カノミナ
面白いといいな。
応援のためのブクマやポイント、感想等お待ちしております。
感想は最低文字数でも良いです。ください。てへっ!
「ねぇ。カノミナって、知ってる?」
「ナニカを求めている人しか入れない、特別なお店でしょ?」
「そう。噂だと、死後の世界にも繋がってるらしいよ」
「でも、ただの噂なんでしょ?」
「……ううん。それがね――」
第一章カノミナ
太陽は、すでに天高く昇っている。明らかに1時間目のソレではない。
左、右、左……。
交互に足を踏み出すのと同時に、人気のない廊下に足音がコダマしていく。
「はっ、はっ、はっ」
はぁはぁと荒い息遣い。
冷たい空気が喉と肺を凍てつかせ、吐き出された二酸化炭素が霧となって溶けていく。
無人の廊下を全力で疾走しながら、彼は、珍しく愚痴をもらしていた。
「あああああくっそ! また遅刻だ!」
カバンを右脇に抱えて左手で空を切り、走る速さに拍車をかける。
冬にも関わらず、彼が教室のドアに手をかけたときに汗びっしょりだったのは、これが理由である。
彼は1度だけ大きく深呼吸してから、スライド式ドアに手をかけた。
息も絶え絶えに彼が教室に入ると、真っ先に口を開いたのは、女教師であった。
「で、ヒイラギ君? 今日はどんな理由を聞かせてくれるのかな?」
授業を中断させて、そう訊いた女教師の顔は、どこからどうみても満面の笑みであった。
ヒイラギは直立した。
空っぽに乾ききった喉を、唾液でゴクリと潤す。
そうして息を整え、彼は真顔で答えた。
「すみません。朝5時に家を出たのですが、心配停止したお婆さんと出くわしてしまったので病院に連れていき、病院を出たら今度は迷子を見つけてしまい、その迷子を母親の元に連れていったら、今度はリストラされたらしいサラリーマンが歩道橋から飛び降り自殺を図っていたので、思いとどまるように説得していたら――、こんな時間になってしまいました」
至って真面目に、彼は今朝の出来事を一息に語った。
女教師は依然として笑顔のままであったが、その笑顔に裏はない。
ヒイラギが言った言葉がウソではないと、女教師は知っているのだ。
だが、彼が事実を述べていると知っているのは、なにも彼女だけではない。
この町で、彼は有名人なのだ。
「そうかそうか、それは大変だったね。まあ、とりあえず席について」
「ありがとうございます」
「でも、遅刻は遅刻だからね」
ペコリとお辞儀をして、彼、ヒイラギは自分の席に座る。
――彼は、この町で有名人なのだ。
困っている人のところにいつの間にかやってきて、問題を解決させると去っていく男の子がいる。
いつしか、そんな噂がこの町で広まっていた。
人助けは彼にとって不本意な行動ではあったが、それで人が救われているのは事実であり、実際、その噂も本当のことだった。
今日の遅刻の理由も、決して作り話などではない。
だからこそヒイラギの遅刻について教師は怒らなかったし、その日の放課後、お人よしの彼は、こんな頼み事をきいてしまったのだ。
「ねぇ。一緒に帰ろ?」
そう言ったのは、どこの誰とも知らない、黒髪少女だった。クラスメイトではない。
誰もいない教室に、やけに早い夕日の光が差し込み、さてそろそろ帰ろうかなと思っていた彼のところに、その見知らぬ少女は現れたのだった。
「……なんで俺?」
質問に質問で返すヒイラギに、少女がさらに質問をぶつける。
「頼まれたの。カノミナって、知ってる?」
カノミナ……ねぇ。
ヒイラギはその言葉を、静かに暗唱した。思考を巡らせる。
カノミナについての噂は、俺もいくつか聞いたことがある。
たとえば、黄泉の世界へと通じる店、願い事を叶えてくれる店。
……カノミナに関する噂は、様々だ。
ただ、どの噂にも共通するものがあった。
それは、「どこに存在しているのか、分からない」というものだ。
椅子に座っていたヒイラギは、ゆっくりと立ち上がった。
「それでどうして、俺が君と一緒に帰らなければならないんだ?」
「それは……」
聞き耳を立てている者がいないか辺りを見回してから、少女はゆっくりと、ヒイラギに近づいた。
次いで、足りない身長差を縮めるために背伸びをし、耳元でそっと……囁いた。
「カノミナの場所……教えてもらったの」
ヒイラギはその言葉に一瞬固まって――。
「…………はぃ?」
――気の抜ける声を出して、後ずさった。
彼が下がった分、少女が涙をうっすらと浮かべて迫る。
「だから、一緒に着いてきてほしいの」
迫りくる女子にグッときながらも、ヒイラギは「YES」の言葉を飲み込んだ。
「そんなことは、有り得ない」
少女の顔が曇ったのを見て、ヒイラギは慌てて弁明した。
「だって、カノミナなんてのは所詮、噂だ!
幽霊とか、そういった類のモノなんだ。実在するなんて有り得ない。……そうだろう?」
「なんで?」と、少女が問う。
「なんでって――」
続きを口にしようとしたヒイラギに微笑みながら、少女が静かに毒を吐いた。
「だって、あなたも噂じゃない?」
笑顔に染まる少女の言葉は、ヒイラギの心を深くえぐった。
ダッテ、アナタモウワサジャナイ?
「…………っ!」
「あっ。ごめんなさい」
少女に悪気は無いように思えたが、ヒイラギはその謝罪に、誠意を感じることはできなかった。
自分への侮蔑を込めながら、彼は目を瞑る。
「……別に、好きで人助けをしているわけじゃない……」
少女はキョトンとした顔を見せ、小首を傾げた。
「じゃあ、どうして人助けなんて、しているの?」
「目の前に、困っている人がいたからだ」
「それは……人助けが好きっていう事なんじゃ?」
「……じゃあ、そういうことにしておいてくれ」
途中で止まっていた帰り支度を再開しながら、淡々と口を開く。
「とにかく。俺は用事があるので、これで失礼する」
ドアに向かおうとしたヒイラギを、少女は慌てて、両腕を広げて遮った。
「待って! お願いだから、一緒に来て!」
少女の顔は、どこまでも真剣だった。
くだらないウソやイタズラで、こんな顔ができるはずはないが……。
ヒイラギは、少女の真っ直ぐな瞳を見据えた。
でも、と、彼は眉間にシワをよせる。
でも――いつものアレがこない。
もしもこの子が本当に困っているのなら、いつもの衝動があるはずだ。
でも、こない。
ということは、この子は困っているわけではない……?
彼はため息をついて、同じ問いを繰り返した。
「どうして、俺なんだ?」
少女は俯いて、言いにくそうに呟いた。
「…………だって、カノミナの話なんかしたって、誰も信じてくれないし……」
いや、そりゃそうだろう。カノミナは存在しない、ただの噂なんだから。
心の中だけで、そう少女につっ返す。静寂が2人を包む。
「お願い……」
そう魂願した少女の声色は、いまにも泣き出しそうなものだった。
「人助けじゃなく、お願いか……」
深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
「はぁ。いいよ、すぐ終わるんだろう?」
「ありがとうっ!」
少女は目を輝かせ、チョコンとお辞儀をして礼を言った。
その仕草が可愛らしく見えたからか、カノミナが存在するしないに関わらず、ヒイラギは全力で店を探してあげようと思った。
てへっ!(チラチラ)