豚肉太郎とロゼ
翌日、一晩ゆっくり休んだ後、俺たちは再びギルドを訪れ依頼を受けることにした。
「昨日より難しい依頼はないかな?」
ロゼが掲示板を見ながら言う。
「強力なモンスター討伐があればいいんだが」
「お、あったよ。これなんかどう?」
ロゼが一枚の依頼書を持ってきた。
「なんだ?
『ワイバーンの群れの駆除』?」
「ドラゴンの亜種みたいなやつだよ」
「ほう。こいつは強そうじゃないか」
「ドラゴンの下位互換だけどね」
「まあいいんじゃないか。やってみようぜ」
「うん」
俺たちは早速、この依頼を引き受けることにした。
ワイバーンとは、背中に翼を持ったトカゲのような姿をした魔物で、その鱗は硬く、並の攻撃では傷一つつかないという。
俺たちはワイバーンが住み着いてしまっている山へと向かった。
「あれがワイバーンか」
「大きいね」
空には十数匹のワイバーンが飛び回っていた。
「よし、まずはあいつらを狩るか。ロゼは下がっていてくれ」
「でも、豚肉くんどうやって空に攻撃するの?」
「うーん。なんとか頑張ってみるしかないだろう」
「頑張るって…」
俺はロゼを残し、ワイバーンの方に突っ込んでいく。
「『豚足タックル』!」
俺はワイバーンに向かって走り出す。そしてそのまま跳躍すると、空中で体を捻り、勢いをつけて右足を突き出した。
「ぐあっ!」
だがワイバーンは素早く旋回して俺の攻撃をかわし、逆に俺に攻撃を仕掛けてきた。
「くそっ、当たらないか」
「豚肉くん、危ない!!」
地上にいたはずのロゼがいつの間にか俺の隣に現れ、短剣を振った。短剣から放たれた衝撃波が、空を飛んでいたワイバーンたちを切り裂いた。
「悪い」
結局ロゼに助けられてしまった。
「あとは俺ひとりでやる」
「わかった。気を付けて」
俺は上空を見上げ、ワイバーンたちの動きを観察する。
「スキル発動!『豚足アタック』」
俺は両足を前に突き出すようにして構えると、それを交互に繰り返しながら、地面を蹴るようにして上へ登っていく。そしてある程度の高さに達すると、今度はそこから真下に向けて落下していく。
「これでどうだッ!!」
俺は両手を組んでハンマーのように振り下ろした。その衝撃で、一匹のワイバーンが地面に叩きつけられる。
「次ィ!」
俺は次々とワイバーンを落としていった。
やがて全てのワイバーンを倒したところで、地上に降り立った。
「ふう……」
「やったね!」
「ああ、なんとかな」
俺は額の汗を拭いながら言った。
「それにしても豚肉くん、すごい戦い方するね」
「そうか?」
「普通はあんなことできないよ」
確かにロゼのようにスタイリッシュな戦い方はできなかった。不格好だが強引にどうにかする。それが俺の戦闘スタイルなのだろう。
「まあ、なんにせよ無事倒せてよかった」
「豚肉くんのおかげでね」
「いや、お前も結構強かったぞ」
「えへへ、ありがとう」
「じゃあ、町に戻って報告するか」
「うん」
俺たちはギルドに報告するため、帰路についた。
「盗賊団の討伐に続き、ワイバーンの群れの駆除まで……本当に助かりました。あなたたちに依頼して正解でした」
受付嬢は笑顔で言う。
「いえ、仕事ですから」
「ではこちらが今回の報酬です」
「ありがとうございます」
「またのお越しをお待ちしております」
こうして、今回もまた無事に依頼を達成した。
「さて、今日はこれくらいにして、宿屋に戻るか」
「そうだね」
俺はロゼと一緒に宿に戻った。
翌日、俺は朝早くに目を覚まし、ベッドから出た。
「いててて」
さすがに昨日無茶な戦い方をしたから、全身筋肉痛だ。俺は部屋に備え付けてある水瓶で顔を洗い、それからストレッチをして体をほぐしていった。
「ふぅ。こんなもんかな」
痛みはだいぶ和らいできたが、まだ少しぎこちなさが残る。だがこれなら問題なく動けるだろう。
「よし、行くか」
俺は身支度を整えてから部屋の外で出る。
「お、ロゼおはよう」
「おはよ~~」
ちょうどロゼと出くわした。ロゼはまだ眠そうにしている。
「よく眠れたか?」
「うん。豚肉くんは?」
「まあまあかな」
「そっか。今日もギルドに行くの?」
少し迷う。ワイバーン以上に強い魔物なんて依頼になさそうだし。
「どうしようかな。俺ちょっと筋肉痛なんだよな」
「そうなんだ。大丈夫? 無理しない方がいいんじゃない? 明後日の戦いでは万全の状態で挑まないと」
まぁ筋肉痛くらいでどうということはないが…無理する必要もないだろう。
「じゃあ今日は休むか」
「やった!」
ロゼは嬉しそうに飛び跳ねている。
そういえばロゼとちゃんと遊んだことなかったな。
たまには息抜きでもさせてやるか。
「どこか行きたいところでもあるのか?」
「うーん。特にはないけど」
「じゃあ何か美味しいものでも食べに行くか」
「いいの!?」
ロゼの顔がぱっと明るくなる。
「ああ。どこがいい?」
「私、甘いものが食べたいな!」
こないだエリザベートと一緒に入ったスイーツショップを思い出す。
「いいところ知ってるぞ」
「ほんと?」
「おう。任せろ」
俺たちは早速その店に向かった。
「うわあオシャレ! よくこんなお店知ってたね!」
「はは…まぁな」
