scene 16
階下には、やはり石造りの真っ暗な通路が続く。
階段を下りきったナユタは、ニチカの隣へ並んだ。同時に、ニチカは左の手の平を自分の口の前へと持っていき、手の上に載せられた物をそっと吹き飛ばすように息を吐く。すると、
「わっ。すごい……」
闇に閉ざされていた廊下に火が灯った。二人の正面に広がる洞窟の様な通路にも、階段と同じく壁に松明が掲げられており、その松明に次々と火が灯っていったのだ。
「これは、ニチカさんの能力、なのか?」
「ええ、もちろんそうよ」
ニチカは小柄なナユタを見下ろしながら、右手の親指と中指をはじき、音を鳴らす。すると、二人の背後で階段を照らしていた松明が、瞬時に消え去った。
「へぇ……。ニチカさんは、火を操れるのか」
「そうよ。私は思いのままに火を生み出し、同じく消すことが出来る。まぁ、操れるのは私が点けたものだけなんだけどね。私たち先住民は、全員能力者だって、双子のアズリとアズハから聞かなかった?」
「え? ……あぁ、あの二人はアズリとアズハっていうのか」
ナユタの呟きに、ニチカは目を丸くする。
「驚いた。あの子たち、名前も名乗ってなかったのね。全く……。男の子の方がアズハ、女の子の方がアズリよ。本当に躾がなっていないわ」
「あっ、けど、二人ともちゃんと敬語使えてたし、礼儀正しかったし、全然躾がなってないことは無いと思うんだけど」
ナユタは二人の弁明をするように、慌てて言葉を紡ぐ。猛烈な勢いで両手を振るナユタを見ながら、ニチカはくすりと笑い声を漏らした。
「自分の発言のせいであの子たちが責められてると思った?」
「え? あ、まぁ……」
「優しいのね。さすがメシア様」
少しおどけたようにニチカは笑う。そんな彼女につられるようにして、ナユタも少しだけ口元を緩めた。が、すぐに口の端を結ぶ。
「けど……、あの二人には少し感情が足りないような気がする。最初、先住民の人は皆あんな風なのかと思ってたけど、ニチカさんは全然違うよな」
神妙なナユタの表情に対し、ニチカは小さく吹きだす。
「皆アズハとアズリみたいだったら怖すぎるわよ。違うわ。……あの子たちはね、ちょっと、訳ありでね」
「その訳、聞いても大丈夫か?」
先程まで浮かべていた灯のように明るい表情を陰らせ、ニチカは憂いの笑みを湛える。瞳の闇を払拭しきれないまま、彼女は遠い目で虚空を見つめる。
「ええ。……率直に言うと、あの子たちには両親がいないのよ」
ニチカの口から零れた言葉に、ナユタは目を見開き言葉を失う。その脳裏に、昔日の自分の姿が鮮やかに浮かび上がった。
「だから、私たちの住むこの地下世界の住民たちに、二人は育てられたの。もちろん、私もあの子たちを育てた中の一人よ」
俯き、乾いた声で語るニチカは一旦言葉を止め、息を吸い込む。
ナユタは苦しげな眼差しで遠慮がちに彼女を見上げ、静かに言葉の続きを待つ。
「……二人の両親は、あの子たちを産んですぐ、とある事故に、巻き込まれてしまったの」
「事故……?」
「そう。約二十人が巻き込まれ、そして全員が消息を眩ませた土砂崩れよ。ここは地下で上は瓦礫だらけだから、壁が崩れてしまったら一気に土砂が流れ落ちてくるの。それに巻き込まれて、二人の両親は……」
ニチカは言葉を喉に詰まらせ、それ以上は言えないと示唆するように、瞼を伏せて力なく首を振る。ナユタは気付かぬ間に止めていた息をふっと吐き出し、
「そう、だったのか」
俯くと、それ以上は何も言わなかった。
二人の足音だけが、冷たく硬質な音を響かせ沈黙の邪魔をする。
「――ごめんね。空気悪くなるような話しちゃって」
静寂に包まれた空気に波紋を広げたニチカは、ナユタへ向けて申し訳なさそうに笑みを浮かべる。彼女の表情にナユタは慌てて首を振り、言葉を紡ぐ。
「あ、いや、いいんだ。話振ったのはオレだし」
「そう。やっぱり、メシア様は優しいわ。本当に――あなたにこんな役目を負わせるのは、辛いわね」
低く微かなニチカの声に、ナユタは小首を傾げる。
「うん? 何か言ったか?」
「……いえ、何でもないの。さあ、老様の元へ急ぎましょう」
陰鬱な暗い瞳でニチカはコケティッシュな笑みをそっと浮かべ、ナユタを促した。