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あけてはいけない。

この小説は、中学生の頃に書いたプロットと一部の文章を加筆して投稿しています。

 そして、ぶっ倒れている、少女であった。


 完全に消えてなくなった痛み。

 それは、人助けの対象者が目の前にいることを示している。


 助けを求めているのは、この子で間違いない。

 そう確信しながら、ヒイラギの視線が、部屋の汚点へと導かれる。


 部屋のあちらこちらで中途半端に残った炭酸ジュースの残骸、食べかけのスナック菓子。

 それらを踏まないように気をつけながら、少女の近くへと向かう。


「……お困りですかー?」

 返事はない。

 ヒイラギは、さらに部屋の中心部へと歩み寄った。


「返事がない。ただの屍のようだ――とか、やめてくれよ……?」

 女の子の傍らに片膝をつく。

 そこでやっと、ヘリウムガスと書かれた銀色の缶がヒイラギの視界に入った。


「ヘリウムガス!」

 彼は声を荒げた。

 ヘリウムガス自体に毒性は無いが、酸素濃度という言葉が存在する。

 酸素濃度とは文字通り、酸素の濃さである。

 濃すぎても薄すぎても人体に悪影響を及ぼすが、一定量の変化が加わると、最悪、死に至るケースがある。


 意識不明。昏睡状態。

 それらがその前兆だ。


 完全に痛みが消え去る際の、もう1つの理由が脳裏をよぎる。

「さっきのは冗談だからな! 生きていてくれよ!」


 ヒイラギは必死で少女に訴えながら、呼吸をしているか確かめるべく、右手を彼女の口元に当ててみた。

 呼吸は――している!


 それは本当に微かだったが、吐き出された気体が手に触れるのを、ヒイラギは確かに感じ取った。急いでポケットから携帯を取り出したが、電波状況は圏外。


 これでは病院に連絡が取れない。

 外まで行って助けを求めようとも、その間に少女が命を落としてしまうかもしれない。

 第一、他の人はここに入れないかもしれない。

 ――あの少女に、この建物が見えなかったのと同じように……。


 そこまで考え、ヒイラギは決意した。

 まず缶を調べ、ヘリウムガスが漏れていないことを確認する。


「分かるかッ?」

 そして一際大きな声を出し、少女の肩を叩きながら返答を求めた。

 だが、やはり答えはない。


 コタツから少女を引っ張りだし、ヒイラギは迷うこともせず、彼女が着ていたワイシャツに手をかけた。

 スカートのホックを外し、ジッパーを少し下げる。

 次いで、首元に付けていたリボンを取って第一ボタンを外し――。


「返事をしてくれ!」

 少女の頭を持ち上げ、アゴが上を向くようにする。


 これで、気道の確保はできたはずだ。

 少しだけ安心したヒイラギだったが、彼が2回目の呼吸確認を行ってみたとき。

「呼吸をしてない!」


 少女の呼吸が、完全に止まっていた。

 次にどうすればいいのか。

 そんなことを迷うヒイラギではなかった。

 少女の鼻を右手でつまみ、もう一方の余った手でアゴを支える。


「すうううううっ」


 息を少しだけ吸って、少女の口に直接、気体を押し入れる。

 素早く吐いてから、少女の口元に、自身の耳を近づける。

 呼吸音はない。


「すううううううっ」

 もう1度、繰り返す。

 しかし、やはり少女の呼吸は戻らない。


「死ぬなっ! 生きろ!」


 ヒイラギは中腰になり、少女の胸の中心に両手を重ねた。

 そして腕を垂直にし、強く、速く押す。

 心臓マッサージを繰り返しながら、時折、少女の自呼吸が戻っていないか確認する。

 そして――。


「ゲホッ! ゲホッ、コホッ」

 少女の咳が、ヒイラギの耳に届いた。

 少女の目が、パチリと不安定に開かれる。


 歓喜するヒイラギにも気づかず、少女はゆっくりと上半身を起き上がらせた。



「おい! 大丈――」

 安否の確認を取ろうとしたヒイラギであったが、そんな彼などお構いなしだ。 

 少女は咳の次に、こんな音を口から漏らした。

「おげぇええええええ」

「………………。ぅぁ」


 だがこれこそが、カノミナの女店主・アルテと、ただの普通の高校生・ヒイラギの――紛れもない、運命の出逢いだった。



「あー。……大丈夫か……?」

 強烈な悪臭を感じながらも顔を歪めることなく、少女の背中をさすってやる。


「ゲホッ。だ、大丈っ。うぅうーごめんんん。やっぱ死ぬううぅうう」

「だ、大丈夫じゃ……なさそうだな」


 呻く少女は、部屋の片隅にある小さな棚を指差した。

「あそこに、すべてを治療する薬が……」

「取ってこよう」

 短く答えて、ヒイラギは立ち上がった。


 少女が示した棚は、2段構造だった。

 上半身はショーケースで、下半身は引き出しという造りだ。


「引き出しの、下から2段目、は、っ」

 咳の予兆を感じ、少女は言葉を切った。

「ゲホッ、ゲホッ! うぅぅうぅう」

 苦しそうに呻く少女。



 ヒイラギは振り返ることなく、その場で姿勢を低く落とした。

 下から2段目、っと。

 しかし辛そうだな。早く薬を渡してやろう。大丈夫なようなら、俺も早く帰りたいし。

 そう考えながら、ヒイラギはその引き出しを開けた。



 咳き込み終わった少女が、先ほどの続きを言う。




「――絶対に、開けちゃダメ」




「…………え?」

 ヒイラギが振り返る。



 限界まで見開かれた、少女の血走った目が見えた。


 片側の穴から血を流している、少女の高い鼻が見えた。


 小さな「あ」の形にされた、少しだけ開かれた口が見えた。


「開けちゃダメって、言ったのに……」


 少女が瞬きもせずにそういった瞬間。

 目の前が

 真っ暗になった。



 目を瞑った暗さ――なんてものじゃ、比較にならない。

 ここに来る途中に歩いた、暗い通路でさえ遠く及ばない。


 きっと、地上の遥か下の、「地中」という場所に埋められてから、やっとこの暗さが理解できるだろう。それほどまでに純粋な、混じり気の無い、本物の闇。

 だが、その闇は一瞬にして振り払われた。



 闇が消え、ヒイラギの視界を、眩しすぎる光が支配する。

 数回瞬きしてから見てみると、眩しすぎるその光は、一般家庭にある普通の照明だった。



 ただそこには、少女の姿も、彼女の撒き散らした吐瀉物も無い。

 何の変哲もない、彼しか居ないこの部屋で……ヒイラギの頭の中には、少女のあの言葉が張り付いて離れなかった。


 苦しそうな、悲しそうな、泣きそうな、嬉しそうな……。

 そのどれもが該当し、どれもが当てはまらないような、震えの混じったか細い声。


「何故」が百万回織り込まれたかのような、不満と怒りが入り混じったような……。

 切なくも笑顔に似た表情で言った、あの少女の言葉が――。



『開けちゃダメって、言ったのに』



初登場のヒロインにゲロ吐かせるとか責めてるなあ、中学生の頃の私。

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