scene 10
石畳の桜並木。
桜は、柔らかく温かな春風にさらりと流される。風に揺れる桜の木々は、さわさわと心地よい音を奏でる。
空は目にしみるほど蒼い。そんな蒼穹に、白は米粒ほども塗られていない。
桜吹雪と快晴の下。
「手加減はしやしないよ」
「それはこっちのセリフだっつーの」
木刀を凛々しく構える、二人の少女の姿があった。漆黒の闇を連想させる長い黒髪をポニーテールに結っている彩乃と、少女にしては短いが、艶を帯びた栗毛を持つシャノンだ。
「先に相手の急所に木刀を構えたものが、勝ちだよ。心の準備はいいかい?」
「とっく。そっちこそどーなんだよ?」
シャノンは不敵な笑みで彩乃を見つめる。が、彩乃は涼しい顔をしてシャノンを見返していた。
「あたしはいつだって、心構えをしているさ」
「あっ、そ」
シャノンはあっさりと彩乃の答えを流し、ぎりっと木刀を持つ手に力を込める。力を込めたその手は、汗でじっとりと湿っていた。
「っ……」
シャノンは、数メートル先に悠然と木刀を構えている彩乃を睨みつける。一方の彩乃も、その鋭い眼光をシャノンに向けている。その神経はまるで、シャノンを倒すことだけに注がれているようだった。
わずかな緩みも弛みもなく、ぴんと張られた糸の様な彩乃の神経は、微塵の隙も見せない。
「……ふふん。ユーフェミアを守ってきただけある、って感じだな」
シャノンは冷静な様子で軽口をたたき、しかしそのこめかみからは冷や汗が伝っていた。こころなしか、シャノンの周りで踊る青いヒカリも怯えているように見えた。
「じゃ、あたしから行くけど、それでいいかい?」
「あぁ。望むところだ。いつでもどうぞ」
シャノンは、右手を木刀から離して滑るような動きで手のひらを裏返した後、クイックイッと指を折り曲げて、彩乃を挑発するように手招きした。そんなシャノンの言動には余裕が滲んでいるが、心情には余裕の欠片さえない。
「では……。いざ、参る!」
彩乃は中段に構えていた木刀を右手だけで持ち、風を切るように一度下へ斜めに振るう。木刀を振り下ろしきった後、それにすっと左手をそえる。
場の雰囲気が一気に変化する。
彩乃は場の空気や雰囲気を自分のペースに巻き込み、凛と閃く瞳でシャノンを見据えた。
風によって千切れた桜が、彩乃の顔のすぐ前を流れる。その花弁が石畳につくより速く、彩乃の足に力がこめられ、風を切りながら走り出していた。
さすがはくの一、と思い起こさせてくれるほどの勢いで彩乃はシャノンめがけて走る。木刀は右斜め下に構えられたままだ。
「はぁぁぁっ!!」
木刀を中段に構えているシャノンのそばまで来た彩乃は、裂帛の気合とともに右斜め下から足を踏ん張って勢いよく木刀を振り上げた。
木刀が、鋭い唸りを上げる。
「っ……」
唸る彩乃の木刀を自分の木刀で受け止めたシャノンは、眉間にしわを作って僅かに顔を歪める。
これが真剣であれば、澄みきったような鋭い良い音が尾を引くように長く辺りに響き渡るだろうが、今日はあいにく木刀である。木刀同士がぶつかっても、小さく鈍く短い音が虚しく響くだけだった。
シャノンはヒュッと、口笛のような息継ぎをしする。同時に、全体重をかけるようにして彩乃の木刀を押し、自分は足に力を込めてバックステップで後ろへ飛び下がった。
「何だ……あの力。あの細い身体のどこにあんな力が……?」
木刀と木刀がぶつかったときの反動で、小刻みに震えるような衝撃がシャノンの腕に走っていた。まだ腕が痺れるのか、顔は思い切りしかめられている。
「戦闘時に、余計な考え事をするんじゃないよ!」
彩乃はシャノンを叱咤し、
「たっ!」
木刀を上段に構え、再度シャノンに詰め寄った。今度は二人の距離も、先ほどより何倍も近い。
「つっ!」
彩乃の木刀はしなやかに上から下へ軌道を描きながら、シャノンが横向きに構えていた木刀にぶつかる。
ぶつかった反動で巻き起こった小さな風に、桜が乱舞する。同じように、彩乃の黒髪が風に揺らめく。
相手を刺し殺してしまいそうなほど鋭い彩乃の眼光が、シャノンの目を射抜いた。
ぬはっ!
今回からしばらくは、戦闘シーン満載になると思います。
うぅっ……。私は恋愛小説と戦闘シーンを書くことは超苦手なのデス……(´A`)