scene 8
絶え間なく上がる小さな子供たちの甲高い笑い声、客引きをする中年特有の野太く快活な声。騒がしいほど賑やかな、老若男女様々な雲海の住み人の明るい話し声。朝の優しい陽光の元、色鮮やかに連なるテントの群れ。甘い香り。香ばしい匂い。華やかな空気。
「す、ごい……。ここが、あの瓦礫の街……?」
「もちろんそうよ。ね、来て良かったでしょ?」
様々なものに満ち、活気と生気に満ちた光り輝く街。その光景を眼前にしたナユタは、信じられないと言わんばかりに首をゆっくりと左右に振り、息をのんで街を見つめる。通称〝瓦礫の街〟と呼ばれるこの場所は、普段誰も寄りつかない。瓦礫ばかりが広がる土色の荒涼とした土地で、住み人など両手の指で数えられるほどしか住んでいない。そんな寂れた街が今は、その面影をすっかり消し去っている。
この暗黒時代には縁がないと思われていた笑顔が溢れ、皆この祭りを心の底から大いに楽しんでいるようだった。
「さっ、ナユタ。あたしたちも楽しみましょっ!」
「えっ? あ、ちょ、いきなり、リスカ」
リスカは半ば無理やりにナユタの右手を取ると、人いきれに溢れ返った舗装もされていない道を、テントの合間をぬうようにして走り出した。
そんな、リスカに引っ張られるようにして走るナユタを見つめる者が二人。鮮やかに、煌びやかに輝く太陽の色を写し取ったかのような黄金の瞳と、その色と対になっているかのような暗く、しかし美しい、まるで夜闇のような漆黒の髪を持つ十代半ばごろの少年と少女である。顔立ちが大変似ている二人は、どうやら双子の兄妹のようだ。少年の方はややくせのあるショートヘアーをしており、少女の方はストレートのショートヘアーをしている。服装は双方とも、薄い生地に複雑な刺繍の入った灰色の長そでシャツに、黒いショートパンツといういたってラフな格好をしていた。
「いたな、アズハ」「いたよ、アズリ」
二人は人ごみのはるか上。瓦礫と化した建物の屋根だったであろう場所に立っていた。独特な造りをしたセスティナの建物は屋根が平たく、しかも三分の二以上が倒壊していた。屋根の上は無論風通りが良く、二人の服は風を孕み大きく膨らんでは布のはためく音を立て、二人の艶やかな黒髪は滑らかに風の中で流れていた。
少年少女は金色の瞳で、頭に乗せたキャスケットを空いている左手で押さえながら駆けるナユタの姿を捉える。その瞳からは、およそ感情というものが全く感じられなかった。
「老様にご報告を」
少年にアズハと呼ばれた少女は、虚ろな眼差しのままゆるりと口を開きそこから言葉を零した。
「祝祭の伝説は真実だったと、老様にご報告を」
アズリと呼ばれた少年は、唇をおもむろに持ち上げて言葉を紡ぐ。太陽が二つ、色白の顔の上に浮かんでいるかのような黄金の瞳に、夏の陽光のような鋭い光を一瞬閃かながら。
「つっ、疲れた……」
リスカに振り回されるようにして祭りに参加したナユタは、身体中にのしかかる疲労に耐えきれず、道の端に設置されているベンチに人目も構わず、ぐったりと仰向けに倒れこんだ。
リスカはナユタに恐れを抱かせるほどの体力と食欲を見せ、永遠の持久力を持った渡り鳥の如く店から店へと慌ただしく移動して回った。ナユタはそれについて行くのが精一杯で、あまり祭りを堪能したとは言えない。逆にリスカは、遊びにふける子供よろしく瞳を最大級に煌めかせ、祭りを思う存分堪能していた。
そして、ナユタを引っ張り回していたリスカは、少し前にこの人ごみの中でナユタとはぐれてしまったのだった。
「まったく。リスカ、どこ行ったんだよ。探すっつっても、この人の数だしな……」
ナユタは目の前を行き来する雲海の住み人の群れを、げんなりと見つめる。夕刻に差し掛かった今なお、高らかな笑い声と歓喜は失われず、現在は過ごしやすい気候である春だというのに辺りは逆上せそうなほど蒸し暑くなっていた。
「……うん。けどやっぱり、こういう賑わいはいいな。まるで昔のフェイランティスみたいだ」
ナユタは繁栄していたころのフェイランティスを追憶し、静かな笑みとともに遠くを見つめる。
華やいだ祭りの景色に、昔のフェイランティス王国の景色が重なる。
笑顔と喧騒に溢れる街。国の平和を立派に保ち、ナユタとともに笑顔で街の景色を眺めるナユタの父と母。そして――美しい街を冷淡な目つきで見下す、ナユタの兄。