scene 23
* * *
木造のいたって目立たない、質素でこじんまりとした円形の建物。その建物の入り口である観音開きの扉の前に、全身に黒い服をまとった一人の人間が立っていた。背丈からして大人、体格からして女性であることが分かる。
女性は両開きの扉に厳重にかけられた鎖と、鎖を止めるための南京錠を漆黒の瞳でじっと睨みつけている。だらりと身体の横に垂らしている右手には、平穏な太陽の光に照らされて鋭く閃く両刃の大ぶりな剣が握られていた。
どうやら女性は、建物にかけられた鎖を刀で断ち切ろうとしているようだ。
「…………。――っ」
女性は黒い布で覆われた口から大きく息を吸い、刀に両手をかけてすっと上段に構えた。漆黒の瞳を白い瞼で閉ざし、精神を刀に添えた両手に統一させる。
そして、
「そうはさせねぇぞ!!」
背後から響いた勇ましい声によって、精神統一はぶち壊された。すっと姿を現す、闇色の瞳。
「何者!」
女性は振り返り、上段に構えていた刀の切っ先を後方に向ける。
「てめぇに名乗る名なんてねぇんだよ」
女性の後方には、爛漫の桜の木の枝に威勢よく立ち、鋭く女性を睨みつけている少年のような碧眼少女の姿があった。
「子供か」
女性は眼を細め、シャノンへ見下すような視線を投げた。木の上のシャノンは、女性の言葉に不敵な笑みを返す。
「子供だからって、甘く見んなよ。オバサン」
「口の悪いクソガキだな」
「そっちこそ、秘宝を狙ってるクソババアだ」
「私はババアと言われる歳でない」
「ボクだって、ガキといわれる歳じゃねぇよ」
「私から見れば、お前はガキだ」
「そういうなら、てめぇだってボクから見ればババアだ」
双方とも睨み合ったまま、似たような口悪い言いあいを繰り返す。しかしどちらも、相手に一歩たりとも勝ちを譲ったりしない。
「あぁ。もうこれじゃ、らちが明かない。さっさと片付けるか」
シャノンはニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべる。女性はシャノンの笑みを訝しく思い、眉をひそめた。
瞬間、
「ヒカリよ。あいつが持っている剣を切り落としなさい」
小声でシャノンは呟き、青い筋のヒカリは素早い動きで一斉に女性へ襲いかかる。
「っ!」
刹那に女性の身体に寒気が走る。自分の身に迫って来る何か。それを感じた女性は神経を尖らせ、剣を慎重に構える。しかし、
「?」
風が一陣舞っただけであった。女性は眉間にしわを寄せる。何も起きなかったことに対し、樹上の少女をあざ笑おうとしたその時。
――ふいに響く、乾いた音。はっと目を見開く女性。
「なっ!」
女性はそこで、自分の剣の刀身がなくなっていることに気がついた。女性は先ほどの乾いた音の発信源である、地面に落ちた刀身を一瞥する。
「どうだ! ボクはクソガキなんかじゃない!」
「……いいや。立派なクソガキだ。〝神の愛娘〟などと、生意気な」
「!」
女性は木の上のシャノンを睨みつける。一方のシャノンは、驚きで口を開いていた。
「何故っ……。何で、あんたは、この力が神の愛娘のものだと、分かった……?」
「何故か? フフっ」
女性は残酷に微笑みながら、しかしその瞳を鋭いナイフのように尖らせた。刀身のほとんどがなくなったが、まだ使いものにはなる剣を持っている右手を下におろし、そしてあろうことかそれをあっさりと投げ捨てた。
今度はシャノンが訝しむ番となった。眉間にしわを寄せ、女性の行動を見つめる。
「教えてやろう。それは――」
刹那、女性の姿が霧のようにその場から何の前触れもなくふっと消えた。シャノンは眼前の光景が信じられず、はっと眼を見開く。
そして、
シャノンのすぐ目の前に現れた、女性。
「――私も、〝神の愛娘〟だからだ」