防波堤にはならない
翌日も入力作業の続きをして、ランチはギルド食堂で食べた。
噂では聞いていたが、ミシュラン二つ星のシェフ監修だと言う、ギルド職員のみが利用出来る食堂は噂に違わぬ美味しさだった。
これも福利厚生の一環らしく、日替りランチは職員なら無料で食べられ、その他のメニューも数百円で提供されているので、夕食もここで済ます職員は多いんだとか。
ディナータイムは職員以外も利用出来るのだが、人気が高くて予約制になっている。
食べ終わってまったりしていると、突然声をかけられた。
「早良さん、お疲れ様です。今日はこちらに出向だったんですね」
判りやすい程に早良さんしか見てないな。
「お疲れ様です。ええまあ。こちらはアルバイトのトキ君です」
「はじめまして。昨日から働かせて頂いています、トキです。宜しくお願いします」
立ち上がって挨拶をする。
八女だと色々とうるさいから、トキと名乗れと言われたんだよね。
「え?アルバイト、ですか?」
いくら俺がモブ顔だからって、無視しなくてもいいだろ。
「ええ。事務員が休みなので手伝って貰っています」
鉄壁スマイルな早良さんだが、空気がヒンヤリしているよ。
「そうなんですね。ギルドってアルバイトが可能なんですね。初めて知りました」
「審査が厳しい上に紹介が必要なため、一般には知られていませんからね。貴女も軽々しく喋らないように、お願いしますね」
「あ、はい。わかりました。ところで早良さん、ご一緒してもいいですか?」
おー、チャレンジャーだ。
「私達は食べ終わりましたから、座られるのでしたらどうぞ」
素早くトレーを持ち上げて歩き出す早良さんを追って、俺も急いでトレーを持つ。
音も鳴らさず、立ち上がった事を気付かせない動きは、俺には出来ない。
ペコリと頭を下げたが、お姉さんは呆然と見送るだけだった。
結構な美人なのに勿体ない。
コーチャンを落とすなら、俺を無視するような態度はいただけないぞ。
「彼女は確か2階の受付でしたね。少し教育が必要だと、課長に伝えておきましょう」
わー、かなりオコですね。
まあ、社会人として名乗られてるのに無視するとか駄目だよね。
名札を付けていたが、コーチャンも徹底して名前を呼ばなかったな。
部屋に戻ったが、まだ休憩時間が残っているので、まったりの続きをする。
「早良さんはモテますね」
「否定はしませんが、必要以上の接触は困りものです」
否定しないのか。
「休憩時間だから、良いと思ったんじゃないですか?」
「そうですね。ここぞと話しかけられて食事もままならないので、普段は食堂で食べないようにしています」
そりゃあ、こんなイケメンがいたらチャンスだと思うだろう。
「他の人も話しかけたそうにしてましたもんね」
「私は元々ギルド本部からの出向ですから、珍獣扱いなんですよ。トキ君がいれば防波堤になって良いですね」
「いやいや、俺なんて紙装甲なので、すぐに突破されちゃいます」
「いえいえ。ちゃんと効果があるから、他の人は話しかけて来なかったでしょう?」
「最後に来ましたよ?」
「礼儀がなっていないので、人としてカウントされませんよ」
辛辣ぅ。
「それじゃあ、明日はお弁当でも持って来ます?」
「それも良いですね。二人きりで食べますか」
「あ、でもランチ以外のメニューも食べたいな」
「ふふ。わかりました。お薦めは、シェフ特製ハンバーグです」
「いいですね。明日はそれにしようかな」
休憩時間が終わり、時々変な雰囲気になるのを避けながら入力作業を進める。
3時の休憩でコーラを飲みながら、残っている資料の束を見る。
これなら明日には終わるかな。
時間が記録される魔道具に、ギルドカードを翳すのを忘れたら手続きが面倒なので、と念押しされてしまったので、しっかりと翳す。
ピピと鳴ったらOKなので、退室の挨拶をして帰る。
手書きで時間をかかせて押印させる企業もあるそうだが、あれはグレーなやり方なので、そんな企業はブラックな場合が多い。
実際の時間ではなく、会社に都合の良い時間を書かせている場合があるからだ。
残業は認めないって言って、本当の時間を書いても上司が判を押さないとか出来るし。
労働基準法では1分単位で支払うべき残業代を、少しでも削るために15分単位で書かせるとか。
もちろん労働者側が、ダラダラと時間を伸ばして残業代を得ようとする場合もあるので、どっちが良いか悪いかは微妙なところ。
そんな裏話も早良さんに聞いたけど、ギルド以外でも働いてた事あるの?
翌日も同じように働いて、予定通り特製ハンバーグを食べ、予定通り残りの入力を終えた。
その次の日は平日なので学校だ。
アンドレはお嬢様のお相手をしていたが、理想のお嬢様は現れなかったそうだ。
馬洗はモノマネ芸人のライブに行ってたそうだ。
お前は芸人を目指しているのか?
ウメコ以外の可能性を探しに?あ、そう。
ダンジョンに行ったヤツの話しだと、モンスターの取り合いで揉めてる人がいて怖かったから、探索は諦めて帰ったと言っていた。
それは人気のダンジョンに行くからさ。
ギルドも入場制限はかけているが、それでも人が沢山いたそうだ。
春休みがデビューならレベル3でも高い方だから、1~2階が多いらしい。
3階以降は比較的空いてるらしいが、結局は1階から入らないといけないからな。
そんな感じで連休中の情報交換をしてると、担任がやって来た。