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7.海上の乙女たち

 夜の海上を水飛沫を上げながら進むボード。そしてその上で揺れる黄色と水色のそれぞれ二つの光。それが向かうのは巨大な貨物船。亜美と宇海はウロボロスの貨物船に奇襲を仕掛けに来ていた。


「うぅわでっか……」

「想像してた数倍は大きいね。でもその分あいつらに大きな損害が与えられる」

「海汚れちゃわないかな……」


 宇海はサーフィンや素潜りなど海で遊ぶのが好きだ。それに海の生き物のことも気に入っている。海が汚れるのはきっと嫌だろう。


「たしかにね……影響の出る物があまり載ってないことを祈ろう」

「そうだね。今は余計なことはあまり考えないようにするよ」


 二人は貨物船のすぐそばまでたどり着いた。亜美のワイヤーガンで甲板まで一気に登る。


「私が甲板でひと暴れするからその間に宇海が動力部に爆弾を仕掛ける。この作戦でいいね?」

「了解。でもこんだけ大きいと迷っちゃいそうだよね」

「船内の地図ぐらいはどこかにありそうなものだけど、まあいざとなったら職員ひっ捕まえて問い詰めればいいしなんとかなるでしょ」

「それもそうだね。とりあえず勘を頼りに頑張ってみるよ。それじゃ陽動よろしく」


 ロータッチを交わし、二人は分かれて行動を開始した。亜美は巡回の職員たちを片っ端からぶん殴っていく。船上に警報が鳴り響いたのを合図にして宇海は船内に侵入を開始する。


「おお、きたきた」


 亜美が甲板の開けた場所でふんぞり帰っているとそこにぞろぞろと職員やドローンが集まってきた。


「さあ、ショータイムといこうか」


 まずは近場の職員から銃を奪い取り、周りを薙ぎ払った後空中のドローンに銃を乱射する。その間何発も銃弾を受けたが硬化した肉体にはそれほどのダメージは入らず、傷ができたとしても一瞬で再生してしまう。銃は通用しないと判断した職員たちは亜美を捕縛しようと肉弾戦を仕掛けてくる。しかし格闘は亜美の得意分野だ。向かい来る敵を投げてかわして殴って蹴って、踊るように戦う姿はさながらエンターテイナー。


「さてとこんなものかな」


 しかしすぐに第二波がくる。


「ならもっと派手にいかせてもらうよ」


 甲板は既に亜美の舞台だった。



 一方船内の宇海。


「ラクチンラクチン」


 亜美に気を取られ船内の警備は疎かになっていた。通路は広めなのでボードを飛ばしても大丈夫。すぐに階段が見えてくる。


「うはは、ラッキー。地図あるじゃん」


 階段のすぐそばに船内のガイドがあった。


「はいはい、なるほどね」


 じっくり見ていられる余裕があるので内容をしっかり頭に叩き込む。が、宇海は少し油断しすぎていた。


「ふんふん……あ、やばい誰か来る」


 すぐに隠れられそうな場所はなかった。直後、角から二人組の職員が現れる。


「あぶなーい!」

「えっ? うぉわっ!?」


 認識される前に二人とも気絶させてことなきを得る。


「あっぶなー……なんだよちゃんと警備いるじゃん。少しは気をつけて進まないとダメか」


 宇海は再び動力部を目指してボードを飛ばす。もうルートは覚えたので動きに迷いはない。



 ワイヤーガンで捕まえたドローンを敵に叩きつけて第三波はフィニッシュ。そんな亜美のもとについに一人の少女が姿をあらわす。一般の職員のものと大きく違う丈の短い黒い制服。上はタンクトップに長手袋とフード付きの短いマント。下はミニスカートに太ももの半ばまである長いソックス。長い手足によく似合っている。フードを脱いであらわれたのは真っ白い肌とサラサラの金髪。そしてその瞳は黄金に煌めいている。改造人間だ。


