豚肉太郎と勇者の力
「誰かがギリギリで魔法防御壁を張ったな?」
魔王は地上に降り立ち、あたりを見回す。
エリザベート、ザリウス、アリアが地面に倒れている。
「でも、まぁ全滅だよね。………ん?」
「豚肉くん……!」
俺はとっさのところでロゼを庇い、覆いかぶさっていた。
「ロゼ……無事か……」
俺は絞り出すような声で答える。
「う、うん。私は大丈夫だけど、豚肉くんが……!」
「よかった……」
「よくないよ!!」
ロゼは俺を抱き起こす。
「豚肉くん、しっかりして!!」
ロゼの声が遠くに聞こえる。
全身が重い。指一本動かせない。
「豚肉太郎くんらしい最期だね」
魔王が近づいてくる。
ロゼは俺をゆっくりと地面に寝かせ、魔王を睨みつけた。
「魔王様……!」
「もう戦えるのはロゼだけみたいだね。どうする?」
ロゼは無言で短剣を魔王に向ける。
「ふふふ。じゃあ、やろうか……ロゼ!!!」
魔王はふたたび魔力を集中させていく。
ロゼは魔王に向かって走り出した。
「そらそらそら!!!」
魔王は黒い光弾を連打してくる。
ロゼはそれをすべて避け、魔王に接近する。
「はあああっ!!」
ロゼが斬りかかる。
しかし、魔王はその攻撃を片手で受け止める。
「ロゼのスピードもパワーも悪くはないんだけどねぇ……」
魔王はもう片方の手から黒い炎を放つ。
「ああああっ!!!」
至近距離からのそれはロゼの体を焼き焦がす。
「くぅ……!」
ロゼは苦悶の表情を浮かべながらも、すぐに体勢を立て直す。
「まだまだいくよー!」
魔王は無数の闇の槍を生み出し、ロゼに向けて放つ。
「ダークネス・ジャベリン!!」
ロゼは跳躍し、それをかわす。
「無駄だよ」
魔王は人差し指をクイっと動かす。
その瞬間、すべての闇の槍が方向を変え、ロゼに襲いかかる。
「なっ!?」
ロゼは慌てて短剣で防ごうとするが、すべてを防ぎきれず、何発もの攻撃を受けてしまう。
「うああぁ!!」
吹き飛ばされたロゼはそのまま壁に激突した。
魔王は壁にもたれかかったロゼにゆっくりと近づく。
「残念だったね。これで終わりかな? ロゼ」
「………」
ロゼの瞳は魔王をまっすぐ見つめている。
「さすがは魔王軍四将で最強だっただけはあるよ。けれども……」
魔王は手のひらをかざし、そこに黒い球体を作り出す。
「じゃあね」
魔王は腕を振り下ろし、ロゼに向けて巨大な黒い球を放った。
「………!?」
しかし次の瞬間、魔王の表情が変わる。
ロゼの姿が消え、魔王の背後を取っていた。
「この瞬間を待っていたよ」
「くっ……!」
「秘技……! 雪月花乱れ閃き!!」
無数の光の線。それが無数に重なり合い、美しい輝きを放ちながら魔王を切り刻む。
勝った……!?
俺は虚ろな意識の中でその戦いを見ていた。
だが―――
次の瞬間、黒い魔力の爆発が辺り一面に広がる。
「きゃああああっ!!!」
爆風にあおられ、宙に舞うロゼ。そして、そのまま地面に落下してしまう。
魔王は全身から血を流しながら立っている。
「……今のはさすがに驚いたよ。この僕にダメージを負わせるなんてね……」
ロゼはなんとか立ち上がるが、肩で息をしている。
「でもそれだけだ」
魔王は黒い魔力を凝縮させる。
「死ね」
ロゼの周囲を無数の闇の光線が取り囲み、ロゼの体を貫いた。
「あ………!」
ロゼの全身から鮮血が飛び散り、ロゼは力なくその場に倒れ込む。
「ロ………ゼ………!」
俺は必死に体を動かそうとするが、まったく動かない。
「か……はっ………!」
うつ伏せになったロゼの口から大量の血液が流れ出る。
そんなロゼに魔王はゆっくりと近づいていく。
「まだ息があるか。さすがだねぇ……」
そして、魔王は魔力で生み出した黒い剣をロゼの首筋にあてがった。
俺の心臓がドクンと跳ね上がる。
やめてくれ……。やめてくれ……!!
ロゼは……ロゼだけは……!!
動け、動け、動け、動け、動け、動け!!!
ふざけるなよ、何が勇者だ…!
この世界で一番愛する人を守れなくて、何が勇者だ……!
こんなところで寝てる場合じゃねぇだろ!
死んでる場合じゃねぇだろ…!!
動けよぉおおおおおおおお!!!
その瞬間、俺の体を突き抜けるような衝撃を感じた。
体が熱くなり、視界がはっきりしてくる。
「あ………?」
魔王はロゼの首を掻っ切る寸前で動きを止め、俺のほうを見た。
ゆっくりと立ち上がる俺のことを見た。
「豚肉太郎くん」
魔王が俺のことを呼ぶ。
「魔王………」
俺は怒りを込めて、その名を呼んだ。
魔王は口元に笑みを浮かべる。
「それは……勇者の力かい?」
勇者の力……?
そうか。
ようやくわかった。
自分の力が何なのか。
「魔王、おまえを絶対にぶち殺してやる」
俺の言葉を聞いた魔王は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような顔で笑う。
「あははははは! おもしろいね! やっぱり君はおもしろいよ!!」
「いくぞ……」
「来なよ!! 最終ラウンドだッッッ!!!!」
俺は全力で地面を踏みしめ、一瞬で魔王との距離を詰める。
そして、魔王目掛けて拳を殴りつける。
その拳は魔王の顔面にめり込んだ。