scene 12
漆黒の瞳は、白く薄い瞼に覆われたまま姿を現さない。シャノンの木刀を握っていた長く細い指は僅かに折り曲げられたまま力なく地面に横たえられ、ピクリとも動かない。
「何でだよっ……。彩乃! おい! 起きろよ! 何、急に、倒れてんだよっ……!」
シャノンは彩乃の身体を大きく揺らし、しかし頭の中では身体を揺らしたら危険なのではないか、という考えが渦巻いていた。
シャノンは蒼く澄んだ瞳を潤ませ、声を張り上げた。
「彩乃! 目ぇ覚ませよ! このままっ……死ぬんじゃ、ねぇぞ!!」
「馬、鹿……、だねぇ」
ふいに、彩乃の唇が開く。その桜のように艶やかな唇をうすく開けたまま、彩乃は荒い呼吸を繰り返す。白い瞼が僅かに震え、緩慢な動きで持ち上げられる。黒曜石のように美しい瞳は憂いを色濃くしていたが、しっかりとシャノンを捉えていた。
「あたしは、そんなにヤワじゃ、ないよ……。こんな簡単に、死ぬわけ、ないだろ……?」
「彩乃……っ。ば、馬鹿はどっちだよ? 人に心配かけてんじゃ、ねーよ……」
シャノンは、今にも涙をこぼしそうなほど顔を歪めた。蒼い眼は風に揺らめく水面のように美しい。
「すまないね……。心配かけちまって。ちょっと、意識がとんだだけだよ」
「意識がとんだだけって……。それ、大丈夫なのかよ?」
「大丈夫さ。あたしゃ、子供のころから病弱なんだ。こんなこと、よくあることさ」
彩乃は微笑を浮かべ、シャノンを見つめた。シャノンは唇を噛み締め、必死に涙を堪えようとしていた。涙に潤むシャノンの眼を見つめ、彩乃はポツリと呟く。
「あんたは本当に、どうしようもないくらい馬鹿だねぇ……。泣きたいときは、我慢なんかしないで、思いっきり泣けばいいんだよ。そうやって、悲しみを流し落とせばいい。――って、これはあたしが昔言われた言葉なんだけどね」
はははっ、と彩乃は苦笑をもらした。シャノンはぎゅっと眼を閉じ、それまで自分の手を置いていた彩乃の肩に、顔を伏せた。小さな嗚咽と鼻を啜る音が、シャノンからこぼれ出る。
「マジで、心配した……」
「……あぁ」
「昔、ボクが住んでたところで……ボクの目の前を歩いていた浮浪者が、急に倒れたことが、あったんだ……」
「……あぁ」
「それで……そいつは、それっきり動かなかったし……息もしてないみたいだった。……だから、彩乃も、このまま、動かなくなって……息もしなく、なるんじゃないかって……めちゃくちゃ、恐かった……」
「……あぁ」
彩乃は視線を上へと上げた。淡いピンクに縁取られた蒼穹が、彩乃を静かに見つめ返していた。穏やかに凪いでいる春風が、彩乃の頬をなでる。
彩乃は鼻から空気を深く吸い込み、長く息を吐き出した。彩乃の腹部が大きく上下し、シャノンの身体も僅かに揺れる。
「……さて。シャノン。あたしの服を涙で濡らしてもいいけど、鼻水は付けないでおくれよ」
プッとシャノンは吹き出し、彩乃も肩を震わせて笑った。
「つけてやりたいところだけど、止めておいてやるさ」
「あぁ。そうしてくれると、ありがたいよ」
シャノンは顔を上げ、袖で乱暴に顔を拭った。袖で拭われた顔は赤らみ、頬がしっとりとしてはいたが、瞳はもう潤んでいなかった。
「よっこらせ、っと」
彩乃はゆっくりと上半身を上げ、足を曲げて立ち上がった。黒髪や身体中に絡みついていた桜の花弁が、ゆるゆると回転しつつ地面へ落ちる。花弁は石畳の隙間に入り込んだり、そのまま散らばったり、風に乗って宙高く舞い上がったりと、自由に動き回る。
「プッ。よっこらせって、婆くさいなぁ」
「ふんっ。こうやって立ちあがったほうが、腰に負担がかからないんだよ」
シャノンは「ふぅん……」と物珍しげに彩乃を見上げ、それから自分も「よっこらせ」と言って立ち上がった。
「さっそく、マネかい?」
「こっちのほうが、腰に負担がかからねぇんだろ?」
にっと屈託なく笑って、シャノンは彩乃に視線を向けた。その瞳はきらきらと輝き、不安げな気配など微塵もなくなっていた。
「ま。そうだね。良いことはマネした方が――っとと」
彩乃の身体が不安定に揺れる。彩乃は足を数歩ふらつかせてから、すっとしゃがみ込んでしまった。
「彩乃――? おい、大丈夫かよ?」
シャノンはやっと明るくなりかけていた瞳に、再び不安の影を落とした。彩乃の肩へ手を伸ばしながら、自分も跪く。
「あ、はは。大丈夫さ。ちょっとした、立ちくらみだよ。やだねぇ。ちょっと、最近は身体が、弱って……っ!」
ふいに彩乃が息をのみ、ぐにゃりと顔をゆがませた。
「へっ? 彩乃? なっ……おい、何だよ。悪い冗談は、よせって……」
「っつ……。うっ……。くっ……」
シャノンは不安げに視線をあちこちへ巡らせ、瞳の陰りをさらに濃くしていく。彩乃は左目を両手で必死に抑えながら、うめき声を上げていた。その額から脂汗がにじみ出て、頬から顎へ伝い落ちる。
「一体、今日はどうしちまったんだ? 彩っ――」
「いっ! うわぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
シャノンの声は、彩乃の鋭い悲鳴にかき消されてしまった。
悲鳴が辺りにこだまする中、彩乃が抑えている左目の手の隙間から――
真っ赤な花弁がこぼれおちる。
感想、批評、訂正など、何でも歓迎しております。
特に今は、下書きのほうをちゃんと書かないままに投稿しているので、表現があいまいになっていたり、字の間違いがあったりする可能性大です。
本当に、情けない作者ですいませんね……。
14日の日曜日に中学を卒業して、春休みに入っているというのに、のんびりだらだらぁ~っと過ごしていマス。勉強しろって感じですよね。ハイ。
ですが、毎日が暇なので(だから勉強しろっ!)小説執筆のほうは頑張りたいです! PCは一日一時間ですが……!!