鏡が映すのは光か、闇か
葉「……日向気持ちいいな」
影「珍しいね、そんな様子になるなんて」
葉「この暖かさにずっと浸りたい」
ボロの人はスープを飲み終え、少しの間ゆったりとしていた。
「話を少し短くまとめ過ぎたか。ふむ、君たちが興味のありそうなこと……鬼についてより詳しく話しておこうか」
「それも短い話なの?」
まだ席に着いても問題はないだろうが、店の外にいる人たちとの入れ替わりが滞るかもしれない。
「少し時間を貰えれば問題ない」
ボロの人も外の様子を向いたあと、ウエイトレスが皿を下げていった。
「君たちは世界の法則に囚われない、自身の法則を持っている。神から見れば道理から外れた法則、魔法だ。法則を突き詰めれば柔軟に捉えることが出来る。幼い頃はその法則が固まってないことが多いため、超常的な現象を引き起こすことができない」
「幼いって、どのくらいの歳? 私は出来る気がしないけど」
大道芸が出来なくても構わないけれど、出来るのなら少し憧れてしまう。
「君くらいの歳なら出来てもおかしくはないが……確かめる方法が一つある」
ボロの人は首にかけていたペンダントを取り出した。素朴な紐にかけられた透明な結晶が光を反射している。
「ガラス? それとも別の宝石が何か?」
「…………玻璃、ガラスだ。しかし、ただのガラスではない。これは特別なもので、これに君の姿が映れば既に君の法は固まっているのだろう」
大事なものなのか、ボロの人はそっと私の手に置いた。ガラスの一面が透過せず、紅い瞳と隠していたはずの黒い髪を映し出した。
「……これ、貴方しか持ってないの?」
「それは分からないが、君が気にするようなことは起こらないだろう」
今度はペンダントをお母さんに渡す。お母さんは瞳を大きく開けたあと、何かを納得したように目を暫く閉じた。
「…………ありがとう。最後に聞きたいことがある」
ペンダントを持ち主に戻し、お母さんは真剣な表情で尋ねた。
「私に答えられることなら、何でも聞いてくれて構わないが何だ?」
「鬼には仮面を被る習慣はある? あったら、それがどんなものなのか教えて欲しい」
少しの沈黙の後、ボロの人は少しずつ言葉を紡ぎ始めた。
「仮面……確かあったと思う。彼らにとって仮面とは彼らの一面を切り出すための……道具だったはず。ただ一つ、仮面の中でも神を殺す為の道具があった。つい最近までは松洛という夜叉が持っていたと記憶しているが……その後の行方は分からないな」
「……師匠のことを知ってたの?」
普段より低い声、瞼が下がりながらもボロの人の方を向くお母さんの姿はか弱く見える。今まで見たことのない様子に、私は衝撃で思考が回らない。
「師匠? そうか……彼は君に託したのか。あれを使うのはやめた方が良い、もし使うとしても大事なものを守るときだけにな。あれは毒だ、一時的に力を与えられるが代償は余りに大きい。特に、君のような若いうちは」
ボロの人は席を立ち、ネックレスを外套の中にしまった。
「行くの?」
「ああ、君たちの会話は楽しかった。……もしかしたらまた会うかもしれない。その時を楽しみにしているよ」
思わずボロの人に声をかけてしまったのはどうすれば良いか分からなかったから。去る背を見送り、お母さんに目を向ける。
「お母さん、もう屋敷に戻ろう?」
「……ごめん、そうさせてもらうね」
帰る道、手を強く握ってしまったのは何処かに消えてしまいそうなお母さんを留めたいという我が儘なのだろう。それでも、すぐ近くにお母さんがいる安心感を求める弱さから私は抜け出せないでいる。
ゆかりちゃんの瞳に映ったものとは?!
ゆかりちゃん視点だと、かなりブラックボックス。
師匠が仮面を使っても問題なかったのはリスクとリターンが低かったから。師匠の力はシンプルだから、仕方ない。