幾多もの険路をただ眺めるばかり
葉「影ちゃんは怖い夢見たことある?」
影「締切ギリギリの宿題が残った翌日、の夢」
怖いなー、恐ろしいなー、作者が一番と感じる悪夢。
「はぁ、はぁ……はぁ…………」
崩れそうな足、収まらない震え、手が掴もうとした場所から離れた虚空を掴む。嫌な汗がつぅーと流れて、嫌な感覚は胸から離れない。
乱暴に掬い上げられた記憶は取り乱すには充分な程に暗い悪夢だった。
余裕がない状況で伸ばした手の方に体が偏り、無様にも前のめりに倒れてしまう。
「はぁ……はぁ、」
力を込めて、震える手で体を起き上がらせようとしたとき。
「おい、こんな時間に何してる。ガキは寝る時間だ」
ゆらりと燃え上がる蝋燭とともに、お爺さんが手を差し伸ばした。
◇
「ふぅ、ふぅ…………ん、美味しい」
湯気立つ甘い牛乳を少しずつ口にして、少女は少し口を緩めている。甘さと飲み物の温かさが、ほっとさせる。
「飲んだら、歯を磨いて、さっさと寝ろ」
「うん、分かった。でも、お爺さんって…………何かいると安心するね」
言葉通りの表情でふわふわと笑うが、その様子は風邪を引いて我慢しているように痛々しい。
「その様子から何か良くない夢を見たようだが、明日は早い。無理そうなら、予定を遅らせるが」
「それは……大丈夫、うん。嫌な夢だったけど、きっといつか向き合わなきゃいけない気がするから」
こくこく、と手元の湯呑みを飲み干すと、少女は名残惜しそうに底を見つめる。
「ふむ、それは大層な心掛けだが、果たしてそれは今しなければいけない事か?」
底を見つめていた少女の瞳が持ち上がる。
「えっ? だって、いつか向き合う日が来るのなら少しでも備えをして……」
「そんな事が誰にだって出来るのなら、それこそ後悔なぞ誰もしない。困難な道は確かに新たな場所に繋がるかもしれんが、お前がなりたいのは開拓者ではないだろう。所詮、儂らは同じ結末に辿り着く。遅かれ、早かれ変わらぬのなら楽して、満足できる道を模索した方が良い」
あくまで個人の意見であり、選ぶのはお前だと老人の目は語る。
「老人の戯言は忘れても構わんから、落ち着くまではここにいると良い」
立ち上がり、去ろうとする老人を少女は手を伸ばして、引き留める。
「じゃあ……何か話を聞かせてよ、眠くなったら、部屋に戻るから。お爺さんの話も聞きたいし」
見た目は確かに少女だが、今は記憶がない。今の目を輝かせている様子は子どもが強請るように強情だ。
「別に構わんが、儂は今の子らのような話題を持ってない。しかし……ふむ、言うだけで示さんと選びようもない、か。なら、儂の好きなように話させて貰おう」
老人の話はこう切り出すところから始まった。
「これは、この地が荒れ果てるまでの物語。ただ、それだけの下らない話だ」
過去編に入……らないっ! と思ってる。
長い過去編って、面白いけど我らは今を見たいっ!