「いよいよメインの演目ってところか」

「アナタが錦戸亜美サンですカ?」


 どこの出身なのか妙な訛りがある。


「いかにもそうだね。私が錦戸亜美だ。それで君は?」

「オー、ワタシも自己紹介しなけれバいけませんカ? オーケーいいでショウ。ワタシの名前はナージャ・アスペルマイヤーといいマスーー」


 突然亜美のすぐ目の前にナージャの顔が現れ、あごを支えられた。


「よろしくお願いしマス」


 亜美はナージャが移動したのではなく自分がナージャの側に引き寄せられたのだと気づいた。これが彼女の能力。"アポート"と言ったところか。


「こんなに顔が近いと情熱的なキスでもしたくなるね」

「ハハッ、キスなら先約があルのでお断りしマス。デスがワタシが情熱的なのは間違イではありまセンヨ?」


 ナージャの拳が亜美に襲いかかってくる。紙一重でかわし一旦距離を取ろうとしたがすぐに能力で引き寄せられ、おかしな体勢になったところをすかさず殴られた。


「なるほど、ノーガードの殴り合いがご所望かい。そいつはなかなか情熱的だね」

「エエ、楽しみまショウ?」


 お互いの拳が血飛沫をあげながらぶつかり合う。スピードはナージャが上。しかしパワー、体格、能力の面から亜美に分があった。


「おかしいデスネェ、指の間に毒針を仕込んデ置いタのデスガ……」

「案外狡い手を使うね」

「だっテ不死身の体とカズルイじゃなイデスカ」

「まあね、でも私の能力は毒物とかにも強いみたいなんだ」

「オゥ、そうなのデスカ。厄介デスネ」


 亜美には強がるだけの余裕があったが毒を完全に無効化できているわけでもなかった。改造人間相手に普通の毒を使うわけがない。おそらく魔法で生成した強力な合成毒なのだろう。亜美は身体のあちこちに痺れや痛みがあるのを感じた。

 能力のおかげでこれ程の毒でも身体中に周りきろうと平気だがこのまま続けるのはあまり良くない。亜美は攻撃を見切り小手返しを決めた。床に打ち付けられたナージャにすかさず関節技を決めにかかるが、ナージャは倒れていた職員の銃をアポートさせ亜美に反撃する。亜美は回避のためにナージャの手をはなしてしまった。

 ナージャはすぐに亜美から距離をとり、目を黒化させた。魔法で銃を強化するつもりだ。


「殴り合いはおしまいかな?」

「アナタが終わらせタのでショウ?」

「まあそうなんだけど。ならこっちもーー」


 亜美はワイヤーガンを使って自分も銃を手に入れようとする。が、トリガーを引こうとした指がからぶった。


「ハハッ、パーティーグッズくらいにはなルでショウカ?」


 アポートで奪われてしまった。これはいけない。


「うげっ、それ返してもらわないと困るんだよなぁ」


 亜美はダメージを覚悟でナージャに突っ込む。スピードと貫通力が上がり毒まで付与された弾丸が次々に身体を突き刺す。激痛に耐えながら亜美はナージャがワイヤーガンを持っている左手を掴んだ。


「返してくれ」

「ヌギギ……返しまセンヨ」


 みっともなくワイヤーガンを奪い合う二人。パワーでは亜美が上回っている。思いっきり力を入れれば取り返せるはずだ。しかし力を入れすぎたのかベキィと嫌な音がした。


「うえぇ!? ちょ、マジで、頼むから」


 慌てながらもなんとか取り返す亜美。手の中のワイヤーガンを見つめる。


「あーあ、やっぱ壊れてるよ」

「アー、ソレは残念でしたネ」


 誰のせいだと思っているのだろう。


「そういえばなんだけどさ、君こんなことしてて大丈夫なのかな」

「ンー? なんのことデスカ?」

「実はもう一人来てるんだよね」

「アーハー、なんダそんなことデスカ。ソレならコチラにももう一人いるのデダイジョウブデス。そんナことデバトルに水をささなイでくださイ」


 なんと今回は二人の改造人間がいるようだ。亜美は宇海のことが少し心配になった。


「サア続けまショウ?」


 ナージャは銃を撃とうとしたが弾が出てこない。


「アラー? もう弾切レデスカ。やっぱリワタシには拳デスネ」


 亜美の体がナージャのすぐ目の前に持ってこられる。


「そうかい。でもこっちはガードも回避も掴みも全部解禁させてもらうよ」

「問題ありまセン。コッチも魔法を使わせテもらうのデ。全力で沈めテ差し上げマス!」


 互いの全力がぶつかり合う。



 そして宇海も動力部のすぐ近くまで来ていた。


「このなんか広い部屋を抜ければ動力部か」


 扉の先には一人の少女が待っていた。


「待っていたぞ! 錦戸亜美!」


 ボサボサの黒髪とよくやけた褐色の肌、全身はウェットスーツのような専用のバトルスーツで覆われている。小柄ではあるがその身体がよく鍛えられているのがスーツ越しにわかる。


