コロコロ転がす
「何で光成まで家に来るんだ?」
「そりゃあ、桜さんに会いにだよ」
「なんだと!」
「やだな~、トキの家庭教師の件だよ」
「紛らわしい言い方をするな」
「会いに行くのは本当の事なのに、心が狭い蓮さんが悪いと思う。あと桜さんの手料理も久々に食べたいし」
「お前の分など用意しとらん」
「お昼頃に連絡したら、夕飯食べて行ってねって言われたよ」
「なに…桜と連絡をとっているのか?」
「そりゃあ、オレも連絡先の交換くらいしてるよ」
「きさま」
「巧乃さんとね」
「親父かよ!」
「あはは、本当ラブラブだよね」
「コーチャンからかい過ぎだよ」
父さんの威圧に巻き添えにされた、俺の鳥肌をどうしてくれる。
「だって、10年近く八女家には行かないようにしてたんだよ。それが解禁になれば、テンションも上がるよ!」
「自分で来ない様にしてたの?」
「朱鷺にお兄さん誰って言われたのがトラウマなだけだぞ」
「え…」
「ちょっと何でばらすのさ!」
この間もそんな事を言ってたけど、マジで?
「普段は自信満々のお前が、朱鷺の事になるとヘタレになるのが面白いからだ」
「ヘタレてないよ!それに桜さんの前ではデレデレで、気持ち悪い蓮さんには言われたくない」
「気持ち悪いとは何だ!」
「だってさー。桜さんの前だと鼻の下が伸びてるんだよね」
母さんに耳掃除されてる時とか特にそうだよ。
「二人とも仲良いね」
「仲良くない」
「やだ、焼きもち?大丈夫、オレはトキファーストだからね」
それも気持ち悪いよ。
「何かな?トキ」
いえ、光栄です、恐悦至極です。
だから心を読まないで!
黒い笑顔が怖いよ!
「ほら、着いたぞ」
いつの間にか到着してたから、そそくさと車内から逃げ出した。
「ただいま~」
「お邪魔します」
そんなにピッタリと後ろにつかなくても誰も割り込まないよ?
父さんはガレージに車を入れてるから。
行列に並ぶ人…いや電車の痴漢くらい近いよ。
「いらっしゃい、コーチャン」
ニッコリ笑顔付きで言ってあげると、コロリと機嫌が治った。
母さんが父さんによくやる方法なんだけど、コーチャンにも有効だとは。
俺も母さんみたいに、手の平で転がす技を覚えなくては駄目だろうか。
最近本当にロールプレイでやってるのか、ガチでヤンデレなのか悩む。
スリッパを出そうとして、そういやマイスリッパ持ってたから要らないのか聞いてみたら、大牟田家対策なだけで、他人のスリッパが駄目な訳じゃないそう。
俺もスリッパを入れとくか…
大牟田家には行きたくないけど念のため。
リビングに行くと皆が揃っていた。
「え?誰?」
姉ちゃんに来る事を言ってなかったのか。
「こんばんは。尾藤光成です」
コーチャンが自己紹介をする。
俺の家庭教師になるから顔合わせで来たとか、よくスラスラ出てくるよね。
ちなみに変装済みのコーチャンは、少しチャラい感じのツーブロックで毛先を遊ばせている茶髪男になっている。
うん、姉ちゃんのタイプではないけど、イケメン度はそんなに変わらないよ。
名前は打ち合わせで聞いていたから驚かない。
早良はお母さんの旧姓なんだってさ。
グラマスの名前はミツナリ・ビトーと名乗っているそうだ。
戸籍は読み仮名の登録がないため、どう呼んでも構わないから、偽名じゃないよと言われた。
ビトーの息子と言うアドバンテージを使ってグラマスになったから、公には通り名としてカタカナ表記にしてるんだとか。
何だか詐欺みたいだと思ってから、詐欺師の職業があったのを思い出した。
なるほど納得。
夕飯を食べながら、和やかにお喋りしてるイケメンは話し方まで違うよ。
「ええ?あの銀髪のお兄さんが尾藤さんだったんですか?」
「そうだよ。覚えててくれたんだ、嬉しいな」
皆と親しい理由として、昔の知り合いだからと本当の事を言うのは織り込み済みだけど、甘ったるい喋り方がゾワゾワする。
ほら父さんが睨んでるよ。
「全然雰囲気違いますね!怖いヤンキーみたいだったのに、今は韓流スターみたい!」
「はは。そう言われても仕方ないよ。あの頃は父に反発してて、恥ずかしいけど反抗期だったんだ。怖がらせてごめんね。あの後父が亡くなって僕も変わらなきゃと思って、ここから離れてたんだけど最近戻って来たんだ」
全く嘘を使わないのは凄い。
姉ちゃんは、父親が死んで引っ越したとでも思っただろうな。
実際は変装してグラマスになって、トラウマで離れてて、俺の記憶が戻ったから来たんだって事だよね。
「あ、ごめんなさい。私ったら失礼な事言っちゃって。その、お父さんの事…」
「ああ、変な事を言ってごめんね。父の事は気にしないで。もう10年も前の事だからね」
「そうそう。光成の精神はアダマンタイトより丈夫だから、気を使う必要なんかない」
「いやだな、僕だって傷付く事はあるんですよ?」
「ほら、アナタ、そっちに置いてちょうだい。光成君もいっぱい食べてね」
揚げたての唐揚げを持って来た母さんのお陰で、バトルの火は即鎮火された。
その後は当たり障りのない話でそつなく終わった。