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カノミナでの居候

ねえっ! 聞いて!

あのね!

感想もらいましたっ! ひゃー!! めっちゃ嬉しいぃいいい!

ありがとうございますッ!!!

 ヒイラギは言葉の意味を、空っぽ状態の頭で懸命に分析していた。

『ようこそ、カノミナへ』


 結果、彼が言葉そのものから叩き出した答えは2つだ。


1・ せっかく『店』に来たのだから、とりあえずお金だけは落としていきなさい。

2・ 私のせいでこうなったのだから、居候という形でお前を迎えるわ。



「どっちだ?」

「…………なにがよ?」


 アルテの戸惑う声も表情も無視しながら、彼はヌメリさえ感じるほど回転の遅い脳で考える。

 いや、今の状況も視野に入れなければ……となると?

 答えは……――。

「2、なのか……?」

「だから。何がかしら?」


 あきれ顔半分。

 いい加減イライラしてきたわという顔半分の表情で、アルテはヒイラギに答えを示した。


「住むの? 住まないの?」

 答えは2で正しかったのだと理解したヒイラギの頭が、そこでやっと、元のスピードで回り始める。

「住まな――」


 女の子と、それも、この子みたいな可愛い女の子と、同じ屋根の下で住むなんて考えられない。そういう理由で話を断ろうとしたヒイラギであったが、完全に言い切る前に、別のところで、脳の回転が始まった。

 そして、この話を断った場合に訪れる自分の未来がヒイラギにはハッキリと見えた。


 一般的にはあり得ない「家の近くでは声も姿も相手に伝わらない」という状況になり、家に帰ることができない今、この少女の厚意に甘えなければ俺はホームレスになってしまう……。