「ん? オマエ錦戸亜美じゃないぞ? オマエ誰だ!」

「そういうのは自分の名前言ってからなんじゃない?」

「ん、オレ? オレ鞍掛(くらかけ)珊瑚(さんご)。ほら言ったぞ。オマエ誰だ」


 なんだか案外素直な娘だ。


「へー、いい名前じゃん。僕は渡宇海。よろしくね」

「ウミ!? オマエウミっていうのか!」


 突然目を輝かせ、興奮した口調の珊瑚。


「ん? そうだけど……もしかして君も海が好きなの?」

「ああ! もちろんだ! オレ昔海で育った。海綺麗、海広い、海自由。オレ海好きだ!」


 思わぬ同士との出会い。彼女は悪い人間にも見えない。宇海は珊瑚に懐柔を試みた。


「そうなんだ! 僕も海が好きなんだ。自由っていいよね。ウロボロスは自由じゃないよね。僕と一緒に来ない?」


 しかし珊瑚はこれに難色を見せる。


「オマエウロボロスの敵か? ダメだ。オレウロボロス抜けない」


 理由は聞く前に彼女の方から話してくれた。


「ウロボロスエーテル守る。エーテルなくなる、人間悪いエネルギー使う、悪いエネルギー海汚す。それダメだ。ウロボロスの敵海の敵、海の敵オレの敵だ!」


 宇海には珊瑚の気持ちがいくらか理解できた。しかしウロボロスは命を命と思っていない組織だ。悪であることには変わりない。宇海はなおも食い下がった。


「ウロボロスに自由を奪われても、君はそれでいいの?」

「ウロボロス世界手に入れたらオレ自由にする言ってた。オレ海のためいっぱい我慢できる!」

「でもーー」

「うるさい! オマエもオレの敵だ! オレオマエ倒す!」


 珊瑚の瞳に蒼い光がたゆたう。懐柔には失敗してしまったようだ。


「残念だよ。君とは別な出会い方をしたかった」


 宇海も目を黒化させ全力の体勢を作った。宇海は珊瑚の足元目掛けて水を放った。珊瑚はそれをジャンプしてかわしたが、水溜りから激流が溢れ出し珊瑚の背後に水の壁が生まれた。逃げ場がなくなったところに高水圧のカッターをぶつける。カッターが珊瑚に命中すると大きな水飛沫が上がった。そして水溜りだけを残して珊瑚は居なくなっていた。


「消えた!?」


 突然水溜りの一部が空に持ち上がり、宇海に向かって飛びかかってきた。咄嗟に対応できず宇海の身体に生温かい水が絡みつく。水は徐々に色と形を取り戻し宇海を羽交い締めにする形で珊瑚に戻った。


「へえ、君は'液体化"できるんだ」

「そうだ。オレが海に愛されてる証拠だ。オマエの喉噛みちぎってやる」

「それは遠慮したいかな」


 珊瑚は口を開け首もとを噛もうとするが宇海は体表に電流の魔法を流しこれに反撃した。


「うおうおうお」


 力が緩まったところを引きはがし、蹴りを入れて距離をとる。格闘も得意の水の魔法も通用しないのは厄介だが、宇海の攻撃魔法のレパートリーは多い。対応は難しいことではない。

