豚肉太郎と正義
魔王は後方に吹っ飛ぶ。
俺は追撃を加えようと、さらに一歩踏み出す。
だが――
魔王の手から放たれた黒い衝撃波が、俺を吹き飛ばす。
「ぐああぁああっ!!」
地面に転がる俺を見て、魔王は笑い声をあげる。
「アハハハッ! どうしたんだい!? 全然効かないよ!」
俺は立ち上がり、再び魔王に向かって走る。
今度は魔王も同じように走り、お互いの拳がぶつかり合う。
「うおらああああっ!!」
「はああああっ!!」
何度も、何度も、互いの拳をぶつけ合う。
そして、魔王は蹴りを入れてきた。
俺はそれを避けずに受ける。
魔王の足が腹に入り、俺は血反吐を撒き散らす。
「ガフッ……!」
それでも俺は攻撃をやめない。
魔王の足を両手で掴む。
「なっ……!」
魔王の体が浮き上がり、そのまま地面に叩きつけた。
「グアッ……!」
魔王は苦痛の声をあげながらも、すぐに起き上がってきた。
「すごいじゃないか豚肉太郎くん…!」
「………」
俺は冷酷な表情で魔王を睨んでいる。
魔王もまた楽しそうな笑顔で俺を見る。
「あんなに弱かった君が、これほどの力を見せつけてくれるなんて」
俺は黙って魔王の喋りを聞いていた。
「聖剣を扱えない、出来損ないの勇者だと思ってたけど……代わりに急に覚醒するなんてさ」
魔王は俺に語りかけるように言う。
「俺は………」
俺は口を開く。
「俺の力は、本当に限定的らしい」
「へぇ?」
俺は周りで倒れている仲間を見る。
そして、横たわるロゼを見る。
「大切な仲間を………そして、愛する人を護りたいと思ったときに、初めて力が出るみたいだ」
魔王は目を丸くしていた。
「……なんだそれ」
魔王は呆れた顔をしている。
「くだらねー。本当にしょうもないな、君は」
魔王はため息をつく。
「そんなしょうもない理由で、僕と互角にやりあってるのかい?」
「そうだ」
「………ふざけるなよ」
魔王の表情が怒りに染まっていく。
「魔王は世界を征服して、勇者は世界を救う。なのに、そんな個人的な感情で強くなるなんて……」
「………」
「豚肉太郎くん、君はバグってるんだね」
魔王は手を前にかざす。
すると、空中に魔法陣が現れる。
「だったら、全身全霊を懸けて潰してやるよ。この僕が、君のすべてを否定してあげる」
魔法陣が輝きを増していく。
「くそっ……」
俺は拳を構える。
「消えろッ! 豚肉太郎!!!」
魔王の手から放たれる巨大な黒い光線。その威力は、先ほどまでの攻撃とは比べ物にならない。
これは避けられそうにない。
なら、真正面から受けて立つしかない。
俺は覚悟を決めて歯を食い縛る。
「うおおおおおおおお!!!!!!!」
黒い光を全身で受けながら、俺は叫んだ。
「豚足タックル!!」
俺は光線の中を突進していく。
体中が焼けるように熱い。
そのまま突き抜けるように、魔王に突撃した。
「な………!!」
俺の拳が魔王の腹部を捉える。
魔王は口から血を吐き出しながら、後ろに吹き飛んだ。
さらに、追い打ちをかけるべく、俺は地面を踏み込み魔王に向かって跳躍する。
そして、魔王に馬乗りになり、顔面に拳を振り下ろす。何度も、何度も。
魔王の顔の原型がわからなくなるまで殴り続ける。
俺の拳は血まみれになっていく。それでも、俺は殴ることを止めなかった。
「死ねっ死ねっ!! 死んじまええええ!!!!」
叫びながら、俺は魔王の頭を叩き割ろうとする。だが、魔王の手が俺の手首を掴んだ。
「はぁ…はぁ…」
「ぜぇ…ぜぇ…」
俺は肩で呼吸をしながら魔王を見下ろす。
魔王は顔がボコボコになってしまっているが、まだ生きていた。
「君は、本当に愚かな人間だ」
さらに苦笑しながら続ける。
「僕がいままで殺してきた勇者は、もっと己の正義を貫いていたよ。世界を救うために、自分の命を犠牲にすることも厭わなかった」
「うるせぇ……!」
魔王の手を振り払い、もう一度振り下ろそうとするが、また掴まれてしまう。
「でも、君の場合は違う」
魔王は首を横に振る。
「君はただ怒りに任せ、僕を殺そうとしている。君が戦う理由は、個人的な感情だ」
「それがどうした!?」
「はっきり言って、みっともない」
魔王は冷たい目で言い放つ。
「君は何のために戦っている? 世界を救いたいわけでもない。愛する人を守りたいだけなんだ」
「ああ、そうだ」
「くだらない。実にくだらない。勇者としては失格だよ。……だからそんなにバグってるんだね」
魔王はため息をつく。
「さぁ殺せよ。正義なき力で僕を殺してみろ!!!」
「うああああああ!!!!」
俺は叫び、全力で魔王の頭を地面に叩きつける。
そしてすべての力を絞り出すように、最後のスキルを叫ぶ。
「豚足タックル!!!」
魔王の体に大きな風穴が開き、鮮血が飛び散った。
そして魔王の眼はだんだんと虚ろになっていき、やがて動かなくなった。
終わった……。
俺は魔王を見下ろしていた。
魔王はピクリとも動かない。