豚肉太郎と最終決戦
ロゼはカルラが倒れたのを確認すると、俺のほうに走ってきた。
「豚肉くん!!」
「ロ………ゼ………」
俺は口から血を吐く。腹に穴が開いているのだ。
「豚肉くん!! 豚肉くん!!」
ロゼが俺を抱きしめる。俺の血がロゼの体を汚していく。
「ゴフッ……!」
俺はまた大量に吐血した。
「豚肉くん! しっかりして!! 誰か!! 誰か回復魔法を使える人はいませんか!!」
ロゼは大声で叫んだ。
すると、遠くから女の子が走ってくる。アリアだ。アリアは俺たちのところに辿り着くと、すぐに呪文を唱え始めた。
「神よ、この者に癒しを与えたまえ。ヒール」
緑色の光が辺り一面に広がる。
俺の傷口が少しずつ塞がっていく。
「まったく、お腹に風穴が空いてんだぞ。よくまだ生きてるねぇ」
「アリアさん……MP残ってなかったんじゃ……」
「ほんとは休む気満々だったんだけどさ。魔力回復薬渡されちゃって。しょうがないから飲んだよ」
アリアは腰に手を当ててため息をつく。
「ありがとうございます……本当に助かりました……」
「気にしないでいいよ。それより、あんたら二人ともボロボロじゃないか。ロゼちゃんもこいつ終わったら回復するからね…」
「私は……」
俺を抱きかかえながらロゼはバツが悪そうな顔をする。
そうだよな。ロゼは魔族で、人間の敵だ。……けれども、俺の味方だ。
「ロゼ、回復してもらえ」
「うん……」
「あぁ、太郎! ロゼ! 無事だったのですね!」
気絶していたエリザベートがいつのまにか目を覚まし、こちらに駆け寄ってきていた。
「よかった、みんな無事で……。カルラも倒すなんて…」
エリザベートは横たわるカルラを見て言った。
「………」
ロゼは悲しげな表情を浮かべ、黙ったままだった。
続いてザリウスも起き上がってきた。
「アリア、大丈夫か? 他の者は?」
ザリウスは周りを見回しながらアリアに尋ねた。
「ドラゴンはみんなで倒したよ。とりあえず、完全勝利ってやつだね」
ザリウスは安心したように笑みを見せる。
「そうか、良かった……」
ザリウスはカルラのほうを見る。
「カルラは死んでいるのか? 念のため私が確認しよう」
ザリウスはカルラに近づく、それを見ていたロゼが叫んだ。
「ザリウスさん、離れて!!」
「なんだ!?」
ザリウスは慌てて飛び退いた。
横たわるカルラの体から膨大な魔力が溢れ出す。
「まさか、まだ生きていたというのですか!!」
エリザベートは驚いている。
カルラは血まみれの体でゆっくりと立ち上がった。
そして、その目は赤く染まっていた。
「うふっ……うふふ……うふふふ……あっははははは!!!!」
カルラは高笑いを始めた。
「私が、姉さんに、やられるなんてぇ…」
カルラの目から涙が流れる。
「カルラ……」
俺を抱きかかえたロゼが呟く。
「姉さん、アタシ………」
「そこまでだな。カルラ」
ずしりとした声が響いた。
カルラの後ろから黒い魔力に包まれた人影が現れた。
それは、ひとりの少年。
魔王だった。
「カルラ、ずいぶんとこっぴどくやられちゃったねぇ」
魔王は無邪気な笑顔を見せた。
「しかも、やったのはロゼだって?」
「魔王様………」
ロゼがそう呟く。そうか、ロゼはもともと魔王軍四将。そもそもロゼは魔王のことを知っていたのか。
「ロゼが記憶を失っていたことは知ってたよ。豚肉くんと一緒に行動していたこともね。だから、カルラと再会したときにどういう反応見せるのか楽しみだったんだけどさ、まさかカルラを倒しちゃうなんて」
くすくすと笑いながら魔王は続ける。
「予想以上におもしろいショーだったよ、君たち!」
「ま、魔王様」
ボロボロのカルラが魔王を仰ぎ見る。
「どうしてですか。どうしてそんな……」
「だって、僕にとって魔王軍も魔王軍四将も、ただの駒で見世物に過ぎなくてさ。だからどうなってもいいんだよ、おもしろければね」
魔王はカルラの肩に手を置いた。
「おつかれ、カルラ」
それを聞いたカルラは、絶望の表情のまま横たわる。
「魔王……てめぇ……」
回復がほぼ終わった俺は立ち上がり、魔王を睨みつける。
「やぁ豚肉太郎くん、結局君はモブのままだね。僕の予想通りだ」
「魔王、てめぇは一体なんなんだ! 何が目的なんだ!!」
魔王は笑みを絶やさず、答えた。
「僕は歴代の魔王と違って、勇者と遊ぶのがメインなんだよね。勇者がどんなふうに育っていくのか見たくてさ。だから、こんな感じでちょっかいかけてるんだ」
