第9話
家に戻ったカブト。
「カラクリはどこダ?」
研究室を覗いてもカラクリどころか修理中のビスクとブリキも見当たらない。
すると研究室の隅にある長椅子で仮眠をとっていたハーサムが起き上がる。
「あ、おかえりなさいカブトさん!」
二日間寝ずに作業をし続け、ほとんど何も食べていないハーサム。目の下には大きなクマがあり、ゲッソリと痩せ細っているような気がする。
ゴブリンの彼とゴーレムのカラクリとでは生態そのものが根本から異なるため、時々こういう無茶振りに振り回される事がある。
「ビスクとブリキはもう治ったのカ?」
「はい、ついさっき治ったところです。ビスクさんもブリキさんも、すごい闘志を燃やして森に向かっていきましたよ。」
「そうか、すれ違ったのカ」
ハーサムはカブトに元気が無い事に気づく。
「森で…何かあったんですか?」
「いや、どうという事はナイ。ただ、自分は兄としてアイツらに何をしてやれるのかをずっと考えていたところダ…」
「兄として、ですか?」
「そうダ。お前も分かってると思うが、俺たち四兄弟はカラクリを中心に動いてイル。」
「確かに、言われてみればそうかもしれないですね」
「頼りすぎだと思わないカ?」
「そう…ですかね」
「そう思わないのカ?」
「あ、いえ…!オイラは一人っ子なのであまりそういう兄弟とかについて詳しくないんですけど、兄弟って本来そういものなんじゃないかなって」
ハーサムのことを真っ直ぐと見つめ、真剣に聞き入るカブト。
「一番上の子が下の子の手本となるのは確かにそうかもしれないんですけど、カブトさん達はそういう兄弟じゃないというか…どちらかというと、お互いがお互いの足りないところを補い合っている…みたいな感じですかね?」
「補い合ウ…」
「そうです。兄弟にも色んな形があっていいと思うんですよね。少なくともオイラが前まで住んでいたところには色んな兄弟がいました。」
ハーサムの考えを聞き熟考するカブト。
花瓶の水を変えるハーサムを目で追う。
(そうダ…あの花はビスクが丹精込めて育てている大事な花ダ。とても綺麗な色合いでこの家に華やかさをもたらしてイル。それ以外にもこの家の置物とかの配置もビスクがやっていたナ。そういう美的感覚はやはり飛び抜けてイル。)
しばらく見ているとハーサムは今度、本棚の埃を落として掃除を始めた。
(あの本棚にある本も…ブリキは何度も何度も読み直しているナ。常に落ち着いていて理知的で、単細胞な俺に何度もブレーキをかけてくれてイル。そうダ…ハーサムが今ここにいるのもブリキがあの時俺を止めてくれたからだったナ。)
カブトはどこか吹っ切れたような顔で立ち上がる。
「俺にできるコト…」
「戦う以外ナシ!」
大股で森に出かけるカブト。そしてそれを見送るハーサム。
ふと思い出すのは別れたはずの家族。
「みんな元気してるかな」
―――場面は変わり、団体行動をしているカラクリ、ビスク、ブリキの視点に移る
「性能はどんな感じだ?」
「体がとっても軽いわ!」
「関節部分が前より動かしやすくて機動力が段違い…それ以外にも全体的なスペックの向上は間違いないね。ありがとうカラクリ。」
外見的特徴に変化は見られないものの性能の差は歴然。身体能力だけでみれば種族進化したのと同等の上昇具合と自負している。
やはり製作者である自分がゴーレムであることが大きいのかもしれない。実際に自分がゴーレムになってみて初めて気づけたことは沢山ある。
改めてゴーレムに転生して良かったなと思う。
前身アインツェル·ゲンガーからゴーレムへの転生、そして今日に至るまで様々なことがあったなと物思いに耽るカラクリ。
「…」
しみじみと思い返していると、カラクリの背後からモンスターが勢いよく飛び出してくる。
ある程度知能を持ったモンスターのようで、カラクリが油断して隙が生まれるこの瞬間までじっと待っていたようだ。
今こそが絶好の機会だと踏んで飛びかかる。しかし…
「ガッ…!」
いつの間にかモンスターの胸には鋭い剣が突き刺さっており、血を吹き出しながら苦しそうな声を上げている。
見るとカラクリの腕が刃状に変形しており、あの一瞬のうちにモンスターを仕留めたということが分かる。
(新たに獲得したスキル“形状変化”。自分の体を自在に変形できるスキルであり、かなり使い勝手が良い。だがまだスキルレベルが低すぎてこれぐらいしかできないのが残念だ…)
新たなスキルの確かな有用性を実感していたカラクリ。
しかし何やら辺りが騒がしい。
「断末魔かしら?」
「たぶん、モンスターの死に際の叫び声だろうね」
「地鳴りもする…何やらとんでもないヤツがこちらに向かって来ているようだ」
草木をかき分け徐々にこちらに近づいてくる何か。
臨戦態勢に入るカラクリたち。
そして遂にヤツが姿を表す。