 再び液体化して攻撃を仕掛けようとする珊瑚に熱線の魔法を当てる。


「ぐぁ! 熱い! オマエいろんな魔法使えるのか」

「うん。魔法に詳しい友達がいてね」


 懲りずに攻撃を繰り返す珊瑚を今度は風の魔法で押し返す。色々な魔法が試せて宇海は満足だ。


「ぐっ、やるな。でもオレもっと本気出せるぞ!」


 珊瑚は目を黒化させ床に向かって水を吐き出し始めた。


「えっ、きたな……」


 水はみるみるうちに部屋中を満たしていく。大部屋は巨大な水槽と化した。


「オレ泳ぐの凄い得意だぞ。あと超越者なってから息長くなった」


 人間ではありえないスピードでこちらに泳いでくる珊瑚。氷の銛を作り体を貫こうとする。しかし宇海はそれをひょいとかわした。


「なにっ!?」

「僕の泳ぎは得意なんてもんじゃないよ。並みいる海の生き物より速く深く自由に泳げる。しかもながーい時間ね」


 "水中活動"それが宇海の能力だ。使いどころは限定的だがその舞台を相手が整えてくれた。


「スゲェ……ならこれはどうだ!」


 珊瑚は水中で液体化した。これではどこにいるか見えない。しかし視る必要はない。改造人間には温度を感知する能力がある。珊瑚が出した水はひんやりと冷たいが、液体化した珊瑚は温かかった。居場所は丸わかりなのである。なにも無いように見える場所から飛んでくる氷の銛を全てかわし、チャンスをうかがう。


「そこだ!」


 銛を避けるのと同時に宇海は雷の槍を投げた。


「ぐわあああぁぁぁぁ!!」


 部屋から水がひいていく。元の体に戻った珊瑚はぐったりとしながら水に揺れていた。今回は運がよかった。水が完全にひいた後、宇海は動力部に向かおうとする。


「オマエ、この船沈めるのか……?」


 弱々しく悲しげな声を絞り出す珊瑚。これだけ大きな貨物船が沈めば海は大きく汚れる。宇海にもよくわかっていることだった。


「……ごめんね」


 出会いさえ違えばきっと仲良くなれたはずの相手。それにこんな想いをさせてしまうのは心苦しかった。彼女は宇海と違いきっとウロボロスから悪くない待遇を受けていたのだろう。単純そうな珊瑚には彼らの海を守るという言葉が信じられてもおかしくない。しかし宇海にとってウロボロスは自身の人生を奪い命さえ弄んだ最悪の存在。そしてこれからさらに多くの命を奪おうとしている。倒さなければいけない相手なのだ。

 宇海はこちらに哀しい眼を向ける珊瑚から目を逸らし、動力部へと向かった。



 甲板ではなおも戦いが続いていた。不死身の肉体を持つ亜美はともかくナージャも凄まじい粘りをみせている。


「はあ……こんナに楽しイのは……はあ、初めテデス……!」

「はあ……はあ……私はそろそろ終わりたいかな……」


 しかしその戦いは爆音と揺れによって中断された。


「やったか」

「まだデス! 沈みきるまデ続ケまショウ!」

「ええ……」


 そこに一般の女性職員がやってきた。


「ナージャ様! 倒れている職員の避難を手伝ってください!」

「ンー、終わルまデ待っテられなイ?」

「貴女の心配もしているのですよ」

「デモ……」

「ナージャ様?」

「オーウ……わかりまシタ。亜美! いつカまタ続キをやりまショウ!」


 亜美としてはご遠慮願いたかった。その場から立ち去る二人を見送り、宇海が帰ってくるのを待つ。


「ごめん、おまたせ」

「いや全然。さあ帰ろう」


 互いの拳をコツンとぶつけあい、亜美をボードに乗せる宇海。しばらく海上を移動した後、振り返って沈んでいく船を見る。


「どうかした?」

「いや、ちょっとね……ウロボロスを倒しても奴らが解決しようとしてる問題はなくならないって思うとさ」

「それは私達が考えることじゃないよ。奴らは人体実験のために人の命を弄んでいるし、最終的には大虐殺をしようとしている。理由はともかく方法が間違ってるんだから止めるのが先決だ」

「そうだよね。ごめん、こんなこと」

「いいんだよ。海のことが心配なんでしょ?君の気持ちは間違ってるわけじゃない」

「……ありがとう」


 二人を乗せたボードは海上を真っ直ぐに進んでいく。二人の意思も真っ直ぐだ。ウロボロスを倒す。その時まではなにがあろうとメビウスのメンバー達は戦い続けるのだ。

 ここまで読んで頂きありがとうございます。よろしければ評価、感想等もよろしくお願いします。

 キャラクターから先に考えてしまうタイプなのでどのキャラがどのタイミングで誰と戦うかは割と行き当たりばったりです。しかし今回の対戦カードは再戦させてあげたいですね。

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