倒れた少女
そういえば全話の前書きでレビュー書いてなかった。
レビューも待ってます!
彼女曰く、カノミナは、学校から10分ほど歩いた場所にあるらしかった。
自分の家とは正反対の道を歩きながら、特に会話もなく、時間と距離だけが過ぎ去っていく。
黙々と歩いている途中、少女は何度かヒイラギの顔を見て頬を赤らめたが、彼はそれに気づかない。
やがて15分が経過した頃。少女が頭をひねりながら口を開いた。
「多分……ここら辺よ。店自体は見たことがないから、本当に多分なんだけど……」
「店のトレードマークとかは?」
「カノミナに行ったって人から聞いたんだけど、見ればわかるって……うーん」
そういう少女。
しかし、周りにはブロック塀が建ち並ぶのみで、それらしい建物など見当たらない。
右を向けばブロック塀。
左を向いてもブロック塀。――やはり、カノミナらしき建物は見当たらない。
「はぁ~。やっぱり、嘘の情報だったのかなぁ? ごめんね、変なことに付き合わせちゃって」
「いや。楽しかったよ」
ヒイラギが社交辞令を言って、2人は家に帰るべく、来た道を振り返った。
それと同時に、ヒイラギの目に異様なモノが飛び込む。
一言で表すのなら、「お城」と言った風貌。
それはまさしく、東洋系ファンタジーにでも出てきそうな、純白という言葉がよく似合う……そんな外観をもった、とてつもなく綺麗な城であった。
しかしこの建物を城と呼ぶには、あまりに規模が小さい。
外観を「城」と表現するのなら、大きさを表す単語としては「小屋」が適切であろう。
ヒイラギは眉を細めた。
こんな建物、さっきまであったか・・・・・・?
いや、現にあるんだし、俺が見落としていただけか。
それにしても、ヘンテコな建物だなぁ。
ヒイラギがそう思うのも、無理からぬ話だった。
実際にこの建物はヘンテコで、ちぐはぐなのだ。
まるで、無理にでも普通の街並みから遠ざかるかのように――。
ヒイラギは立ち止まり、その建物を見つめた。
完璧なまでに白く、穢れを感じさせず、背筋が凍るほどに美しく、異様な。
先ほどの少女の言葉が、脳裏に蘇る。
――見ればわかる――。
「な、なぁ。これって……?」
ヒイラギの言葉に、少女も立ち止まった。
「え?」
そしてヒイラギと同じように、その先へと視線を向けた。
が
「ブロック塀が……どうかしたの?」
少女の返答は、ヒイラギの求めているものとは違うモノだった。
少女の眼球がナニカを捉えるように、動きを止めることはない。
ただ困惑した顔で、辺りを見渡すだけだ。
「お前……、この建物が見えないのか?」
そう訊こうとしたヒイラギであったが、その声はスマホの着信音に阻まれる。
「お父さんから電話だ」
言うが早いか、少女はポケットをまさぐりスマホを取り出した。
彼女は「え」や「うん」を繰り返し、最後に「分かった」とだけ言って、電話を切った。
そして俯いてからヒイラギに向き直って、唐突に頭を下げた。
「本っ当にごめん! 誘っておいて悪いんだけど、先に帰らなくちゃ……また明日ね!」
「お、おう。また明日……な?」
手を挙げながら別れを言って、ヒイラギは走り去る少女から、例の建物へと視線を戻した。
両隣にはふつうの民家。
その民家に挟まれて、小屋と呼ぶべき小ささの城が、しかし威風堂々と建ち構えている。
くるぶしまで伸びた雑草を前に、小屋程度のこぢんまりとした城が構えている光景だ。
ヒイラギはゆっくりと、それに向き直った。
「……カノミナ?」
そう言ったときだった。
ヒイラギの体に、いつもの激痛が襲い掛かった。
人助けの対象が近くにいると発症する、全身を襲う激しい痛みだ。
「づぁっ……!」
脳の血管が、ブチリと千切れたかのように思える。それほどに鋭く、激しく、重い痛み。
ジンジンと焼けるような痛みは降下し、背中を這いずり回り、手足を駆け抜けた。
その猛威に、目には涙が溢れ、呼吸すら忘れるほどだ。
まさしく激痛と呼ぶに相応しい痛み。
ヒイラギは震える足を、カノミナと思しき店の方へと進めた。
1歩……。
もう、1歩……。
建物へと近づく毎に、少しずつ、本当に少しづつ、痛みが和らいでいく。
ただ、それでも激痛であることに変わりはない。
「っぐ……」
この痛みは、助けを必要としたヒトが近くにいると感じる、いわば発作のようなものだった。
助けを求めているヒトに近づけば痛みは和らぎ、遠のけば増す。
だから、彼は人助けをしているのだ。
彼は人を助けたくて、人助けをしているのではない。
自分を助けたくて、人助けをしているのだ。
可憐な草花を踏みつけながら、彼はゆっくりと前進する。
目標は、豪華な装飾が施された、あの重たそうな白い扉だ。
頭を抱えながら、半ばもたれかかるようにして、彼はそのドアを押し開けた。
ギィィ……と、不気味な音をたてながら、両開きの扉が開かれる。
