豚肉太郎と本当の想い
次の朝、いつもより少し遅めに起きてしまった。
「………よし、決めた」
俺は立ち上がり部屋を出た。そして隣のロゼの部屋のドアをノックする。
「はい」
中からロゼの声が聞こえた。
「ロゼ、開けてくれるか」
「うん」
ガチャリという音とともに、扉が開かれる。
「どうしたの?」
「大事な話をしたいんだ」
「わかった」
ロゼはうなずくと、俺を部屋の中へと通してくれた。
「それで、大事な話って何?」
ロゼが首を傾げる。
「俺と一緒に逃げよう」
「えっ……」
「魔王や魔王軍と戦うなんて死ぬかもしれないし…正直俺には荷が重すぎる。だから一緒に逃げる」
「……」
「ロゼと一緒にいるために、俺は魔王を倒したくない。ロゼさえいれば、俺は他の奴らが何をしようと知ったことじゃない」
「……」
「俺はロゼ、お前が好きなんだ」
「……」
「大好きなんだ。愛してる」
「……」
「ここから逃げて、どこか遠くで二人で暮らそう」
「……」
ロゼはしばらく無言のまま俯いていた。そして、ゆっくりと顔を上げる。
「私も好き………」
ロゼの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「私も豚肉くんのこと大好きだよ! ずっと一緒にいたいよ……」
「うん」
「逃げよう」
ロゼはそう言いながら俺の胸に寄り添って来た。
俺はロゼの肩を抱く。柔らかな感触が伝わってくる。
「豚肉くん…。好き…好きだよ」
「ロゼ…。俺も……大好きだ……」
俺の目からも涙が溢れていた。
俺たちはそのまましばらく抱き合っていた。
「じゃあ行こうか」
「うん…」
俺たちは荷物をまとめて宿を出る。
「どこに行こっか?」
「そうだなぁ……」
特にあてはなかった。ただ、ロゼと一緒にいられるならどこでもいいと思った。
「とりあえず、俺たちが出会った街に戻らないか?」
「………いいよ」
気乗りしなさそうな返事だったが、ロゼは承諾してくれた。
俺たちは王都を出て、街道を歩く。
俺たちって恋人同士になったんだよな? そう思ってロゼの手を握ってみる。
すると、ロゼは俺の手を握り返してきた。
「………そういえば、最初の街を出たときも豚肉くんは私の手を握ってきたよね」
「あ、あれは……」
恥ずかしくなって慌てて離そうとしたが、ロゼがぎゅっと強く握ってきたためできなかった。
「あの時は、豚肉くんのこと甘えん坊さんなのかなと思ってた」
「甘えん坊って…」
「冗談で、私のこと好きなの? って聞いたけど、本当に好きだったんだね」
「そ、そりゃ……まぁ」
「そっか……」
ロゼは顔を赤くしていた。けれどもどこか寂しそうな表情だった。
日が落ちてきて、空が暗くなってきた。俺たちは街道沿いにある大きな木の下で野営することにした。
「薪、足りるかな」
「うーん、大丈夫だと思うけど……」
「一応探してくる」
俺はそう言って立ち上がる。「私も行く!」
ロゼが立ち上がった。
「1人で平気だぞ?」
「でも、危ないかもしれないでしょ?」
確かに魔物が出る可能性はあるだろう。しかし、その辺に生えている枯れ枝を拾ってくるだけだ。危険はないと思うのだが。
「……わかった。じゃあ一緒に行こう」
「うん」
2人並んで森の中を進む。
「この辺りの木は大きいな」
「うん。それに太い」
そんなことを話しながら歩いていると、すぐに枯れ木の山を見つけた。
「こんなもんか」
俺は両手いっぱいに枯れ木を抱えると、引き返すことにした。
「結構あるね」
「ああ。これくらいあれば十分じゃないか?」
「そうかも」
「……あっ」
ふとした拍子に抱えていた木を落としてしまう。
「ごめん」
俺は謝りつつ、地面に落ちた木を拾い上げようとする。
するとロゼも一緒にしゃがみこんで木を拾おうとした。
「……!?」
俺の顔のすぐ横にロゼの綺麗な顔があった。
顔が近い。心臓の鼓動が速くなっていくのがわかる。
ロゼも同じように感じているのか、頬を染めて視線を逸らす。
ロゼの息遣いが聞こえる。
俺とロゼは無言のまま、互いに見つめ合う。
ロゼは少しずつ瞳を閉じる。
「………」
俺はゆっくりとロゼに顔を近づけていく。
唇が触れようとしたその時だった。
「あらあらあらあらぁ?」
突然声が聞こえてきた。
俺たちは驚いて離れると、声の主を探す。
そこには見覚えのある赤髪に長身の女がいた。
……カルラだ。
「なんでこんなところに…」
「それはこっちのセリフよ~?」
カルラが少しずつこちらににじりよる。
「豚肉太郎ちゃん?」
最悪だ。逃げようと思った矢先、魔王軍の幹部に出くわすなんて。
「アルバンを倒したやつが、こんなところで女の子とイチャついてるなんてねぇ」
カルラはニヤリと笑みを浮かべ、ロゼの方を見た。
「え……?」
しかしロゼを見た途端、表情が変わる。
「姉さん……?」
「は……?」
何を……言っている……?
