scene 11
歯をくいしばり、シャノンは柔軟に身体を仰け反らせた。ひらりとシャノンの身体が後方へ回転する。そのまま足に力を入れ、手を下にした格好で飛び上がる。手を地面へつける寸前、シャノンの踵が上へ蹴り上げられた。シャノンは踵で、木刀を握る彩乃の腕を蹴ろうとしたのだ。
「っ!」
しかし、瞬時にシャノンの意図を読み取った彩乃は、すっと腕を後ろへ引いた。
「ちっ!」
踵が彩乃の手に当たらなかったことに小さく舌打ちをすると、シャノンは手に力を入れて飛び上がり、さらに後ろへと跳んだ。
少し体勢を低くして、見事に足を地面へ着地させたシャノンは、すばやく木刀を身体の前で構えなおす。
足元で起こった小さな風に、地に落ちていた桜の花弁がふわと舞う。
シャノンの額から、汗の雫が飛び散る。
「……このままじゃ、勝てねぇ」
力量、俊敏さ、集中力、どれにおいてもシャノンが彩乃より勝るものは、ない。
勝利の女神は、彩乃に微笑みを向けていた。シャノンなど、眼中にもないだろう。
「――ふっ」
その時、ふいにシャノンの顔に不敵な笑みが広がった。彩乃は平然とそれを見つめる。
シャノンの薄い唇の上を、林檎のように鮮やかな色の舌が走る。シャノンは唇を湿らせると、そっと囁きかけるように言う。
「ボクは、神の愛娘だ」
その瞬間、微笑を浮かべているシャノンに、勝利の女神がふっと振り返った。
「ヒカリよ!」
威勢の良い快活な声と表情で、木刀を構えているシャノンはすっと前に体重をかけた。栗毛が緩やかに揺れる。身体を前に傾けてたまま、シャノンはたんっと地を蹴り、走り出した。
その後を追うのは、無数のヒカリの筋。
「彩乃の持っている木刀を切り落としなさい!」
シャノンの言葉に、彩乃ははっと目を見開く。
見えない敵が迫り来る恐怖。ヒカリに気配はなく、空気も全体的に揺らいでいるため、どこから襲ってくるのか、全く予想ができない。
100ミリ秒、瞼を開閉して瞬きをした彩乃が目を開いた瞬間に見たもの。それは、三分の二ほどを切り落とされてしまった自分の身体の前に構えていた木刀と、木刀があった場所から自分の喉笛に突きつけられている、鋭く尖った木刀の先端だった。
切り落とされた中途半端な長さの木刀が、乾いた音を反響させながら石畳の上へと落下する。小刻みに石畳の上で揺れていたその木刀は、やがて完全に静止した。
「……こりゃ、驚いたね。まるで、〝かまいたち〟みたいだったよ」
彩乃は目を見開いて、乾いた声で呟いた。木刀が突きつけられている喉が、ゆっくりと上下する。
彩乃の眼光にも劣らぬ鋭い目つきで、シャノンは彩乃を睨みつける。
風がほとんど止んでしまった中。小さな薄紅色が一つ、二人の間をさらりとかけぬけた。刹那、シャノンの頬と目元がふっと緩んだ。
「やりぃ。ボクの勝ちだ」
「……木刀と木刀の勝負に、特殊な力を使うなんて、ズルくないかい?」
「うっせぇ。ズルくたって、勝ちは勝ちだ」
シャノンの顔が、いたずらっぽく輝く。屈託のない笑みを見せているが、まだ木刀は降ろさない。
「――ふぅ。分かったよ。仕様がないから、あんたの勝ちにしておいてやるさ」
彩乃は諦めたように息を吐くと、短くなった自分の木刀から手を離し、突きつけられているシャノンの木刀をつかんだ。そのまま、切っ先を喉元からそらす。
「あ。真剣だったら手ぇ、バッサリだぞ。それ」
「まぁ、そうだねぇ。しかし、もうあんたとあたしの稽古は終わっ――」
ふいに途切れるアルト声。静謐な夜闇を思い起こさせるような漆黒の髪が、儚げに揺れる。黒曜石のように美しい、燃える決意と憂いを浮かべた瞳が、力なく虚ろに閉ざされる。シャノンの木刀を握っていた手が滑るようにしてふっと離れる。
「!」
固い地面に身体をぶつける鈍い音。シャノンの視界から突如漆黒が消えてしまう。
――彩乃が、何の前触れもなく地面に倒れてしまったのだ。
シャノンは碧眼を大きく見開き、地面へと倒れる彩乃を見つめていた。蜘蛛の巣のように、彩乃の漆黒の髪は石畳の上に散らばっている。
「……おい。おい!」
シャノンは驚愕の表情を浮かべたまま、木刀を離して彩乃のそばへしゃがみ込んだ。そのまま彩乃の肩に手をかけ、その身体を大きく左右にゆする。
虚しいほど乾いた音が、石畳の上に木刀が落ちたことを告げる。
「何だよ……。彩乃。何で、一体、どうしちまったんだよ!? 彩乃! 彩乃ッ!!」
彩乃は黒い眼を閉ざしたまま、シャノンの声にこたえることはなかった。
えっ……と。
これからしばらく戦闘シーンが続くと書きましたが、下書きにはないエピソードを急きょここで盛り込むことにしましたので、今回で戦闘シーンは一時中断です。
戦闘シーンは、自分でも落ち込んでしまうほどのぐだぐだっぷりですね。
何でこんなにも、私には文才がないのだろうと悩む今日このごろの作者です。。。