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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
20/110

scene 19

「――誰?」


 シャノンは首を傾げる。男性は小さく笑うと「まずは部屋に入らせてもらおうよ」と言って、何の遠慮もなく部屋の戸を大きく開けた。

「誰ですか?」

 ノックもなしに戸が開いたので、中にいたユーフェミアは驚いて顔を上げた。同時に、彩乃の虚ろな視線も入口の方へ泳ぐ。とたんに、


「父上!!」


 見ている方が驚くような素早さで、がばっと布団から飛び起きた。

今日(こんにち)は。それから、久しぶり。彩乃、ユーフェミアちゃん」

 男性――彩乃の父はにこにこと、いかにも無害な笑みを浮かべて、空いている左手を二人に向けてひらひらと振った。

 彩乃の父はシャノンと同じような袴をはいていた、年齢は三十代後半なのだが、どう見ても二十代の前半にしか見えない。神と瞳は彩乃と同じ、黒色をしている。髪はとても長く、後ろで一つに束ねていた。漆黒の瞳には、フレームの薄い銀縁眼鏡がかかっている。

 呆然とシャノンが彩乃の父である男性を見つめていると、ふいに彩乃の父はシャノンに木のプレートを無造作に渡した。

「――ととっ!」

 シャノンは慌てて、プレートのバランスを取ろうと手を動かした。が、

「あ、れ……?」

 プレートはシャノンがバランスを取らずとも、シャノンの手の高さで水平に浮いていた。

 シャノンは眉をひそめて訝しみながらも、そっとプレートの取っ手を握った。すると、シャノンの手にずしりと重たい感覚が伝わる。レンゲがプレートの上で左右に揺れ、カタカタと小さな音を立てた。

 突如として現れた彩乃の父は、ゆっくりとした足取りでユーフェミアと彩乃に近付く。

「お久しぶりです、(よもぎ)さん。お元気そうで、何よりです」

 ユーフェミアは両手をぺったりと床につけ、深々と最も丁寧なお辞儀をした。蓬、と呼ばれた彩乃の父は、屈託のない子供の様な笑みを浮かべてユーフェミアを見つめる。

「私はいつだって元気だよ。この森と屋敷が広くて、ここへたどりつくのにはなかなか骨が折れたけどね」

「すみません。大変、お疲れでしょう?」

「いやいや。秘宝を守るための森と屋敷だ。これくらい広いのが、妥当だよ」

 蓬の足取りはゆっくりだったが、彩乃が寝ていた布団は入口近くに敷いているため、彼はすでに布団の右側の枕元に着いていた。そこに蓬はあぐらをかき、彩乃を挟んだ向かいに座っている、ユーフェミアを見る。

「相変わらず、ユーフェミアちゃんは美人だねぇ。いや、三年前よりもっと美人になったかな?」

「父上」

 彩乃が叱咤(しった)するような声音でいい、蓬を睨みつける。蓬はその眼がオッドアイなことに驚きもせず、まぁまぁと彩乃を制した。

「大丈夫だ。彩乃も美人になってるよ」

「そんなことを、あたしは聞きたいんじゃないよ。……父上は何故、ここに来たんだい?」

「いや。そんなことは後でいいから。ほら、そこのアシュリー人の女の子」

 蓬は入口を振り返り、そこに立ちつくしているシャノンを見た。

「えっ? あ、ボク?」

「そうだよ。君以外に誰がいるんだい? 彩乃に、粥を持ってきたんだろ?」

「あっ」

 シャノンは慌てて歩を進めた。カチカチとレンゲが鍋に当たる乾いた音を響かせながら、シャノンは彩乃のそばへ来た。自分の隣に座る蓬に、シャノンはペコリと小さく頭を下げた。

「彩乃。これはボクと白胡で作ったお粥だからな。ちゃんと残さず食えよ」

「はいはい。分かってるよ」

 シャノンはかがんで膝立ちになり、お粥をプレートごと彩乃に渡した。作りたての頃はせわしなく上がっていた湯気も、今では元気をなくしたかのようにすっかり薄くなっている。

 彩乃は小さな三つ葉がそえられたお粥を、嬉しそうに微笑みながら見つめた後、プレートを布団ごしに自分の足の上に置いてその前で「いただきます」と手を合わせた。その姿を真剣にシャノンは見つめ、蓬とユーフェミアは顔を少しほころばせて見つめる。四人とも、無言のままだ。

 レンゲを手にした彩乃は、自分をじっと見つめる三人を一瞥(いちべつ)し、「あのねぇ」と声を上げた。

「そんなに見られてちゃ、食べにくいんだけど……」

「あっ。ごめん」「すっ、すみません」「あぁ。そうか」

 シャノンは少し顔をしかめ、ユーフェミアは頭を小さく下げ、蓬は問題がやっと解けたという風に右手で左手を打った。

「それじゃまずは、アシュリー人のこの子にあいさつしておいた方が、いいかな?」

 蓬はあぐらを正座に直してシャノンの方を向き、シャノンも慌てて蓬に向き合った。その後、少々苦戦しながらも礼儀正しく正座をする。

「私は入江蓬。彩乃の父親だ。よろしく」

 蓬はすっと、シャノンへ手を伸ばす。

「あ。はい。ボクは、シャノン・アンヴィルと申します」

 シャノンは名乗った後、蓬の手をそっと握った。蓬は握った手を小さく上下に動かすと、そっと解いた。

「――で。あの。思ったんですけど……」

「うん? 何だい。シャノンちゃん」


「えっと……その、二つ聞きたいことがあるんです。一つは、どうしてこのお粥を置いた木のプレートを浮かばせることができたのか、ということです。もう一つは……どうしてボクが、こんな男みたいな格好をしているのに一目で女の子だと分かって、さらにアシュリー人だということも分かったのか、ということです。ボクのような茶髪碧眼なら、ユバーフィールド連合王国にもいるのに、あなたはボクをアシュリー人だと断定しましたよね?」


 シャノンの問いに、蓬は苦笑する。


「一気に聞かれても答えられないよ。だけど、一つ一つ順を追って説明しようか。――まず、私が物を浮かせることができたのは何故か? それはね、シャノンちゃん。私が〝魔術師〟だからだよ」


今回も結構長めでしたよ~。

次回もできる限り頑張りたいです!!

※編集をして、蓬の容姿を足しました。

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