「い、った………」
ロゼが頭を抱えてうずくまる。
「ど、どうした!?」
「わ、わかっ……ら、ない……! でも……何か……思い出し……」
何だ? 何なんだこの状況!?
「待って、姉さんにしては、若すぎる……」
カルラも困惑した表情でロゼを見ている。
「ロゼ! おい、しっかりしろ!」
「ロゼって……やっぱり姉さんだ……!」
カルラが涙を浮かべながら叫ぶ。
「何を言ってやがるカルラ…!」
「魔王軍四将の一人、ロゼ。私の姉さんよ」
「魔王軍……四将……?」
ロゼが魔王軍の幹部だと……? そんな馬鹿な……。
ロゼが魔族だって言うのか…!?
「そうか。若返りの妙薬を飲んだのね。それで記憶を……」
カルラがそう呟いた時、ロゼが苦しげに口を開いた。
「違う。私は…………」
「いままで自分のこと人間だと思ってたの? そうよね。私達って魔族の人間のハーフだから、見分け付かないもの」
「うるさい!!」
俺は思わず叫んでしまう。
「アンタこそ黙りなさいよ。……今まで気づかなくてごめんね姉さん。少しずつ思い出していきましょう」
「カル……ラ……」
ロゼがうずくまりながら呟く。違う、違う、ロゼが魔族だったなんてありえない。
「ねぇ姉さん。アタシと一緒に帰りましょう。みんな待ってるから」
「嫌……だよ……」
「どうして?」
「私は…魔族なんかじゃ……魔王軍なんかじゃ…」
「混乱してるのね。それとも、そこの人間の男に誑かされたから?」
カルラが俺を睨む。
「殺すわね。そうしたら姉さんの目も覚める」
カルラは手のひらを俺に向けると、魔法陣を展開する。
「や……め………」
ロゼは苦しそうに声を出す。
「カルラァァァ!!!」
俺はカルラに飛びかかると、その腕を掴む。
「汚い手で触らないでくれる?」
カルラはそう言うと、もう片方の手で拳を作り、俺の顔面に叩き込む。
俺はそのまま吹き飛ばされると、地面に転がる。
「ぐぁっ……」
「弱いわね…。それで本当にアルバンを倒したの?」
「豚肉くん……ダメ……」
ロゼは立ち上がろうとするもフラつく。
俺は立ち上がり、再びカルラに向かっていく。
「死ね」
カルラはそう言い放つと、手をかざす。
「豚肉くんッ!!!」
ロゼの悲痛の叫びが聞こえる。
その時、俺の視界に赤い光が見えた。
そして、俺の体は宙を舞っていた。
「がはっ……」
俺は地面へと落下する。
全身に激痛が走る。
「……まだ動いてるわね。しぶとい」
「カルラ……待って」
ロゼがゆっくりと立ち上がる。
「姉さん、大丈夫なの?」
「カルラ…。私、一緒に行くから……もう………」
「うん。わかった。姉さんは少し休んでて」
カルラはロゼの言葉に微笑む。
「さようなら豚肉ちゃん。姉さんに免じて今回は見逃してあげるけど、次は容赦しない」
「くそが……」
「さよなら」
カルラはそう言うと、ロゼを抱きかかえ、空高く飛び上がる。
「待ちやがれ……!」
俺はふらつきながらも立ち上がり、二人を追いかけようとする。
しかし、体が思うように動かない。
「ちくしょう……」
二人はすぐに遠ざかり、見えなくなる。俺はその場で膝をつき、意識を失った。