scene 14
「シャノン。とりあえず、彩乃を寝室まで運びましょう。白胡!」
ユーフェミアは屋敷の中へ向けて、アンドロイドの名前を呼んだ。同時に、屋敷の中から走る音が響いてきた。シャノンは彩乃の腋に頭を通し、一緒に立ちあがる。ぬるりとした血に足を取られて、シャノンの身体がぐらりと一度揺れたが、なんとか持ち直した。彩乃はもちろん、シャノンの袴も顔も真っ赤に染まっている。
「おマたせしマしタ、アルよー!」
屋敷の門の向こうから、駆けてくる白胡の姿が見えた。
「白胡。彩乃を寝室まで運んでください」
「了解シマしタ、アルよ」
白胡は、シャノンと彩乃のそばまで走り寄った。白胡は今、シャノンのものと似たような袴を纏っている。
「白胡。大丈夫か?」
「任せロ、アルね。私、何でモ持てル、アルよ」
にこっと白胡は笑い、抱っこをせがむ小さな子供のように、シャノンへ両手を大きく伸ばした。シャノンは少し躊躇いながらも、そっとしゃがんで彩乃の腋から頭を抜いた。
白胡は伸ばした両手でそっと彩乃を受け取り、軽々と抱きかかえた。白胡は身長が低いため、彩乃の足先は地面につくかつかないかというギリギリの位置で浮いている。
「すげっ……」
シャノンの口から、思わず感嘆の声がこぼれた。再度潤み始めた蒼い瞳が、僅かに見開かれる。
白胡は苦も無く、確かな足取りで屋敷の方へ彩乃を運ぶために歩みだした。その後を追って、シャノンもふらつきながら歩く。シャノンの履いている血に濡れた草履のそこが、歩く度にビチャビチャと不快な音を立てる。
屋敷の門の前では、ユーフェミアが心配げな表情で二人と一体を待っていた。蜜色の瞳は陰り、もともと白い肌はさらに白さを増している。
彩乃を抱く白胡を追い抜き、シャノンは一足先にユーフェミアへと近寄った。
「ユーフェミア、大丈夫か?」
「はいっ?」
「いや、顔が超白いし……」
「え。あぁ……。大丈夫ですよ。私は、本当に……」
ユーフェミアは不安げに顔を歪め、走ったわけでもないというのに肩で息をしていた。
――だれがどう見ても、大丈夫そうではない。
「肩、貸そうか?」
「……え? いえ、そんな……」
「あ、そうか。血がつくのが気になるよな? 血って、落ちないしなぁ……」
シャノンは苦笑し、視線を下げて血にまみれた自分の身体を見渡した。ユーフェミアはとんでもないという風に、蜜色の目を大きく開き、首を横に振った。その姿は、少し子供っぽく見えた。
「違います。私……そんなに体調が悪そうに見えるのですか?」
「うん。そうだけど……?」
「そうですか。いえ私、シャノンが思っているほど悪くはないと思います。本当に、大丈夫ですから」
ユーフェミアがこくり、と力強くうなずいたところに、彩乃を抱いている白胡がたどり着いた。白胡は一度ユーフェミアの方へ視線を上げ、ユーフェミアが小さくうなずいた後で、また歩を進めた。
白胡が屋敷の門をくぐるまでの姿を瞳で追った後、シャノンはユーフェミアに視線を戻した。ユーフェミアもシャノンの視線を感じ、碧眼に向かい合う。
「ユーフェミア。さっき、彩乃は〝寄生虫〟がどうとか、言ってたよな? あと、虫が身体を喰いあさってるとかどうとかも、言っていた」
「はい」
「その意味が、お前は分かるか?」
「――はい」
ユーフェミアは、しっかりとシャノンの蒼い瞳を見詰めたまま、ゆるぎない口調で肯定した。
「……そうか。――よければ、そのことについて説明してもらいたい。このままだと、彩乃が心配だし……」
「――分かりました。ではまず、屋敷の中に入りましょう。それから、貴女は湯浴みもされた方が良いでしょう」
「あぁ、そっか。すまないな」
シャノンは門の方へと歩みだす。歩くたびに朱肉で判を押すように、石畳の上にシャノンの赤い足跡が付く。
シャノンが十数個ほどの赤い判を押した時、
「――うっ。あ、の、シャノン……」
ふいに、シャノンの遠い後方でユーフェミアの頼りなさげな声が上がった。シャノンは驚いて振り返る。てっきり、ユーフェミアは自分のすぐ後ろをついてきていると思ったのだ。
ユーフェミアは先ほどと寸分も変わらぬ場所に立ちつくしていた。
「――ユーフェミア?」
「やはり……肩を、貸していただけませんか……?」
「え?」
とさり、と軽い小さな音を立てて、ユーフェミアが膝を折った。
「――なっ! ちょっ、ユーフェミア?」
シャノンは赤い足跡をつけた道を引き返し、ユーフェミアのそばに歩み寄った。両足に触れているユーフェミアの細い手は、小刻みに震えている。
「えっと……。足に、力が入らないみたいです……」
ユーフェミアは情けないような、助けてあげたいと相手に思わせるような笑みを浮かべて、シャノンを見上げた。シャノンは気の抜けたような笑みを浮かべ、すっと膝を折って跪いた。
「ほら。やっぱり大丈夫じゃなかっただろ? 痩せ我慢なんてするなよ」
「ごめんなさい……」
ユーフェミアはシャノンの肩を借り、ゆっくりと立ち上がった。立ち上がりざま、僅かによろけたが、しっかりと地面に踏みとどまった。その姿を見て、シャノンは微笑む。
「では行きましょう、お嬢さん」
シャノンが冗談めかして、今はもう使われなくなってしまったアシュリー王国の言語で言う。が、
「はい……。――えっと、あの、〝れでぃ〟って、なんですか?」
ユーフェミアは真面目くさった顔でシャノンへ問い返した。