雫は静かに流れ落つ
水「良い場所やと、思わず歌いたくなるわ」
影「本当に、水は多芸だよね」
水「どちらかというと影のほうちゃうんか?」
影「出来るだけであって、
水みたいに好きで自然と出るものではないから」
昼や夜に入ったばかりと違い、街は静寂に包まれている。だからと言って、人が全くいない訳でもなく、酔い潰れたらしい中年の男性が転がっていたり、早くに起きた店の店主が仕込みをしている様子が見えたりする。
「〜♪ 〜〜♫」
冷たく、澄んだ空気が心地良く、気の赴くままに口から漏れた音は朝露のように大地にしとりと染み込んでいった。
◇
店の表は当たり前のように閉まっているので、少し悩みながらも少女は裏口の扉を叩く。
「はいはい、どちら様?」
「すみません、先日マスターさんに雇われた者ですが」
扉が開かれると、ふくよかな女性が現れ、にっこりと笑った。
「ああ、貴女が主人の言っていた……うん、訳ありって聞いたけど良い子そうね。早速だけど、これに着替えてくれないかしら。部屋はあそこにあるから」
指が差された方に扉を覗き込み、返事を返す。
「はい、分かりました」
暫くして、少女はウェイトレスの格好に着替えた。鮮やかな赤がアクセントになっていて、露出度が低いためかいつもの衣装より暖かそうだ。
「似合うわね、じゃあ仕事の説明をするわ。んー、料理は出来るって聞いたけど……皮剥きからお願いできる? その後はテーブルを拭いてもらって、開店したら配膳を」
「大丈夫ですよ、皮剥きの方が得意なので」
任された芋や人参を受け取り、裏口で皮を剥く。無心、少女はこの時ばかりは何も考えず、手だけを動かしていた。以前、枝肉のような肉塊を捌いた少女からしたら、食べ物の皮を剥くというのは児戯に等しい。ほんの少しの時間で、与えられたものは全て終えた。
「すみません、拭くものはこれを使えば良いですか?
「えっ、ああ新人さんか。うん、そこにあるのを使えば良いわよ」
裏方の方からカウンターに出て、そこで窓を拭いていた他のウェイトレスに質問し、少女もテーブルやイスを吹き始めた。よく下には色んなものが転がっている。
そう言えば、カウボーイがバーに来ると、地面にはピーナッツが所狭しと捨てられていたらしい。それを踏むのが粋だとか、何とか。掃除をする側からすれば、いつの時代も変わらない気がする。
少女はこの時、敢えてテーブルを拭く速度を落としていた。
「先輩はここに来て長いですか?」
「ええ、元々は農家の出だったんだけど、家出して働かせてもらってるわ。都市の空気は自由にする。家族には申し訳ないけど、私は今の生活を気に入ってるの。貴女は?」
「私はここに来て長くないので……悪くないとは思ってますよ」
人には一人ずつ、その場にいるのに理由がある。生まれた場所から離れない人もいれば、事情があって離れる人もいる。そこに等しく違いはなく、物語があるのだと思う。
「でも、少し羨ましいです。私には留まる居場所はないですから」
少女は旅人。この世界すら、いつか別れをしなければならない。留まる場所など、一定の期間はあっても、ないのと変わらない。
「馬鹿ね、貴女は若いんだから、そんなに気に病むことではないわよ。それに、私はこの場所だったけど、それが人だったりする時もある。私からしたら、まだ選ぶことの出来る貴女が羨ましいわよ」
暫く無言のまま、少女は仕事に打ち込む。しかし、頭の中では何かの輪郭が見えた気がした。
魔法が何とかと、前のときに言ったな。
あれは嘘になった! 次出るから許してね!
……先輩のキャラが強いなって、思ったよ。




