勝利を告げに鐘は鳴る
チリン、チリーン
葉「ん、誰?」
水「うちやけど、影何処におるか知らへん?」
葉「ちょっと待って……影なら私の家にある稽古場で
鍛錬してるみたいだよ」
水「うへぇ、影は真面目やなぁ。
というか、鍛錬なら家でやればええのに」
葉「施設はこっちの方が充実してるからじゃない?」
汗がとめどなく流れて、服が一層重くなる。だというのに、目の前のダンデリオンはそれ以上の熱気で私に追撃を仕掛けてくる。
ぶわぁっ、と浮きそうになる体を地面に押さえつけてその暴威から逃れているが、このままでは私がその餌食になるのも時間の問題だろう。
…………果たしてどれほどの時が経ったのか、体感では何時間も相手にしている気がする。しかし、周囲の喧騒は未だに途切れず、私を照らす日差しも弱い。この窮状を覆すにはダンデリオンを倒すしかないのだろう。
何度目ともしれない突進を避けて、彼の足元にボーラを投げつける。
「スゥ——ゴアアァァァァァァァァッ!!」
しかし、それは耳を塞ぎたくなるほど大きな咆哮によって弾き飛ばされる。きっとあれが魔族の、彼の使う魔法なのだろう。人類と違い、魔族の魔法は多種多様だ。彼の咆哮はどうやら物理的な現象を引き起こして、私のボーラや流星錘を弾いているらしい。しかし、何処かしら弱点はあるものだ。あの咆哮をする時に彼は立ち止まる。その隙を狙い、再度流星錘を彼の腕目掛けて打ち付ける。
パアァン、という音が響き、流星錘の重りを片手で受け止められる。咄嗟に流星錘を離そうとするが、その前にダンデリオンがその剛腕で私ごと重りを宙に持ち上げ、地面に叩きつけた。
「かはっ————」
肺から空気が漏れて、一瞬意識が飛んだ。ダンデリオンは再度打ち付けようと腕を持ち上げるが、私は流星錘を捨てて間合いをとる。
ダンデリオンは手に持ったそれを背後に放り投げて、私に向き直る。
「ふんっ——、さて武器は無くなったがまだ戦えるか?」
「冗談……貴方はまだ私を舐めているの?」
先程の言葉は彼なりの慈悲ではあるのだろう。今の私は丸腰という訳ではないが、相手に致命的なダメージを与える武器を持っていない。ボーラを上手く使えば流星錘と同じく立ち回りは出来るだろうが、威力は明らかに低くなる。この状況は側から見れば勝敗は既に決まって見えるだろう、しかしその結果を今戦っている皆に見せる訳にはいかない。
「私は勇者、勇者エリスはこの程度の苦境に屈したりはしない」
視界は掠れて、痛みで叫びそうになっても私は勇者なのだ。見栄は最後まで通す、それこそが人類を守る勇者の姿だと思うから。
「そうか、では勇者よ————死ねッ!!」
徐々に近づいてくる死はゆっくりと私に近づいてくる。この一撃を避けても、二撃目で私は絶命するだろう。
どうしたらこの目の前の危機を乗り越えることが出来る? どうしたら彼を倒すことができる?
どうしたら…………思考がぐるぐると頭の中で回り続け、その終わりは見えない。
私はここで死ぬのだろうか、この救ってもらった命を途上で、まだなすべき事もなさずに。ありし日の思い出が頭を駆け抜けてゆく。
これが走馬灯と呼ぶものだろうか?
『————いいか、理想は自分で叶えるのだ。————お前以外がお前の理想を叶えられると思うなよ——』
世界に私の名が知れ渡ったあの日、主教がくれた言葉が蘇る。ああ、あの日から私は忠告されていたのに……すみません、主教。
思わず目から溢れた涙は一体どこから来たものだったのか。……ああ、数多くの期待を預けてもらったのに裏切ってしまうことなのか。でも、きっとそれよりも大事な————身近で支えてくれた少女の影がちらついたその時。
ゴォォォォォン
走馬灯をも打ち払う鐘の音が鳴り響く。
「なぁっ?!」
その鐘の音に気を取られ、思わず手を止めてしまったダンデリオン。私はその隙に懐に入り、ボーラを彼の顎に向かって叩き付ける。
「ぬぅっ! ————ヒュゥゥ」
ダンデリオンは衝撃からすぐに立ち直り、咆哮で距離を取ろうと息を吸い込み始める。勝機はここしかないッ!
「凍てつくせ!」
力を振り絞り、私の全力の魔法——極寒の冷気を生成する。
「ゴッ——ゴハァッ?!?!」
ダンデリオンの肺が冷気を取り込むが、温度の急激な変化に耐えられずダンデリオンは喀血する。
「これで、終わりっ!!」
叩きつけたボーラを上に投げて、その重りを私は宙返りでダンデリオンの顎に向けて蹴り上げる。
めり込み、骨を砕く音がした後、ダンデリオンの体はふらりと揺れて後ろに倒れた。
この勝負は鐘が鳴った瞬間から決まっていたのです。
という、作戦がどんなものか始まるよ!




