scene 17
ニチカの言葉を最後に会話が途切れ、二人は黙したまま通路を進む。沈黙をどう打ち破ろうかと口を閉ざしたまま思案していたナユタだったが、幸いそれほど長く悩む必要は無かった。
「……あ。ほら、見えて来たわ」
「え?」
明るくやや弾んだニチカの声に、ナユタは自分の爪先へ落としていた視線をふっと上げる。
二人の十数メートル先には、ひときわ明るく開けた場所が広がっていた。そこには数人の人影が佇んでおり、深い知性と冷静さを映し出した黒の瞳で、二人を静かに見つめている。
「あれ、全員が先住民なのか?」
「そう。全員が私と同じ、先住民よ」
「へえ。こんなにたくさんいたなんて……」
数にして約三十人ほど。群衆にしては少ないが、先住民が生き残っていることを数分前まで知らなかったナユタにとっては、十分に多い数だった。
「前はもっといたんだけどね。今はこの人たちと私と老様だけしかいないわ。その中で十代半ば以下の子供は、あの双子だけ。赤ん坊が産まれても、生きていくには環境が厳しいのよ」
「……そう、か」
先住民の現状をまざまざと知ったナユタは、悲壮の面持ちで一度深呼吸する。薄く開いた口から緩やかに息を吐き出し切ると同時に、先住民たちの元へ二人が到着する。
ニチカは一度、視線をナユタに送ると足を止めた。ナユタもそれに従い、その場で歩みを止める。幾つもの黒い瞳から視線を浴びながら、ニチカは一歩前へ歩み出る。
「我らのメシア様が、ご到着なされた」
ニチカは晴れやかとも言える言葉と共に、その場がにわかに色めく。そここからナユタに対する期待の言葉や案内人のニチカをねぎらう声が上がる中、ニチカは視線を巡らせ眉をひそめる。
「あら。アズハとアズリがいると思ったのだけど……いないわね?」
「双子なら、もう老様の元へ参りましたよ」
どこからか、幼さを残すソプラノの声が上がる。先住民たちの群れを掻き分けながら進んできた声の主は、煌めく金髪を二つに束ねた少女だった。ニチカは彼女に笑みを向け、優しく声をかける。
「そう。ありがとうね、ミユウ」
ニチカの前まで歩み出て来た一人の少女、ミユウはにこりと満面の笑みを浮かべると、ニチカとナユタへ丁寧に腰を折る。
彼女はまさに清楚可憐という言葉が似合う、十六歳ほどの少女だった。
「どういたしまして。そしてメシア様、私たちの願いを聞き入れて下さり、誠にありがとうございます」
同い年ほどの少女に慇懃な態度を取られ、ナユタは目を白黒させながら面食らう。
顔を上げたミユウはナユタの右手を両腕で祈るように握った。その眼差しは真剣であり、懇願するかのように濡れていた。
「どうか、私たちを救ってください。私たちに自由を、希望を運んでください」
「あ、ああ。大丈夫だ、約束する」
戸惑いを隠しきれぬまま、揺らめくミユウの瞳を真っ直ぐに見返すナユタは、何度もしっかりと頷く。その仕草を確認したミユウは、ぱっと表情を明るくした。
「どうか救世主様に、幸多からんことを」
ミユウは長い睫毛に縁取られた瞼を伏せ、そっと呟く。その祈りにも似た言葉に、二人を見つめていたニチカは微笑み、未だ手を握られているナユタの耳元へ口を寄せる。
「ミユウには、他人に幸せを与える力があるのよ。だから、メシア様に幸せが訪れたなら、それはミユウのお陰だからね」
小さな彼女の説明に、ナユタは少し驚いたようにミユウを見つめる。視線を上げた彼女の瞳を見すえるナユタは、やがてふっと口元を緩めた。
「ありがとう、ミユウちゃん」