エリザベートと以前一緒に来たことは言わないほうがいい気がする。
「?」
ロゼが狼狽する俺を見て首を傾げている。
「いや、なんでもない。入ろうぜ」
「うんっ」
店内に入ると、店員さんが出迎えてくれた。
「2名様ですか?」
「はい」
「ではこちらへどうぞ」
席に着くとメニュー表を手渡される。「何にする?」
「ええと、チョコレートパフェにしようかな」
「俺はモンブランにするか」
注文を済ませると、しばらく待つことになった。
「こんなおしゃれなお店に豚肉くんと来れるなんて、夢みたい」
ロゼはあたりをキョロキョロ見回しながら言う。
いつも以上にウキウキしていて、とても可愛い。
「ロゼはかわいいなぁ」
思わず本音が漏れてしまった。
「ど、どうしたの豚肉くん」
ロゼは照れくさそうに頬を押さえている。
「すまん。思ったことがつい口に出ちゃった」
「もう……」
そんな感じで雑談をしているうちに、頼んでいたものが届いた。
「おいひぃ!」
ロゼは目を輝かせながら、スプーンを口に運んでいく。
「幸せそうだな」
「だってこんなおいしいお菓子初めて食べるもん」
「それはよかった」
俺は自分のケーキを食べながら言った。
「おいしいなぁ。うれしいなぁ」
ロゼは満面の笑みを浮かべている。
「どうしたんだよ」
いつも以上のテンションのロゼに、つい聞いてしまう。
「……最近ね、豚肉くんと一緒に依頼をこなしたりこうやって一緒におしゃれなお店で甘いもの食べたりして、すごく楽しいなって思って」
「そうか。しばらく別行動だったもんな」
「うん。本当は寂しかった」
ロゼはうつむき加減で言う。
「そうか。俺もだよ」
「豚肉くんも?」
「ああ。だから今日は思いっきり楽しもうな」
俺たちはスイーツショップを出ると、街をぶらつくことにした。
「次はどこに行こうか」
「ん~、お洋服とか見てみたいな」
「服屋か。わかった」
「あと雑貨も見たいし、武器や防具のお店も気になる」
「おお、いっぱいあるじゃないか」
「あ、でも豚足くんは武器使えないんだよね」
「いいよ。ロゼの武器を選ぼう」
「いいの?」
「ああ。金ならたくさんあるからな」
「ありがとっ」
俺たちは歩き回った。
ロゼが興味を持った店に片っ端に入っていき、いろいろな物を買った。
どれも可愛らしいデザインのものばかりだった。
「これ買ってあげる」
ロゼはピンク色の小さなポーチを買ってくれた。
「いいのか? 結構高いぞ」
「いいの。豚肉くんにはいろいろもらってばかりだし、これはそのお礼」
「ありがとう。大事に使うよ」
「うんっ」
ロゼは笑顔でうなずいた。
それからしばらくして、夕暮れ時になった。
「そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
2人で並んで歩いていると、ふとロゼが呟く。
「なんか、デートみたいだったね」
その言葉に俺はどきりとする。
「そ、そ、そ、そ、そうか?」
声が裏返ってしまった。
「うん。ちょっとドキドキしちゃった」
「……」
「ねぇ、最近私変なんだよね」
「変?」
「豚肉くんがエリザベート様や他の女の子と仲良くしてるとモヤッとしちゃうっていうか……」
「え………」
「なんだろう……この気持ち……」
「……」
「やっぱり変だよね」
ロゼが上目遣いで俺を見つめる。
心臓の鼓動が早くなる。
「私、これが何なのかわからなくて…」
「……」
「豚肉くんはわかる?」
「それは……」
ロゼの顔が真っ赤に染まっていように見えるのは夕陽のせいだろうか。
「でも今日、豚肉くんと一緒に過ごしたらそういう気持ちが幸せに変わっていくようで」
「ロゼ……俺は……」
「ねぇ、豚肉くん」
ロゼがくるりと背を向ける。
「お願いだよ……」
泣き出しそうな、絞り出すような声だった。
「死なないで」
そう言ったあと、ロゼは走り出した。
俺はただ、その背中を眺めていることしかできなかった。
俺はしばらくその場で立ち尽くしていた。
陽が沈み、あたりが暗くなっていく。
ロゼの言葉が頭の中でぐるぐる回っている。
もしかしたら、魔王なんて忘れてロゼと二人だけでどこかで暮らすことができるんじゃないか。
そんな考えが浮かんでは消えていく。
そもそも別に魔王を倒す使命なんてないのだ。元の世界に帰る必要なんて、最初からなかった。
ロゼと二度と会えなくなるなんて、絶対に嫌だ。
俺はうなだれながら歩きだす。
わずかな民家の明かりだけが頼りの暗い道を歩いていく。
いっそ明日、エリザベートに話そうか。俺たちは戦わないってことを。
それとも、何も言わず黙って2人きりでどこか遠くへ逃げてしまおうか。
最低な男だ。
でも、俺にはこの世界の平和なんて関係ない。ロゼだけがそばにいてくれれば他に何もいらない。
命なんて懸けてやる義理なんてないのだ。
宿屋が見えてきた。ロゼは先に帰ってるだろうか。
俺は宿屋に入り、マスターに聞く。
「ロゼは戻ってますか?」
「えぇ。先程自分のお部屋に戻られましたよ」
それを聞き安堵する。俺はマスターにお礼を言って、自分の部屋に戻ってきた。
とりあえず今日は休もう。ベッドに入ったもののなかなか寝付けず、何度も寝返りを打つ。
そして、いつしか眠りについていた。