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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 1 春の宵、桜の都
19/110

scene 18

 彩乃の悲鳴のような大声が、シャノンの耳をつんざく。びくっとシャノンは震え、その振動は手からお粥をのせたプレートに伝わる。カチャン、と鍋とレンゲが触れ合う。

 シャノンの足は、自然と止まっていた。その蒼く澄んだ眼は瞠られ、唇は強く噛み締められている。

 (はや)る気持ちを抑えながら、シャノンはまたゆっくりと足を進める。ぼそぼそした、ユーフェミアの小さな声がその耳に届く。

 彩乃の部屋の前までたどり着いたシャノンは、部屋の戸がわずかに開いていることに気がついた。そこから、橙色の淡い光が廊下へ漏れている。

 良心がずくりと鈍く痛み、頭の中で自分を非難する声も上がったが、シャノンは部屋には入らず、戸に背を向けて二人の話を立ち聞きした。

「……何故、私はこうなってしまったのでしょうか……? 主様をお守りしなければならないというのに……。逆に、守られているなんて……。本当にっ……ごめんね……。自分が、情けないよっ――」

 彩乃の絞り出すような、悲痛な声。その言葉の最後は敬語ではなく地の言葉だったが、シャノンは違和感を覚えなかった。

 シャノンは立ちつくしたままぎゅっと顔を歪め、瞼を伏せた。

「そのようなことは、ありませんよ。彩乃は私が秘宝の守り手となってから三年間ずっと、その身を(てい)して私を守ってくださったじゃありませんか。それに、病は仕方のないことですよ」

 シャノンは静かに身体を動かし、戸の隙間からそっと中を(うかが)った。

 蝋燭の火で橙色に染まった、入口近くに敷いてある白い布団の上。そこに彩乃は横たわり、その左側の枕元にはユーフェミアが座っていた。そして――

彩乃は両目の上に右腕を乗せ、その隙間から大粒の涙をこぼしていた。

 シャノンは驚きで、口を小さく開けていた。

 この数日間、彩乃の涙など見たことがなかったのだ。眼から血を流したときでさえ、彩乃は消して泣いたりしなかった。

「本当に、自分がイヤになってしまいます……」

「彩乃……」

 ユーフェミアは悲しげにまつ毛を伏せ、彩乃の涙にぬれた顔を見つめる。シャノンはその光景を見てはいけないような気がしながらも、目を離せなくなっていた。

「――主様」

「はい。何でしょう?」

「一つ、お頼みしたいことがあります」

「はい。それは何でしょう? 何でも構いませんよ?」

 ユーフェミアは声音に僅かな喜びをにじませ、彩乃に優しく問いかけた。彩乃はそっと腕を眼から離す。その下から、不気味なほど美しい黒と赤のオッドアイが姿を現す。


「――もし、寄生虫にこの身体が奪われてしまい、私が狂いだしたときは……迷わず、私を殺してください」


「なっ……!」

 ユーフェミアは眼を見張り、唇を震わせた。先ほどまで浮かんでいた優しげな笑みは一瞬でかき消え、再び不安と憂いが影を落とす。蜜色の瞳は鈍い光を帯び、彩乃のオッドアイは虚ろに天井を見つめる。 

「そのようなこと……私には、できません。彩乃は、私に苦しみを与えるというのですか?」

「――そうかもしれません。けれど、そうしなければ、狂ってしまった私は……主様を殺してしまうかもしれません。私は、主様には死んでほしくないのです」

「けれどっ……そんな……」

「……大丈夫ですよ。主様は、白胡に〝彩乃を殺せ〟と命令されるだけでよいのです。白胡ならば確実に私を殺すことができるでしょう」

 彩乃はユーフェミアを安心させるかのように、そっと微笑んだ。が、ユーフェミアは苦しげにうめき声を上げ、瞳から涙をこぼすだけだった。

「貴女は、私に殺人者になれと(おっしゃ)るのですか?」

「いえ。呪われし瞳の子の殺害は、法律で殺人とはみなされないと決められています」

 ユーフェミアは固く眼を閉じる。彩乃は、ぼんやりと闇に包まれた天井を見続ける。

「……っ」

 シャノンは、震えていた。身体中が震え、周りで揺らめくヒカリも小刻みに震え、それを抑えようとしても震えは一向におさまらない。シャノンはそのまま身体を戸の隙間から引き、そして、


「っ――!」


 その手から、プレートのとってを滑らせた。

 するりと逃げるようにして、プレートはシャノンの指から離れてゆく。シャノンは何も出来ぬまま、ぎゅっと眼を閉じた。頭の中で、白胡とともにお粥を作っていた時の記憶が、走馬灯のように駆け巡る。

 派手な音とともに石でできた鍋が割れ、シャノンと白胡が作ったお粥が廊下に飛び散る。


――と思いきや。


「っ――」

 音は、シャノンが耳を澄まそうと聞こえなかった。先ほどまでと何ら変わりなく、廊下はしんと静まり返っている。

 シャノンは恐る恐る眼を開け、

「!」

 自分が眼にした光景を、信じることができなかった。

 何とお粥が入ったプレートが、シャノンの腰のあたりの高さで浮いていたのだ。それは、見ている者を時が止まったかのように錯覚させる光景であった。

「えっ……。何で……」

 掠れたような声で、シャノンはやっとそれだけ言葉にした。プレートは相変わらず、同じところに浮いたままだ。

 シャノンが訝しみながらも、プレートを再度手にしようとしたとき、

「ほいっと」

 シャノンの左から伸びてきた手にプレートが持ち上げられた。

「?」

 シャノンは眉を寄せて首を左にひねる。そこには、

「温かいうちに、持って行った方がいいんじゃないかな? それから、立ち聞きは感心しないなぁ」

 童顔の男性が、立っていた。

さて、今回は少し長かったですよ~。

さてさて、新キャラ登場で、異常にact 1が長くなってしまいましたww

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