scene 22
* * *
次の日の朝。
太陽の光に照らされた大地に、小鳥のさえずりが響き渡る。爽やかな春風は草木をさわさわと揺らし、心地よいメロディーを奏でる。
蒼空が広がるその日。まだ広間の布団の上で眠っている、栗毛の少女の姿があった。
「うんん……。やっぱり、彩乃には……木刀振り回してる方が、似合ってるってぇ……」
少女、シャノンはそんな訳の分からない寝言を言いながら、寝相悪く大の字になって布団の上に寝転んでいた。
「…………」
そんなシャノンの姿を、枕元に立って見つめる影が一つ。影はしばらく無言でシャノンを見ていたかと思うと、白い何かの物体を持った右手をシャノンの顔の上に持ってきた。ニヤリと影は顔をほころばせ、すっと物体から手を離す。白いそれは重力に逆らわず、下へと――シャノンの顔の上へと落ちてゆく。ぴちゃん、とシャノンの顔にその白い何かが着地した。
刹那、
「――っ!! 冷ってぇぇぇぇぇ――!!」
シャノンが、布団から飛び跳ねるようにして起きた。その顔から白い物体がとれ、布団の上に落ちる。
「プッ。ハハハハハ! それは、寝坊したバツだよ」
シャノンの驚き様を見て、声高らかに笑った影はぴんっと右手人差し指をシャノンに突きつけ、左手を腰に添えた。
「はっ……? あっ、彩乃!?」
「おはよう。シャノン」
影もとい彩乃は突きつけていた右手も腰に添え、にっと屈託なく笑った。シャノンはその無邪気な少女の姿を、呆気にとられて見つめる。相変わらず彩乃の瞳は不気味な赤と黒のオッドアイだったが、黒眼には生き生きとした光が浮かんでいた。赤眼は、その奥に底知れぬ闇を宿したように重く暗く沈んでいる。
「彩乃。もう起きて、大丈夫なのか?」
「もちろんだよ。さっ、早く起きて。朝餉を食べに行くよ」
「おっ、おう!」
彩乃は軽く手を振って、大きく翼を広げた鷹の絵が描かれている襖の向こうへと消えていった。
「――さてと」
シャノンは視線を下げ、そこに落ちている白い物体を見る。それは、冷たい水をいっぱい含んだ白い無地のタオルだった。
「起こし方が悪趣味だっつーの」
シャノンは苦笑しながら、そのタオルを摘み上げた。タオルが落ちていた部分の布団は、僅かに水を吸って濡れていた。
「あーあ。ま、べつにこれくらいなら大丈夫だろう」
シャノンはタオルを持ったまま布団から立ち上がり、そのまま猫の鳴き声のような声を上げながら、大きく伸びをした。
きつく晒し布をまき、その上から白い前合わせの和服を着、紺色の袴をはいたシャノンは「よし!」と声を上げる。
「今日も一日頑張るか。……精一杯恩返ししなきゃな。そろそろ、ここともオサラバした方が良いだろうし」
シャノンは憂いを帯びた顔と声でそう言い、すうっと大きく深呼吸をした。
食事をするための広間へつながる北の廊下を二人の少女が歩みながら、ふと一人が声を上げた。
「そういやシャノン。今日の朝、寝言で〝彩乃には木刀を振り回してる方が似合ってる〟とか何とか、言ってなかったかい?」
彩乃の言葉に、シャノンはぎょっと眼を見開く。
「えっ……!! ウソッ!?」
シャノンは驚きで知らず知らず大声を上げた。その声が五月蠅いという風に彩乃は顔をしかめながらも、こくりと頷く。
「嘘じゃないよ。で、それはどんな夢だったんだい?」
良く言えば艶やかな、悪く言えば相手を甚振るような笑みを浮かべて、彩乃はニヤリとシャノンを見つめる。
「…………。あ、あれはなぁ――」
シャノンが観念したように口を開き、夢のことについて語ろうとしたときだった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
シャノンの声を遮るようにして、鋭い悲鳴が虚空を切り裂いた。
「っ!! 主様っ!」
二人の目つきが瞬時に鋭くなる。同時に、彩乃はいつも背負っている日本刀をすらりと抜き放った。煌めく白刃が二人の前に姿を現す。
「シャノン! あんたは屋敷の裏の宝物庫に行ってきな。あたしは主様のところに行く!」
彩乃は早口でシャノンに叫び、その言葉を言い終わらないうちに悲鳴が聞こえてきた方向へと疾風のごとくかけだした。
「ボクも行かなきゃ……」
シャノンはぎゅっとこぶしを握り締める。そのままくるりと振り返り、宝物庫があるであろう方向をきっと睨んだ。