建物の中に玄関は無く、扉を開けて現れたのは、通路であった。
だが、それは「ただの通路」であっても「普通の通路」ではない。
ヒイラギは痛みに襲われながら、吸い込まれるようにしてそれを直視した。
ここは間違いなくカノミナだ。じゃないと、説明がつかない。
彼の心に、そんな考えが浮かび上がる。
扉を開けた先は――真っ直ぐにだけ伸びたその通路は――無機質で、生命を感じさせない、深く暗い、闇だった。
太陽光などおろか、スマホの照明でさえ、通路を照らしてはくれない。
だが何故か、本当の真っ暗闇というわけではなかった。
まるで小さなかがり火でも持っているかのように、ヒイラギの目には、自分の周りだけがポウっと明るく見えていた。
仄かに薄暗く、しかし一寸先は闇の中。
壁にもたれかかりながら、彼は寒気すら覚える闇へと向かい、ゆっくりと前進する。
カツン、カツン……。
「どこまで……続いてんだよ……」
壁伝いに歩きながら、ぼそりと呟く。
カツン……。カツン。
硬く冷たいアスファルトの地面に、革靴の音が遥か遠くにまで反響しているのが分かる。
どこまで先があるのか、ヒイラギには検討もつかない。
1歩前進する毎に痛みは楽になるが、しかし同時に、視界も悪くなっていく。
カツン……。
……カツン……。
やがて痛みが少しだけ和らぎ、壁に頼らずとも良くなったヒイラギは、ここの静けさに心を奪われていた。
外の車の音も、見知らぬ人の笑い声も、ここには存在しない。
聞こえる音といえば、制服ズボンの擦れる音と、自らが革靴で歩く音のみ。
不意にヒイラギは、ここで立ち止まりたいという衝動に駆られた。
カツ……ン……。
そして、音が止んだ。
花びらが宙に舞い、ゆっくりと地面に降りるのと同じように目を瞑って、ヒイラギは暗闇の中、空を仰いだ。
完全なる静寂。
完全なる無。
風も何もない。ここには、何もなかった。
血管を巡る血の音も、心音も、耳鳴りも、呼吸音も、なにも無い。
それゆえ、彼には恐怖すら無かった。
ただあるのは、遠のいていく意識から残された、少しばかりの躊躇いと、ズキズキと体を蝕む痛みだけ。
体を襲う痛み。
「なんで……、痛いんだっけ……?」
乾ききった唇でボソリと呟いて、彼は思い出したように目を見開いた。
「そうだ。助けなきゃ」
それと同時に、止まっていた足が前に出る。
スッと放り出された右足が、硬く冷たい地面に触れたその瞬間。
周りの風景が、一変した。
ぶわっ! と生気を帯びたかのように、暗い闇が華々しい色合いに包まれる。
硬く冷たそうだった地面は、生命力さえ感じられそうな、心温まるフローリング床にすり変わり、暗かった通路は、まるで豪華客船の通路のように一気に明るくなった。
耳をすませば、ヴァイオリンの音でも聴こえてきそうだ。
ただ同じなのは、この先どれほどの道があるのか、全く分からないということだろうか。
眩しさに目をくらませながら、彼は歩みを止めずに辺りを見回した。
「なんなんだ、ここは……」
そうして彼は、息を飲んだ。
さっきまで1本道だった通路が、無数に枝分かれしていたのだ。
いくつもの扉で彩られた通路は3メートル毎に横に伸び、その終わりは地平線しか見えない。
だが、驚きや好奇心に割いている時間は無い。
ヒイラギは「助けなきゃ」という使命感に駆られていた。
こういう入り組んだ地形で、発作ともいえるこの痛みは、非常に便利な代物であった。
何回目かの十字路を、真っ直ぐに進む。
すると痛みが増し、ここは違う道であることを教えてくれる。
来た道を少し戻る――彼は押しては引いていく痛みの波を利用して、助けを求めている人を懸命に探した。
ハート型のドアを通り過ぎ、ネズミ程度しか通れないような小さな扉も通り過ぎ、チョコレートでできた扉も通り過ぎる。
建物の中は、異常ともいえるほどに広かった。
外観から見た感じ、建物の広さは10疊ほどであったが、彼が通った道だけで見てもその10倍の広さはある。
部屋数のことも考慮するのなら、更にその100倍はカタイだろう。
フローリング床で整備された廊下には様々なところで十字路が見え、幾つもある扉には色彩豊かなフスマから、深い彫り物があるドアまで、その姿に2つとして同じ物はない。
「そろそろか……」
もはや痛みが痛みとは呼べなくなった頃。
とある1つのドアの前で、痛みが完全に消え去った。
鋼鉄で造られている強固そうな扉の前で、静かに息を呑む。
彼は、それを静かに引き開けた。
と――素敵とは言い難い部屋と状況が、ヒイラギを出迎えた。
所々が剥げかけているバッタ色の壁紙。ワラの飛び出た茶色いタタミ。
お年寄りの家のニオイ。
もとい、何年も開けられていない押入れのニオイ。
そんな、ボロさ満開・昔ながらな部屋の中心に位置しているのは、ヘリウムガスと書かれた大きな缶とコタツ。そして、
ぶっ倒れている、少女であった。