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砂漠の薔薇  作者: 望月満
act 3 夢幻の願い、偽りの微笑
103/110

scene 11

     *     *     *



「はっ、速いってば、リスカ!」

「えーっ。けど、早くしないと見られなくなっちゃうんだもの!」

「だから、一体何しに何処へ行くの?」

「それは、秘密」

 二人が会話を繰り広げる中、リスカはナユタの腕を。強引に引っ張りながら、何処かへ向けて駆け抜ける。

 困り果てた表情のナユタは、半ば引きずられるようにして走っていた。すっかり息は上がっており、しかしその顔には笑顔は浮かんでいないにせよ、楽しげな色がうかがえた。

「もうすぐだから。――そろそろ、いいかな」

 リスカはふいに笑顔で止まる。自然とナユタもその場に止まり、荒い呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。

 二人が足を止めたのは、瓦礫の山の隙間にできた路地の様な場所。正面から太陽の光が差し込んでいるものの、両脇を瓦礫で覆われているため、やや薄暗い。そこに、生き物の気配はない。

「で、リスカ。一体、どこだよここ……?」

「目的地はもう少し向こうよ。はい。じゃあ、目を閉じて」

 リスカはやや長い瞬きでしばらく目を閉じ、それをするよう促す。一方のナユタは、理解不能といった様子で眉をひそめていた。

「は? え、何で?」

「いいからっ。ごたごた言ってないで閉じなさい」

 戸惑うナユタを急かすように、リスカは少々むっとした顔で口早に命令する。どうも腑に落ちないといった風に首を捻るナユタだったが、やがてリスカの言うとおり目を閉じた。リスカは瞼を下ろしたナユタの姿に満足したかのように独り頷くと、「じゃ、行くわよ。絶対にいいって言うまで目を開けちゃだめだからね」とナユタの両手を引き、今回は歩調を緩めて歩きだした。

 さすがに何も見えないままに前進するというのは恐いらしく、ナユタは少し腰が引けた体勢で歩いている。リスカはナユタの足元に細心の注意を払いながら、後ろ向きで一歩一歩確実に歩いていく。

「……ま、まだ?」

「あと少し。もうちょっとだから、私を信じて進んで」

 恐る恐る足を運ぶナユタの頬を、軽く風が撫でる。

「もういいわよ。はい、目を開けて」

 リスカの言葉とともに、ナユタの目が開かれる。その瞳がまず捉えたのは、逆光の中で微笑むリスカ。彼女はすぐにナユタの手を放すと、横へ身体を移動させた。そして、ナユタの頬と瞳が淡い橙色を帯びる。最初はその眩しさに目を細めていたナユタだったが、次第にその景色に目を奪われ、目を大きく見開いた。

「う、わぁ……」

 煌めく光を纏う、橙色に染まった雲海。白い大地の隙間から吹き上げてくる風に乗って、淡い薄紅色の花弁が飛び交う。

「ね? すごく綺麗でしょ?」

「あぁ……。何ていうか……、うん。すごく、綺麗だ……」

 輝きが溢れる瞳で目の前に広がる絶景を見つめるナユタは、圧倒され言葉を失ったかのように呆然と立ちつくす。

「この花はね、桜っていうのよ。この世界にはない、下に広がる人間の世界の植物なんだ」

「へぇ。人間の世界の、植物……」

「ほら。ナユタって綺麗なものが好きだから、ここの景色も気に入ってくれるかなって」

 リスカは照れたようにはにかみ、背中で両手を組み舞い上がる桜を見つめる。

「あぁ。とっても、気に入ったよ。ありがとう、リスカ」

 ナユタは景色から視線を外し、リスカを見る。リスカは太陽のように明るく煌めく笑顔でナユタを見返す。

「良かった。私もこの景色が、この場所が、大好きなの」

 リスカは愛おしそうに雲海と、桜の花弁を見つめる。ナユタはふわと舞い上がる桜を一片そっと両手の平で包み込むようにして捉えた。そのまま右手の人差し指と親指で摘み、すっと光にかざす。

「綺麗だな。この桜っていう植物は、リスカの髪と目と同じ色をしてるな」

「あっ。気付いてくれた?」

 リスカは桜色の瞳を煌めかせ、桜色の髪を揺らしながら桜を仰ぐ。

「だから私、この桜っていう花が大好きなの。――私たちの世界にはない私の目と髪と同じ色の植物が、こうしてこの場所だけで見ることができる。そう考えたら、ちょっと贅沢じゃない?」

 リスカは綺麗に微笑み、ナユタを見つめる。ナユタは花弁を指から離し、リスカを見つめながら頷く。

「確かに。ここには城にあったような華美な部屋も、豪華な食事も、絢爛な調度品もないけど……でも、この景色はそれらよりもっと、何倍も何千倍も綺麗だ。それに、時々じゃなくて毎日リスカに会える。しかも、王の子供と侍女という関係としてじゃなく、友人としてリスカと接することができるしな」

 愛おしそうに、とても大切そうに言葉を紡ぐナユタ。その口元は微笑んでいるが、瞳には変わらず憂いをたたえたまま。微笑の仮面を付け、己の憂いを悟られまいと無理やり笑って見せる。今のナユタは、まさにそのような風に見えた。

「ナユタ……」

 侍女として、友人としていつもナユタと過ごしてきたリスカは、ナユタの笑みは偽りなのだと簡単に悟ってしまう。彼女はその顔に浮かべていた微笑をふっとかき消す。

「うん? 何だ、リスカ」

 桜を見つめていたナユタは、隣に立つリスカへと視線を移動させる。紫の瞳が捉えたのは、憂いと不安と苦しみが入り混じり、絡み合っているかのような表情のリスカだった。ナユタは深い悲しみに溺れているかのような、リスカの何とも言えない表情に驚き、僅かに双眸を見開く。

「あのね、ナユタ」

「え……? あ、うん?」

「あのね、私……。私は――」

 リスカは辛苦の表情で懸命に訴えるように、繊細な言葉を紡ぐ。が、その静かな声は、

「今日は、メシア様」

「ご機嫌はいかがですか、メシア様」

 淡々とした感情のない声によって遮られた。

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