私の善意は果たして、誰が為になるのか?
水「うぅ……また説教室、お義父ちゃんの馬鹿ぁぁっ!」
水「あれ? 誰もいない……」
水「うぅ、影……お義父ちゃん。どこにいるの……」
---------------------------------------------------
水「……夢だった?」
影「? 珍しく自力で起きぃっ?! 痛い、痛いっ、
抱きつくのはやめてっ!」
「お母さん、そろそろ起きて! まだ時間はあるけど、今日はもう勇者のお披露目式なんだから……」
お母さんは断固とした意志で毛布に丸まっている。
「……ふふっ、どうせ私ははしたない女よ。本当ならもう少し厚着をしたいのに、おかしくなるじゃないかと気になって着られない。そんな、つまらない女です」
毛布に遮られて、少しくぐもった声でお母さんは呟いている。
「そんな事ないから。お母さんは何を着ても可愛いし、似合ってるよ。後は自信を持つことだけだよ!」
「そうかな……私、何でも良いから動きやすくて、着るのが楽な服が良いよ? 着飾ることにも、意識が向かないからコーディネートなんて出来ないし」
……確かにお母さんの選ぶ服には遊び心というか、挑戦する精神がそもそもない。ウェイトレスの格好や、家で着ているあの和服と教えてもらった服は決まってるから気やすいのだろう。
「それでも良いんだよ、きっと周りも気にしなくなっていくから」
「それまで私はあの……生暖かな視線の中を過ごしていかなければならないの? 無理っ! 流石に暫くは出たくない!」
こんな調子が何日か続いているから、周りも気にしてないと思うけど、お母さんにとってはまだ渦中の中のようだ。一応、時間になると外に出るけれど、早めに用意した方が良いし、孤児院に行くまでの道のりを誰にも気づかれない動きを式でされても困る。
[はぁ、何て面倒臭いのよ。もういっその事こと式の賑やかしと混ざって、道化の姿でいればいいんじゃない?]
「…………メイクすればバレない?」
琥珀の冗談にお母さんは真面目な様子で応える。
「そんな事しなくても大丈夫だからっ! 琥珀もふざけないでよ。お母さんも、ふて寝はやめて起きよう? 私だけは怖いからさ」
「琥珀?」
少しいつもの調子に戻ったお母さんに、私は手を精一杯差し出す。
「この都の住人は良い人が多いと思うけど……怖くもあるから。善は秩序を生むけれど、余所者の意志と重なるとは限らない。だって、周囲とは共有して合意があるけど、その場にいない者の意見は反映できないし、それを求めるのはわがままだから」
新たな場所は不安な足場だ。適応できなければ、淘汰されてゆく。だから、身近に安心できる存在がいてほしい。誰でもない、私の居たい場所は…………
「行こう、服なら私や琥珀に相談してくれれば答えるからさ」
ぶわっ、と毛布が翻り、寝巻き姿のお母さんが額抑えながら、軽く息を吐いた。
「ごめん、今の方が余程はしたなかったね。うん、考えが足らなかったよ。私も、琥珀とリリスが居れば自信を持てる気がする」
申し訳なさそうに笑うお母さんに、私もほっと息を吐く。
その瞬間に、コンコンと扉から音が聞こえた。
「扉を開けても宜しいでしょうか? 良ければお召し物の用意も整っていますので、朝食のついでに選ぶと良いでしょう」
「はい、ど、どうぞ」
お母さんの顔が少し緊張でぎこちなくなりながらも、返事をする。
使用人が朝食の用意をテキパキとする中で、服を見ているとお母さんの顔がぴたりと固まった。
「こ、これは?」
使用人はちらりとそちらを見てお母さんの疑問に答えた。
「主様がゆかり様がそのような趣味を持ってるのではないかと気遣い、麗人の装いとして仕立てられたものをご機嫌で用意なされていました」
私も思わず使用人の方を向くが、使用人は気にした様子もなく仕事に徹する様子から暫く目が離せなかった。
主の善意 (笑い)
基本的に意地悪な性格の主なので、使用人もにてきているかも? 気に入った人以外にはしないけどね。
追記・麗人の装い=男装だと認識してました。
前書き
上のような悪夢を見たことはないけど、
似たような悪夢なら何度も経験している。
例えば締め切り前 (あと数分)の原稿が真っ新な悪夢
あれほど精神を摩耗する悪夢はないと思う。




