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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
2/110

scene 1

    ――真実と虚構。信頼と裏切り。

       それらはすべて、裏表――



 *     *     *



 桜が、舞った。

 月光の光を浴びて輝く薄紅色の花弁は、瞬いた刹那あっという間に夜闇へと溶けてしまう。

 濃密な闇は、全てを吸い込んでしまいそうなほど深く、そして恐ろしい――。


「夜桜も、悪くないですね――」

 吹きわたる風のように涼やかな声が、夜闇の静寂を突き抜けて凛と響いた。

「それに今日は、とても満月が美しいです」

 涼やかな声の主はそう言うと、見ている者がうっとりとするほど美しい微笑を整った顔に浮かべた。

 夜の光を支配する月のように美しい蜜色の髪と、同色の瞳を持つ十代後半ほどの少女は、誰がどう見ても美少女というであろう顔立ちであった。

 その少女は、藍色の地に大輪の水色の花が描かれた振袖(ふりそで)を、金魚の尾を思わせる真っ赤な帯でしばって着ていた。その美しい蜜色の長髪は、シニヨンに結いあげられている。

 少女が今いるのは、石を組んで造られた幅広い道。その隅に置かれた木造りのベンチの上に少女は座っている。石畳の道の両脇は、ひしめき合うようにして咲く満開の桜の木に埋められているため、見晴らしはあまりいいとはいえない。桜は少し風が吹くだけで、連鎖するように枝々を揺らし大量の花弁を舞い散らせる。その度に、道は艶やかな薄紅色に染められてゆく。

「桜咲く春は、素敵な出会いがある……。そうでしたよね――? 海棠(かいどう)……」

 少女は独り、天空を仰いだ。

 この地全土を照らす月が、少女を見返していた。

 美しく風に舞う桜が、少女の視界で踊っていた。

 全てを覆い隠すほどの闇が、少女の瞳を淡い黒に染めていた。



 *     *     *



 ――逃げて。 生き延びて……。

  たとえ、すべての希望が消えたとしても……。

  私はずっと、貴方の味方だから。


 満月の明るい夜。一人の少女が、木々の生い茂る森の中を走っていた。

「逃げろ……。逃げろ……」

 絶え間なく荒い息を吐く少女は、自分に言い聞かせるように呟く。

「走れ……。走れ……。こんなところで、立ち止まるなぁっ!」

 絶叫と共に少女の足はスピードを増す。

しかし――

「っ!」

 スピードが上がった足は限界に達していたのか、無情にもあっさりと(もつ)れてしまった。そのまま少女は(あらが)うこともできず、呆気なくその場に倒れる。

「くそっ……。立ちあがれ……。立て……。立ってくれ……。立たせてくれ……!」

 土埃に汚れた少女は叫ぶ。

 少女の声は、虚空に吸い込まれる。まるで周りの闇が、静寂を守らんとしているかのように。

 そんな虚しい少女の叫びに答えたのは、

『ターゲット発見。ただちに生きたまま捕獲せよ』

 茂みから出てきたヒトビト(・・・・)の、機械的な声だった。

「畜生……。もう、来やがったの、かよ……」

 うつ伏せで倒れている少女は息も絶え絶えに呟くと、口を小さく開いて酸素を身体に取り込んだ。

 機械的な声を発したヒトビトは、倒れている少女の周りをすばやい動きで取り囲み、虚ろな瞳で少女を見下ろした。その数、ざっと三十ニンほど。

 荒い呼吸をつづける少女はヒトビトの視線も気にせぬまま、一度大きく深呼吸をした。

「……大丈夫。今なら暴走(・・)せずに、使える……」

 色も大きさも違う約六十個の瞳で見つめられる中、少女は土で汚れた服もそのままにゆらりと立ち上がった。そして、自分の周りを取り囲んでいるヒトビトをその碧眼(へきがん)で見渡し、

「光たちよ! この者たちを切り裂きなさい!」

 右手の人差し指をぴんと前に突き付けると、その張りのある声で鋭く叫んだ。

 刹那――惨劇が幕を上げた。

 

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