 夏休み中ならキャンプと思って耐えることもできるかもしれないが、まだまだ登校日数が残っている現状で、しかもこの寒空の中を家無しなんて……絶対に嫌だ。



 そう考えた結果、彼は「ない」と続けようとしていた唇の形を強引に変え、「うぃ」と発音することとなった。


「住まうぃ……? えーっと、住むってことかしら?」

 柔軟な脳の持ち主で良かった。そう安堵しながら、何度もコクコクと頷く。

「そう。家族が増えて嬉しいわ。よろしく、居候」


 ヒイラギの呼称ランクが、「あなた」から「居候」に変化した瞬間だった。

 これはアップかダウンか。


 カノミナの店主アルテは、ヒイラギに握手を求めた。

 にこやかな笑顔で差し延ばされた左手に、ヒイラギは躊躇うことなく応じる。


 アルテの瞳は、よく澄んだ蒼色だった。

 例えばこの水の中には、どれほど綺麗な魚が生息しているのだろう――そんな想像を沸かせるほどに、アルテの瞳は自然の恵みにも勝るほどに、美しいものだった。


 自分の瞳に吸い込まれているヒイラギの視線に気づいたのか、アルテはクルリと後ろを向き、歩き始める。

「それじゃあ、帰りましょう」

 それに釣られて彼女の後ろを行くヒイラギであったが、数分後、しばらく歩いたところで、彼の質問を堪える能力が限界値に達した。



「なぁ。さっき通ったドアから戻れないのか?」


 ヒイラギには、先を歩くアルテの表情は伺えない。

 だが、ため息混じりに言うその声は、彼にあきれ顔を彷彿とさせた。


「女の子と、それも夜道にやっと振る話題がそれなの?」


 そんな一言を言いながらも、アルテは質問に答えてくれた。


「カノミナとあのドアを繋ぐ境界線は、閉めたことにより閉じてしまったの。試してみてもいいけど、さっき通ったドアを開けても、見えるのは他人の家の中だけよ」

「……ほぉ?」


 良く解らないが要するに、来たときと同じ方法では戻れない――ということなのだろう。


「ふぅむ」と唸るヒイラギに、アルテは振り向きもせず、こう言った。

「寒いわ」


 このとき、気温は3度もないほどに冷え込んでいた。

 俺だって寒い。

 だけど……俺よりもアルテの方が寒いのは明らかだ、と彼の理性が結論づける。


 肩甲骨あたりまで伸びた黒髪を持つ少女は、この寒空の下、ワイシャツだけである。

 よくよく見れば、前の方で両肘を抱えているのか、腕は振られていない。

 ガタガタと体は震え、強気な発言とは裏腹に、アルテの体は華奢な物だ。


 しょうがねぇな。

 そう思いながら、「……ほらよ」と致し方なく、彼は学ランを少女にかぶせてやった。


「まったく。私の発言から上着を渡すのに十秒もかかるだなんて……。案外気が利かないのね、居候」


 今までヒイラギが行ったことのない裏路地を歩きながら、彼は「ふん」とそっぽを向いた。

 …………可愛くねぇの。

 ありがとうの1つも――。

「でも、ありがとう。とても……暖かいわ」


 華奢な体では大きすぎる学ランに丸くなりながら、「ほぅ……」と息をつくアルテ。

 ヒイラギはバツが悪くなって、思い出したようにカバンからマフラーを取り出して、少女の首に巻き付けてやった。


「……ありがと」

「風邪なんかうつされたら、俺が堪らないからな」


 ぶっきらぼうに言うヒイラギに、アルテがイタズラっぽく微笑む。

「可愛くないのね」

「どっちが……」


 やがて、見覚えのある通りについた。

 いつも通っている道ではない。

 昼間に見たインパクトが脳に焼き付いて離れない。お城というよりかは小屋といった方が適切な建物が建っている、あの通りだった。


「素敵でしょう?」


 無垢な部屋と同様に、やはり彼には、その言葉を理解することができない。

 ヒイラギは同意もその逆もせず、アルテがそこで立ち止まったのを見て、同じく沈黙を守った。

 やがて、少女が大きなノビをして沈黙を破る。


「外っていいモノね……。いつぶりかしら、外界の空気を、こんなに長く吸ったのは」

 その発言になんと答えれば良いのやら……。

 遠くを見るような目をしているアルテに気づかれないよう小刻みに震えながら、ヒイラギは寒空を見上げた。


「綺麗だな」

 満天の星とは言えない、小さく儚げに光る星が、いくつも見え隠れする夜空。

 手を伸ばせば届きそうなのに、決して掴めることのできないそれに、魂を吸い込まれて魅了される。

 そんなヒイラギを横目に、アルテが口角を上げながら囁いた。


「あなたには『ごめんね』と言うべきなのか、それとも『ありがとう』と言うべきなのか分からないけれど、私はあなたに感謝しているわ。あなたのおかげで、私はまた外に出ることができたのだから……」


 言葉をきり、アルテが言葉を紡いだ。


「さ、あなたが風邪をひいてしまうわ。中に入りましょう?」


 そうして、アルテは重々しい扉を両手で押しあけた。

 中に広がるのは、彼が見た暗い通路でも、様々な色形のドアや十字路が続く廊下でもなく――普通の玄関だった。


「あれ?」

 そのことに、ヒイラギが軽い感じで疑問の声をあげる。

「なに?」とアルテ。


「いや、俺が最初に来たとき、ここには真っ黒な通路が見えたからさ」


 まぁ、ここはウソみたいな内容のウワサが飛び交うカノミナだ。ドアを開けて、いきなり違う場所に出ても不思議ではないのかもな。

 ……現に、俺の家に行ったときがそうだったし。

 そう考えたヒイラギ。

 しかし、アルテの顔色は、深海の如くに青ざめていた。



「あなた……『闇の中』を通ってきたの?」

「え? ああ。確かに真っ暗闇だったなぁ。で……それがどうかしたのか?」

「どうかしたもなにも、『闇の中』ってのは、その通路は、死の世界へと続く道なのよ?」

「………………へ?」


 思わず目をパチクリとさせる。

 え。なに?

 俺死にかけてたの?


 その言葉は声にならず、彼の心の中でのみ響く。

 やっぱりカノミナは黄泉の世界へと繋がっていたんだ。

 そう畏怖に駆られながら、ヒイラギが問う。


「ど、どうして……そんな物騒な通路を?」

「休憩中の接待が面倒く――いえ、なんでもないわ。………。さぁ? なんでかしらね?」


「自分の怠惰に、ヒトの命を巻き込むな!」というヒイラギの反論を、しかしアルテがビシッと左手を上げて制した。


「冗談に決まっているでしょう? 口は災いの元よ? 居候」


 その笑みに何かドス黒いモノを感じて、ヒイラギは押し黙るのであった。


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