荒星絶夜
葉「……」
少女の前に風は戦ぐことはなく、ただ時が流れた
今までの熱気が嘘みたいに、洞窟を流れる小川の周辺は冷涼な風が吹く。
「あー、気持ちいい」
[この水……何処から来てるのかしら]
指の部分だけを水に浸けながら、疑問が思わず口に出る。
「地下水だからだと思うよ。地下にある水は温度が中々変わらないから」
[いや、多分この水は……確認しないで決めつけるのは良くないわね。まだ奥があるようだから、見に行かない?]
少女たちが奥の方に向かうと、道が一気に開けた終点に辿り着く。
上が吹き抜けなのか月明かりが差し込み、地面には薄く水が張っている。視線を上げていくと、自然とある影が目に留まる。
「これ、お爺さんが話してたの?」
[うん、間違いなく……邪神ね]
目を覆い隠し、耳を塞ぐ姿勢の幼い少女が宙に浮かび、水に囚われている。その様は幻想的で、一種の絵画のようにも見える。
「動かないよね? 戦っても、勝てる気がしないんだけど」
[流石に動かないと思うわよ……というか、今は絶対に敵わないだろうから、戦うなんて思わないでよ]
腰に差してある刀に手を当てている少女に呆れたように琥珀は笑う。
「そうだね、帰ろう……っぅ?!?!」
足元にある水面、反射した邪神がこちらを見つめていた。
瞬間、足場が弾けるように地面が隆起し、上に押し上げられる。突如感じる浮遊感に驚きを押し殺しながら、少女たちは逃亡策を話す。
[ちっ、ここから逃げるわよ!]
「うんっ、でも何処に!」
地上まで押し上げられた体を何とか地上にある砂漠の上に着地する。周囲は嵐の目のようにそこだけ晴れており、太陽が頭上を燦々と輝く。
続いて、数匹の蝶が羽ばたいたかと思うと、水に閉じ込められていた邪神が上がってきた後だった、
写真の手が薙ぎ払われると、それに少女よりも大きな木の蔦が続く。
「うあっ————」
その質量に、咄嗟に間に挟んだ刀が意味を成さず山なりに吹き飛んでいく。五、六回は砂の上を跳ねた後、やっと止まる。
その直上にはもう一本の蔦が既に振り下ろされていた。
[くっ、とにかくあの老人のところまで行きなさい!]
琥珀が少女を突き飛ばし、蔦は間一髪で少女には当たらなかった。
「琥珀っ!」
人形の体は潰れて、残った上半身が宙を舞っているところを更に新たな蔦が狙う。
「はぁぁぁぁぁっ!」
飛び上がった勢いを力にして無理矢理断ち切る。輪切りにした蔦が落ちていく中、人形の上半身を掴み取る。
[ちょっ、私の事は放っておいても良いから! 早く逃げてって言ったでしょ?!]
「そんなの嫌だ! だって、だって……」
少女の涙が空に溢れてゆく。そんな状況の中、無粋にも邪神の魔の手は振るわれる。
避けようのない運命を一条の槍が穿った。
「予想外にも……いや、今はその話が重要ではないな。ふむ、生きてるのならば良かった」
「でもっ琥珀が!」
[私の事は気にしなくて良いからっ! ……見積もりが甘かったんじゃないの?]
向かってくる邪神の猛威を槍一本で打ち崩し、少女たちを宙から回収して地に降り立った。
「見積もりなどできようもないな、楽水の術は儂の知識にもない。が、あやつのことだからもう少しなら…………いや、これは儂の我儘か」
いつも腰に下げていた鬼面を被り、剥き出しの金属が輝く槍を片手に持つ夜叉。それが今の老人の姿だった。
[その姿、どうしたの?]
「……それはお前の姉が知っているだろう。とにかく、見ておけよ。一度だ、一度しか見せん。後は任せるからな」
「お爺さん!」
少女の伸ばす手は届かず、夜叉は邪神との決戦に赴いた。
◇
「はてさて、突然起き上がるから何かと思うたが。童に付けられた傷がどうも憎いようだな。ほれ、そうむきになってどうする」
邪神の周りを取り巻く蝶は鏡のように邪神の姿を反射する。耐えられないとばかりに蝶を千切っては口に入れるさまはあまりに悍ましい。
「年端も行かぬ子らにちょっかいを出すにはお主は歳を取り過ぎだ。片道切符には儂のような老木がお似合いだろうよ」
その言葉を聞いているのか、はたまた別の理由かは判断できないが、その言葉を契機に大地は激しく揺らされ、蔦は邪神の手に沿ってのたうち回る。
サンッ、と周りで溢れかえる音とは対照的に澄んだ音が響いたかと思うと、邪神の手の全てが跳ね飛ばされた。
「言葉はまだ途中だと……ふむ、では語りを続けよう。儂の娘はうつけものだったが、優しい子じゃった。少し、あの子と重ねてしまった。全く、儂も俗世に染まり過ぎた」
夜叉の周囲を岩の荊が巻き付くが、旅人が野山を進むように何事もなく掻き分ける。
「まあ、あの子は娘とは似ても似つかぬ良い子じゃが、やはり娘とは比べられんな。楽しい日々じゃった。今思えど、もうその世界は消え去ってしまったが」
折れた蔦、薔薇の中から口と動くためだけにあるかのような足をした魑魅魍魎が夜叉に飛びかかるが途端に首を、胴をくり抜かれて息絶える。
「これはあの子に遺しておくか。……これは儂の八つ当たりだ。その身にしかと受け止めろ、憐れなる神よ」
不意に加速した夜叉は光の如き速さで邪神の胸を穿ち、地下へと消えていった。
残された仮面は宙を舞い、砂塵が晴れた天上には青く、雲一つない蒼天が広がっていた。
一章、終わっ……てねぇ?!?!
後は事後処理と、二章への繋ぎが少々。
……実はサブタイトル、この章の名前候補やったんよ。
でもな、名付ける時に気が変わったから、そないな感じに。




