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堕落は易く、地は動く

 間章の話をちょこちょこ書きます。

 「……夜叉は何処としれぬ深淵に落ち、落盤する世界に飲まれて消えていった、とね」

 わたしには物語を執筆した経験はないが、中々悪くないのではないか? そんな感じで、珈琲を飲みながら、まったりと待っていたところに少年が入ってくる。

 「紫苑(しおん)くん、調子はどうだい?」

 甘味を得たことにより、口元が自然とにやけているからか、微笑んでいるように尋ねる。

 「悪くはないけど、……少し重荷が軽くなったような……気のせいですかね」

 対して少年の方は今の感覚に混乱しているようだ。


 「記憶を切り離して、ゲームをするってのも良いものだろ? VRのように感覚的に体験できるのならストレスの発散くらいにはなるよ」

 「VRゲームって、快眠用の音楽的なものでしたっけ? あっ、こんな時間か。簡単に用意しておきます」

 「ああ、その必要はないよ」

 去ろうとする少年を呼び止め、適当な位置に移動させていた鍋をテーブルの上に乗っける。

 「鍋ですか、瑠璃葉さんが作った……訳ないっ?!」

 「黙って食え、おひいさまの御前だ」

 紫苑の背後に突然現れた女性は首元に出刃包丁を突き付けられる。

 「八枝(やつえ)? 貴女もいたのなら、一緒に食べましょう」

 「はい、……ちっ」

 殺気をあからさまに紫苑に向けながらも、仕方なく八枝は主人と敵の合間、つまりテーブルの横の方に座る。


 「……い、いただきます」

 ぐつぐつと煮える鍋の熱気より、些か紫苑は寒気の方を感じ取っているようだ。八枝は甲斐甲斐しく世話をしてくれるので、箸は進むのだが……

 「食べられないかい? もしかして軽いものの方が良かったかな」

 「…………」

 無言の睨みに気圧されて、南無三ッと紫苑は腹を括って食べ始める。

 「……うん、美味しいですね。自分は嗜む程度なのですが、よくこんなに綺麗な断面を切れますね」

 何を言ってるのかよく分からないままにお世辞をいう少年の姿は憐れだ、少し面白いけど。

 「ああ、わたしは切るの得意だからね。それ以外はあまり得意分野はないけど、そう言ってくれると嬉しいよ」

 「あっ、るり……すごい綺麗に切れてますねっ!」

 何かもう分からぬままに蒟蒻だけを口に運んでいる。ついでに、口元まで出かかった言葉も。

 「お前は成長期という奴だろ、タンパク質は摂らなくて良いのか?」

 その八枝の言葉に紫苑は思わず目を大きくする。

 「何だ、その反応はまるで『血も心もない暴君じゃなかったのか?』という目だな。お前のような奴でも、おひいさまは期待なされている。食って、さっさと力をつけろ」

 厳しい目した八枝が紫苑から目を逸らし、自身の主君に向くと一気に目元が和らぐ。

 「おひいさま、きのこが苦手なのは存じておりますが好き嫌いはいけません。妹君はピーマンこそお食べになられませんが、きのこは食べられます。今こそ、妹君の姉であるという尊厳を」

 その言葉は無慈悲にも新たな小皿に山盛りにされて返されることで否定される。

 「仕方ないですね、いつか乗り越えられることを心の底から祈っております」

 そんなこと気にしてないかのように、きのこの山と少し紛れるように配置された嫌いなものを八枝が食べてゆく。


 「良いんだ、それで」

 幸いにも、少年の呟きは耳に入らなかったようだ。

 瑠璃葉(無言で装われた椀から嫌いなものを移す)

 八枝 (少年のことなどアウトオブ眼中)

 紫苑 (取り敢えず鍋に残されたものを食べる)


 ……はい、この物語は群像劇です。

 意外と早く二章は来るかも。

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