「じゃあ、世界を征服して魔族が人間を支配するっていうのは嘘なのか!?」
「嘘ではないよ。ただ僕一人でそんなものできるから、他のおもちゃで遊んでみたくなっただけ。まぁ、君には感謝してるよ、豚肉太郎くん。君はいままでの勇者の中で一番おもしろい」
魔族は俺に近づいてくる。
「でも、そろそろ終わりかな。飽きた。死んでいいよ」
魔王の手が迫る。
だがそのとき、ロゼが魔王の前に立ちふさがった。
「魔王様、許さない。私やカルラをおもちゃにしてたなんて」
「ロゼ、まず君が相手をしてくれるの?」
「それに、豚肉くんに危害をくわえるのは絶対にさせない」
ロゼは短剣を構える。
「ロゼ、待ってくれ」
俺はロゼの横に並び立つ。
「豚肉くん、私は……」
ロゼは不安そうな顔で俺を見る。
「ひとりで戦おうとするなよ。……みんながいるだろ」
俺は仲間たちに目を向ける。
魔王の周りを囲うようにエリザベート、ザリウス、アリアが立っている。
「ふぅん。思ったより冷静なんだね」
魔王は面白そうに俺たちを見つめている。
「魔王、ここで決着をつけましょう」
エリザベートが剣を魔王に突き付ける。
「ここで魔王を倒せば、我々の戦いは終わる」
ザリウスが剣を拾い、構え直す。
「回復はまかせて~」
アリアが杖を掲げる。
「みんな………」
ロゼはひとりじゃない。たとえロゼが人間じゃなかったとしても、皆の心はひとつになっている。
「ふふふふ。アハハハハッ!」
魔王は高らかに笑う。
「そうだね、これで終わらせようか。きなよ、烏合の衆でどこまでやれるか見てあげる」
魔王は両手を広げる。
「いくぜ!! 魔王ッッッ!!!」
俺は叫び、魔王に向かって走り出す。
エリザベートが魔力を込め、最初の一撃を放つ。
「エターナルホーリーエクスプロージョン!!!」
閃光が魔王を貫く。
さらに続けて俺が拳を振りかざす。
「豚足タックル!!」
魔王は余裕の表情でそれを眺めている。
「バカの一つ覚えだね。無駄だよ」
魔王は右手で拳を受け止める。
「ぐっ!!」
その瞬間、衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
「くそっ!!」
俺は地面に手を突き、勢いを殺す。
「どうした? それが全力か?」
魔王は俺を見下ろす。
「まだだ!!」
俺は立ち上がる。
「はぁあああっ!!」
ザリウスが斬りかかるが、それも簡単に受け止められる。
「まだまだだね」
魔王は左手で剣を掴む。
「ぐっ」
ザリウスは力任せに引き剥がそうとするがビクともしない。
魔王は剣を握ったままザリウスごと投げ飛ばす。
「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ザリウスはそのまま壁に激突し、崩れ落ちる。
その瞬間、ロゼは魔王の後ろへ回り込み、短剣を振る。
「はあぁぁっ!!」
「……さすが、ロゼ。この僕の不意をつくとは」
魔王は首を傾け、紙一重でかわす。
「でも、惜しかったねぇ」
魔王はニヤリと笑い、振り返ると同時に裏拳でロゼを吹き飛ばした。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「ロゼ!!」
俺は急いで駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「うん、平気」
ロゼはなんとか立ち上がり、再び魔王に立ち向かう。
「アリア! ザリウスさんの回復を頼む!」
「わかったわ~!」
アリアはすぐに呪文を唱え、ザリウスを回復させる。
「アリア、ありがとう」
ザリウスは立ち上がる。
「いいえ~。あとはお願いね」
アリアは笑顔で返す。
「おう、まかせろ」
ザリウスは剣を構えなおす。
「面倒だなぁ……」
魔王はため息をつきながらつぶやく。
「ひとりひとり相手にしてたら、やっぱりキリがないや」
すると、魔王の体から禍々しい魔力が溢れだす。
「興ざめかもしれないけど、全員まとめて消し飛ばしてあげるよ…!」
魔王は空高く舞い上がる。
魔王の莫大な魔力が空中で渦巻いている。
「魔王の魔法……!?」
エリザベートが声を上げる。
「僕が魔王たる所以、とくと見るがいい!!」
魔王は両手を地上へ向けて突き出し、叫んだ。
「ダークネス・オブ・デストラクション!!」
極太の黒い光が俺たちに降り注ぐ。
「まずい!! 防御しろぉおおお!!」
ザリウスが叫ぶ。
視界が真っ黒に染まり、轟音が響き渡る。
あたりがすべて闇に包まれた……。