豚肉太郎の九死一生
それからどれくらい経っただろうか。
俺は目が覚めた。
エリザベートが心配そうな顔で覗き込んでいる。
「うう……エリザベート……さま?」
「太郎、起きましたか?」
「はい、ここは……?」
見渡すと、森の中だった。ここまで逃げてこれたのか。
「追手は……?」
「大丈夫です。撒きました」
「よかった」
「それより、体は大丈夫ですか?」
「はい、なんとか……」
「本当にすみません。私が不甲斐ないばかりに」
元はと言えば敵に捕まったのは俺のせいだ。
エリザベートのせいじゃない。
それにしても、なぜ急にあんな力が出せるようになったのだろう。
「あの、太郎……」
エリザベートがモジモジしている。
「ん?どうかしましたか?」
「その、助けてくれてありがとうございました」
「いえ、当然のことです」
「その……私を守ってくれて、嬉しかったです」
頬を赤く染めて俯くエリザベート。
かわいい。
「と、とにかく早く王都に戻らないと」
しかし体はボロボロのままだった。思うように動かない。
「申し訳ありません。私が回復魔法を使えればよかったのですが」
「…ということは、俺をここまで背負って運んでくれたんですね」
「はい、でも途中で力尽きてしまいまして……。でも少し休んだので」
そう言うとエリザベートは俺を抱えようとしてきた。待て、この体制は…。
「あの、エリザベート様もしかして」
背負っていたのではなく、俺はお姫様だっこされていたのか!?
めちゃめちゃ恥ずかしいが、抵抗する体力もなかった。
「さあ行きましょう太郎」
俺はエリザベートに抱えられながら、森の中を進んでいった。
俺たちは森を抜け、王都の近くまで来ていた。
あともう少しで到着だ。
「ふう、やっと着いた」
「着きましたね」
エリザベートは息を切らしていた。
ずっと俺を抱えて歩いてきたのだ。
相当疲れているはずだ。
「エリザベート様、大丈夫ですか?」
「はい、平気です」
「あの、そろそろ歩けそうなのでおろしてもらって大丈夫です」
まだ体はボロボロのままだが、頑張れば一人でなんとか王都まではたどり着けるだろう。
「いえ、ダメです」
しかし、あっさり拒否された。
「えっ……」
「太郎、あなたは今瀕死の状態なんですよ」
「いや、でもこの格好のまま王都に戻るのは…」
「何言ってるんですか。そんなこと気にしてる場合じゃありませんよ」
エリザベートは真剣な表情だった。
「あの……じゃあ、肩を貸してもらえれば」
「……仕方ありませんね」
渋々といった様子で了承してくれた。
俺はエリザベートに支えられながら歩く。
そして門の前に着いた。
「エリザベート様!よくぞご無事で!」
兵士の一人が駆け寄ってきた。
「私は大丈夫です。それよりもこの者の手当てをしてあげてください」
兵士が俺のことを訝しげに見る。
「なんです? この小汚い男は」
「彼は私の命の恩人です」
無茶苦茶言う兵士をエリザベートは睨みつけながら言った。
「そ、それは失礼しました」
失礼過ぎるだろ。
「では、お願いします」
「はっ」
兵士たちは俺を担架に乗せると、どこかへ連れていった。
城内の医務室。
そこで治療を受けることになった。
俺は今、回復魔法を受けているところだ。
「ぐああああ!」
痛えええええええええ!! めちゃくちゃ痛かった。
全身が焼けるように熱い。
「我慢しなさい」
僧侶らしき可愛い女の子が俺を叱った。
「はいっ」
俺は返事をした。
「うう……」
痛みに耐え、何とか耐えきることができた。
「ふー、これでよしっと」
「終わりました?」
あれほどボロボロだった俺の体はすっかり元通りになっていた。
「ありがとうございます」
俺は感謝した。
「どういたしまして」
女の子が微笑む。かわいい。癒される。
「ところであなた、エリザベート様を助けたんだって?」「はい」
「すごいわね」
「いや、そんなことは」
照れてしまう。
「謙遜しないの。もっと胸張りなさい」
「はい」
「そうだ、自己紹介がまだだったわね。あたしはアリア。よろしく」
「俺は豚肉太郎といいます」
「敬語じゃなくていいから。よろしく、豚肉ちゃん」
「よ、よろしく」
豚肉ちゃん? 変わった呼び方をする子だ。
「ねぇ、豚肉ちゃんはエリザベート様とどういう関係なの?」
「どういうと言われても……」
「もしかして、エリザベート様に惚れてるとか?」
「いやいや、そんなわけないですよ」
「あら、そうなの」
エリザベートは確かに美人だと思うが、別に好きというわけではない。
ただ、守らないといけない存在だというだけだ。
「まあ、そういうことにしておくか」
「えっ」
「それより、エリザベート様を助けてくれてありがとうね」
「いえ、当然のことです」
「それでね、実は頼みがあるんだけど」
「なんでしょう」
「エリザベート様と仲良くなってくれないかな」
「はい!?」
いきなり何を言い出すんだこの子は。
「いや、エリザベート様ってなかなか人と打ち解けようとしない子だからさ」
「はあ」
「でもあなたなら、きっとうまくやっていけると思うの」
「いや、でも」
