喧騒鳴り止まぬ不夜城
ラル「誰しもが多少なりとも演技をするでしょう。
それは生きる為に、或いは演技する楽しさに。
それを悪いとは言いません、思いません。
少なくとも、私は嫌いではないのです。
少しでも格好をつけようと思ったとき、
きっと誰かを思い浮かべるでしょうから」
荒くれ者が集まる街の酒場は賑やかになる運命なのか、けたたましい笑い声やジョッキに入れられた氷が打ち合う清涼な音が耳を楽しませる。
少し興奮した様子の少女は早速カウンターにいるマスターらしき男性に近づく。
「賑やかな場所ですね。飲み物は適当で構わないので、一つお願いします」
和かに表情を動かすと、その男性が何かしらの飲み物を置いて話しかけてきた。
「おう、良いだろう? ところで、君は最近ここらで噂の異邦人かな」
「そんなに有名なんですか? 買い物に訪れるくらいなので」
どんな街か、買い物のついでに見て回っていた時のことだろうか。少女は自分の服に目を移して、何となく納得した。
「まあ、服も印象的だからかも知れないな。が、お嬢さん。最近は物騒だから、治安が良い聖都近くに行った方が良いと思うぞ。見たところ、旅人そうだからな」
好奇の視線に晒されていることに承知しながらも、慣れない状況に少女はこほん、と咳払いした。
「実は妹が居まして……この世の中、確かに治安が良い地域に行けば安心して暮らせます。しかし、幼い妹に旅を乗り越える体力があるか……」
「お、おう。だが、今まで何とか旅をしてきたなら何とかなるんじゃねぇのか?」
その言葉に少女は顔を暗くする。その様子に何か事情があるのだと嗅ぎ取った男性は慌てて先ほどの言葉を否定する。
「……あ、すまねぇ。不用意に事情を詮索しちまった」
「気にしないでください…………」
時化た雰囲気が辺りを満たして、男性はついに耐えられなくなり、口火を切る。
「よし。安心してくれ、お嬢さん。この店には余裕がある、一人ぐらいなら雇っても訳ないさ」
「……どういうことでしょうか?」
よよよ、と流れた涙を拭うように顔の手前にあった手を退けて、憂いた目で男性を見上げる。
「つまり、お嬢さんを雇ってやる。それで、妹さんやお嬢さん自身の為にお金を使ってくれ」
その男前の言葉に観客から感嘆の声が漏れる。
「すみません」
少し場が落ち着いた辺りで少女はマスターに感謝をした。
「気にするな。あー、ところでお嬢さんは何が出来るんだ?」
「簡単な料理ならおおよそ作れると思いますけど、あとは配膳とか酔っ払った勢いで絡まれても多少のことなら対処出来るかと」
思った以上の逸材と思ったのか、勢いで雇用宣言したマスターは胸を撫で下ろす。
「それなら問題ない。うちの店は元々ここらに住んでいる家の奥様たちとかが色々手伝ってくれてな。挨拶は、そうだな。明日の朝に来てくれればいいが……」
「大丈夫ですよ、妹には一応私の連れに見てもらっているので」
少し驚いた表情をしたマスターに少女は少し訂正する。
「姉のような存在なのですが、いかんせん人前に出れない性がありまして。旅すると余計に色んな事があるんですよ」
何処か遠くの目をしながら、目を逸らした少女にマスターは深く追求はしなかった。
そんな感じで酒場を出ると良い時間になっていた。少女は余ったお金を数えて、それなりの値段の宿を取る。あまりお金のかからない宿は防犯上の問題などがあるからだ。別に、少女が泊まるだけなら如何様にでもなるが、わざわざ治安が悪い方に足を運ぶのは流石に不審過ぎるからだ。
「琥珀の言った通りだった」
先程の丁寧な口調を解き、琥珀から教わった交渉で上手くいく方法(女性の甘え方)をある程度改竄して使った。
勿論、これは一般人だから通じた手で目の肥えた人には見破られるものだろう。しかし、あの場は酒場。つまり、人が酔狂のために、酔う為に行く場所だ。見破られても、多少の事でとやかくは言われない。
「明日から頑張ろう」
それなりに日が高くあるうちに宿に向かい、少女はお風呂や寝台で疲れを癒した。
不夜城という若干の誇張。
でも、マスターにとっては自分の城という事で……
流石に二十四時間営業じゃないから、不夜の部分は呑んだくれたちがはしごできる城下町、という意味もあるかも。
あれ? 城下町は街といっていいのかな?




