を瞠る。彩乃の後にたたずむユーフェミアは、奇妙な悲鳴を上げながら視線を辺りにせわしなく巡らせた。
地と空気を揺るがし、屋敷自体を小刻みに震えさせた巨大な破壊音。それは――
秘宝を納めている、建物の方から聞こえた。
「――シャノン!」
彩乃は一人の少女の名を叫ぶ。その頭の中で、茶髪碧眼の少女が彩乃に太陽のように明るい笑みを向けた。
「くそっ」
悪態を一つつき、前方でダイナマイトを手から落として頭を抱え込んでいる少年へ走り寄った。力強く足は畳を蹴り、左手に作ったこぶしを後ろに勢いよく引く。徐々に近づいてきた少年との距離を確認し、彩乃はこぶしをまっすぐ少年の腹へ叩き込んだ。
「がはぁっ!」
少年の身体は情けなく後方へ傾き、彩乃はさらにそのうなじに肘を叩きつけ、完璧に気絶させた。
うつ伏せに倒れた少年の上に足を乗せた彩乃は、
「主様は白胡を呼び、安全な部屋へ御逃げください。私はシャノンのいる宝物庫へ参ります」
ユーフェミアに早口で告げ、懐から細長い縄を取り出した。それを使って、手なれた動きで素早く気絶した少年を縛り上げる。畳の上に転がっているダイナマイトとマッチは回収して懐へしまい、動かなくなった少年を重くもなさそうに肩へ担ぐ。そのまま庭に面した廊下につながっている障子を開け、外へと目にもとまらぬ速さでかけだして行ってしまった。
部屋に独りで取り残されたユーフェミアは、
「――私だけのこのこと逃げるようなこと、できるわけありません」
そっと呟くと彩乃の後を追って、彩乃の走りの半分ほどのスピードでかけだした。
今回少々(というかかなり)手抜きで本当に申し訳ありません;