木漏れ日の差す孤児院に
葉「あれ? 何処に行ったんだろう」
影「何を探してるの?」
葉「書道のときに使う墨だけど、かなり小さくなっててね」
影「ちゃんと管理しないからそうなるんだよ……この部屋
紙束で山積みだし。でも、葉ならすぐ見つけられるよね」
葉「うっ、小さいと探すのは苦手なのよ」
見るものを圧倒する正面とは打って変わって、中は木張りで暖かみが満ちている。ちらほら見える子どもたちを抜けて、中庭に一人木陰に佇む老婆がいた。
「おやおや、お客さん。こんな時に孤児院に来るなんて……何か私に用があるのかい?」
のんびりと話す老婆に少女は微笑みながら答えた。
「ここにある本を少し見せてもらいたくて、知り合いから紹介状をもらって来ました」
老婆は少し不思議そうに首を傾げたが、少女が紹介状を老婆に差し出すと、理解したように頷いた。
「ああ、あのお転婆お嬢さんのところの……本当は全くいらないんだけども。まあ、このご時世だから、私じゃなくて子どもたちのためだろうね」
現在の聖都の事情を把握できていない少女の表情に、老婆は笑みを湛えながら説明した。
「ここに来たばかりでは知らなくても無理はないよ。今回の勇者が孤児院から拾われたなんてね」
老婆は眉を下げて、空を仰ぎ見る。空は青くあるが、中庭という場所故か白色の建物たちに囲まれているようにも見える。
「…………歳を取り過ぎると、関係のないことを話しちゃうね。まあ、戯言だと思ってくれれば良いから。じゃあ、案内をするね」
杖を突いて立ち上がった老婆は先程のことを瞬時に切り替えたのか、先程の空気を掻き消して進んでゆく。
◇
「それにしても、絵本ね。勉強熱心なのは良いことよ。どの本をお探しかしら?」
「かなり昔のことが伝えられた物語を知りたいので、どちらかというと説話とか、昔の突拍子もなさそうな物語ですかね?」
リリスの生みの親たる彼女が殆ど知らなかった物語だ。なら、今は原型が崩れてると思った方が良い。説教臭い話や、少しあり得ない話として脚色されている可能性の方が高いだろうか?
そも、この国であった歴史ではないので、伝聞のため歪められている方が自然で。他所の国の出来事であるから面白い話として吟遊詩人が伝えていてもおかしくない。
「昔のはかなり奥にあると思うよ。まあ、時間があるのなら、いつでも来てね」
「はい、ありがとうございます」
去っていく老婆を見届け、少女は後ろにいたリリスの方を向く。
「リリスは疲れてない?」
「疲れてはないよ。話に混ざることが出来なかっただけだから」
リリスはざっと本棚を見渡したあと、興味を失ったように目を逸らした。
「でも、やっぱり私の興味があるものはないみたい。だから、邪魔しないように中庭のところにいるよ」
「邪魔ってことはないけど……あっ、余ったお菓子を渡しておくね」
つい勢いで作り過ぎて、クッキーはかなり余っている。あの一袋ですら氷山の一角と言っても……という訳で、その一部を少女はリリスに渡した。
「まだまだ余りはあるから、好きに使ってね」
少し腑に落ちない顔をしながら、リリスも部屋から出ていった。
「外の友達が少しでも増えると良いな」
少女の口元は少し緩んでいた。
一応、リリスは皆が忘れているであろう女将の店があるエッケの街にも友達はいるけど、もっと多い方が良いよねって意味。
前書きについて
……今思い出しても、何故夏休みに一枚くらい書かなければならなかったのか。ラストウィーク・サマー・ホームワークを温存していた作者にとって、悪夢のような所業なのだが。




