第1話
鬱蒼とした森を抜けた先に存在する廃墟都市。文明は廃れ、畜生どもが跋扈する世界。そんな人外魔境に一人の老人が暮らしているなど、誰が想像できようか。
とある研究室にて…
件のご老人はそこにいた。
「ボディは完成した。あとはこの動力核を埋め込めば…」
今にも死にそうなほどにヨボヨボなこのご老人。名をアインツェル·ゲンガーという。
動力核を埋め込まれた魔人形の眼球と思しき水晶球は発光し、ゆっくりと上体を起こし始める。
「おお…!遂に完成したか?!」
しかし魔人形は直立不動のままその姿勢を崩さない。
「お前の名前は“カラクリ”だ。さあ、元気な姿を俺に見せてくれ…」
返答どころか反応すら無い。
「駄目か…」
ガックリとうなだれるアインツェル。やがて倒れてしまう。呼気は徐々に薄弱になり、視界もぼやけ始める。
文字通り最期の気力を使い果たしてしまったのだ。
「自律型魔人形…やはり無理なのか…?」
確固たる自我を持ち、自律的に行動をとる自律型魔人形。アインツェルが考える魔人形の最終形態だ。
当然、魔人形に自我や精神といったものは存在しない。術者の命令通りに動くだけのただの傀儡。アインツェルはそこに魂を吹き込もうと考えたのだ。
しかし上手くいくはずも無く…
(もう声すら出ない…)
アインツェルが薄っすら見つめる先には、過去に作った三体の魔人形が無機質に立ち並んでいる。
(カブト…ブリキ…ビスク…それにグラオザーム。すまない、おまえ達に生命を吹き込んでやれなくて…)
魔人形制作に全てを捧げた魔導師アインツェル·ゲンガーは、今この時をもってその生涯に幕を閉じた。
そのはずだった。
【そんな簡単に死なせる訳ないでしょ。でもその代わり僕の加護をあげるよ。キミにはまだやって貰わなきゃいけない事が山ほどあるからね。ボクのためにもせいぜい頑張ってよ。】
軽薄な笑みと底知れない邪悪さを纏った謎の少年。アインツェルの魂はその少年に捕まってしまう。どうやらまだ死ぬ事は許されないようだ。
(幼い男の子の声が聞こえた気がする。いや幻聴かもしれない。しかしなんだ…?俺は力尽きて死んだはずだ。なぜまだ意識がある?)
すると何者かに顔を叩かれているような感覚に陥る。ベチベチと音もするので恐らく間違いではない。次第に声も聞こえてきた。
「オイ、起キロ」
そう言われたので目を開けてみると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「な、お、お、おまえ達…!」
なんとアインツェルが過去に作って失敗した三体の魔人形が思いのままに動いているのだ。
俺の頬を叩いて起こしてくれたこの図体のデカい魔人形が“カブト”。ここに来て初めて作った魔人形でもある。
そして樹木をベースに作られたあの魔人形が“ブリキ”。大人しい性格なのか椅子に座って本を読んでいる。
最期の一人はというと…
「ちょっとホントに何なのよここ?!人っ子一人住んでないじゃない。それにこの研究室だって陰気臭いったらありゃしない!」
一応女なのだろうか。氷をベースに作られた“ビスク”である。なんというか…想像以上に気が強いというか…
「あっ、アンタようやく起きたのね」
(ヤバい、目をつけられた。こっちに近づいてくる…)
品定めをするように覗き込まれるアインツェル。
「ふーん、まあアンタも中々いい素材で作られてんじゃん」
ん?今なんて言った?
素材?
恐る恐る自身の体を見る。
見間違うはずも無い。
これは死ぬ間際に作り終え“カラクリ”と名付けた魔人形の体だ。
驚愕の事実を受け入れられず、たまらず奇声を上げてしまう。
魔導師アインツェルは魔人形に転生してしまったのだ…!!!