「ほら、エリザベート様はあなたのことを信頼しているみたいだし」
「そうでしょうか」
「うん、絶対そう」
アリアは自信満々に言い切った。
俺はアリアに挨拶を済ませると、医務室を出た。
ロゼも心配してるだろうし、宿屋に戻りたいがひとまずエリザベートに挨拶を済ませないといけないだろう。俺がそんなことを考えながら廊下を歩いてると、ちょうどエリザベートが出てきた。
「あっ、エリザベート様」
「太郎、体の調子は大丈夫ですか?」
「はい、もう平気です」
「そうですか、よかったです」
エリザベートは安堵のため息をつく。
「あの、この度は助けていただいて本当にありがとうございました」
俺は頭を下げた。
「いえ、私のことを助けてくれたのは太郎です。お礼を言うべきなのは私の方です」
「それでも、命の恩人であることに変わりはないです」
「……わかりました。ではありがたく受け取っておきましょう」
エリザベートは納得してくれたようだ。
「では、俺は宿屋に戻るので」
そう言って立ち去ろうとする。
「待ってください」
呼び止められてしまった。
「何か?」
「その……私と友達になってくれませんか?」
エリザベートが顔を赤らめながら言った。
「えっと……」
さきほどのアリアの言葉を思い出す。
『エリザベート様ってなかなか人と打ち解けようとしない子だから』
しかし王族と気軽に友達になっていいのだろうか。
「やっぱりダメですよね」
エリザベートは悲しそうな顔になる。
「そ、そんなことはないです!」
「では、私のお願いを聞いてくれるんですね!」
「はい!」
「ありがとうございます!」
エリザベートの顔がぱぁーっと明るくなる。
「じゃあまた明日会いに行きますね」
「え、明日もですか?」
この王女、実は暇なのだろうか。
「それとも迷惑ですか?」
エリザベートが上目遣いで聞いてくる。
「いえ、全然迷惑じゃないですよ」
「よかったです!」
エリザベートは嬉しそうにしている。
「では、私はこれで失礼します」
俺はその場を後にした。
俺はようやく宿屋に帰還する。
「豚肉くん!!!」
部屋に入ると、ロゼが駆け寄ってきた。
「豚肉くん!! 豚肉くん!!」
ロゼは泣きながら俺の名前を連呼している。
「ごめんな、心配かけて」
俺は優しく頭を撫でる。
「ううっ……」
するとロゼは俺の胸をぽかぽか叩き始めた。
「ちょ、痛いって」
「バカ! アホ! マヌケ! おたんこなす!」
「わかった、悪かったって」
「本当に心配したんだからね!」
「うん、わかってるよ」
俺はしばらく、ロゼの好きなようにさせた。「落ち着いたか?」
「うん」
ロゼは涙を拭く。
「それでいったい今まで何をしていたの?」
「実は魔王軍に捕らえられてて」
それを聞いたロゼは目を見開く。
「魔王軍!?」
「ああ、なんとか逃げてきたけどな」
またしてもロゼの目から大粒の涙が流れる。
「よかった無事で……」
「心配かけたな」
「ほんとだよ……」
「とりあえず飯でも食うか」
「そうだね」
俺は酒場で料理を注文し、食事をしながらこれまでの経緯を説明した。
「それじゃあずっとエリザベート様と一緒だったんだ」
「まあ、成り行きというかなんというか」
「ふーん」
ロゼは少し不機嫌になったような気がする。
「どうかしたか?」
「なんでもないよ」
「そうか」
「……待って。もしかして豚肉くんがいままでやってた情報収集って魔王に関すること?」
「そういうことになるかな」
「……ずるい」
「え?」
「ずるいよ、私だけ仲間外れにして」
「いや、だって仕方なかったんだよ」
危険なことにロゼを巻き込みたくはなかった。だから今まで隠していたのだ。
「私にも教えてくれればよかったのに」
「それは……」
「……私にも手伝わせて」
「ダメだ。それにロゼは仕事を探さないといけないだろ。仕事見つかったのか?」
「それはまだだけど…」
ロゼは下を向いてしまう。
「でもそんなのもうどうでもいいよ」
「どうして?」
「だってもともとは記憶を取り戻すためだし、絶対に仕事しなきゃいけないわけじゃないもん」
「そりゃそうだが…」
「だから一緒に行く」
「いや、だから危険すぎるって」
「私、豚肉くんより強いよ」
「確かにそうかもしれないが」
「なら問題ないよね」
確かにロゼは結構強い。しかし、それでも魔王軍幹部のような敵が出てきたら。
俺はロゼを守りきれるだろうか。先程の戦いでも、俺はエリザベートを死なせるところだった。
「お願いだよ。豚肉くんに何かあったら、私は一生後悔する。何もしなかった自分を一生責める。お願い。連れていって」
ロゼは真剣な眼差しで見つめてくる。
「……わかった」
ここまで言われてしまったら断れない。
「やった!」
ロゼは嬉しそうにはしゃいでいる。
俺は覚悟を決める。
「だが、絶対に無理だけはしないでくれ」
「うん、わかった」
「それじゃあ、うまい飯でも食って体力をつけなくちゃな」
テーブルの上には大量の肉料理が並べられていた。
「お肉好きだよね。豚肉くん」
「おう、超好き」
「野菜も食べてね」
「善処します」
俺とロゼは食事を済ませ、それぞれの部屋に戻って休んだ。