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6.予感

「清々しい朝だ」


 カーテンを開け、陽の光をめいっぱいに浴びながら亜美はそう呟いた。美耶子をベッドで寝かせるため椅子で寝て腰や肩に少し違和感がある。それに結局珠希を連れ帰ることが出来なかった。しかし今の亜美はそんなことで朝の気分を落とすことはなかった。寝て覚めたら美耶子がいる。それだけで悩みなど吹き飛んでしまうのだ。


「んん……おはよう、亜美」

「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

「うん」

「それはよかった。じゃあ朝ごはんにしようか」


 リビングでは紫水が既に朝食をとっていた。


「おはよう」

「おはようございます」

「んおお、おはよう」

「あら二人ともおはよう。朝ごはんもうできてるからね」


 紫水は箸の進みがやや遅いようだった。真桜もあまり浮かない顔をしている。娘が家出して戻ってきていないのだ。無理もない。何食わぬ顔で朝食を取れている亜美がおかしいのだ。


「ああそうだ、また新しい情報が入ってきたんだが」

「今日は学校休みだからすぐに行けるよ」

「いや、そっちの情報はまだ入っていない。少し不都合な状況らしい。潜入自体は問題ないようだが」

「ふーん、それで入ってきた情報って?」

「奴らの内部の情報だ。その中でお前向けのものといえば紺堂(こんどう)杏奈(あんな)についてのことだが」

「アイツの居所がわかったの!?」


 紺堂杏奈とはウロボロスの研究局長。改造人間を創り出した張本人である。彼女によって多くの人々の人生が奪われた。亜美もその一人。錦戸夫妻は亜美と珠希の本来の親ではない。二人は本来の親の顔も知らないのだ。ウロボロスとの元凶たる彼女こそ亜美が最も憎むべき相手なのである。その情報は重要だ。


「いや、どうやら彼女は数年前からずっと行方不明になっているらしい」

「行方不明?」


 組織にとって重要な幹部が行方不明とはどういうことなのだろうか。組織にもわからないとなれば見つけることは困難だ。


「正確なタイミングも組織は把握していないようだ。ほかにお前にとってめぼしい情報はなかったな」

「そう……てことは今日は一日フリーってことじゃん!」


 嬉しそうに美耶子を見つめる亜美。


「? どうしたの?」

「どこか行きたい場所はないかな? それか何か欲しいものとか」


 デートの誘いだ。紫水はあまりいい顔をしていない。


「その子を外に連れて行くつもりか」

「もちろんさ。せっかく自由になったんだから好きなことさせてあげないと」


 しかし美耶子は困った顔をしている。今まで自由な時間がなく、何を欲しがっていいのかわからないのだ。


「わたしは……その、亜美が行きたいところでいいよ」

「私の行きたいところか……」


 真っ先に思い浮かんだのはーー


「変なこと考えてないだろうな」

「も、もちろんだよ」


 アブナイところだった。亜美は少し困った。いままで連れて行ってあげることばかりで、自分から連れて行くところは限られていたのだ。


「お洋服買ってあげたらいいんじゃない? 今美耶子ちゃんが着てるのって珠希のお古でしょ?」

「そっか。ありがとう母さん」


 買い物デートに決定した。その時亜美の携帯電話に着信がきた。宇海からだ。


「もしもし?」

『もしもし、僕だよ。今日暇?』

「これからデート」

『えっ、美耶子ちゃんと? へー』


 何やら不穏だ。


『そういうことならお楽しみに。じゃあ切るね』

「う、うん。それじゃあ」


 小さな不安を抱えながら亜美は外出の準備を進めた。



「はじめましてだね。僕は渡宇海、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

「私は小青です」

「夢李よ」

「あ、その……」

「なんで君たちが来てるのかな……」


 やはりというか宇海が来ていた。そして夢李と小青も。せっかく二人でデートできると思っていたのだが。美耶子も困っている。


「僕は野次馬かな」

「私も……その、やっぱり気になるというか……申し訳ございません!」


 二人とも面白がって来たようだが夢李は違うようだった。


「私にはちゃんとした目的があるわよ」

「というと?」

「甘い言葉で女の子を騙す悪いレズビアンからいたいけな少女を守るためよ」


 ひどい言いようだ。幸い美耶子はよくわかってないようだが。夢李が美耶子の方を見つめると美耶子は怯えた様子で亜美の服の裾を掴んだ。別に夢李は睨んでいるわけではないのだが、目つきが悪いのである。


「ああ怖がらないで。ごめんね、突然三人も来ちゃって。ほら、お友達になりましょう?」


 夢李はにっこり笑って右手を差し出す。目は怖いが笑顔はとても可愛らしい。美耶子はその笑顔を見て警戒を解いたのか手を握り返し、確かめるようにぎゅっと握ると安心した様子で顔を緩ませた。


「よろしくね。お友達なんだからかしこまらなくてもいいわよ」

「う、うん! よろしく、夢李!」


 二人の間に温かい空間が生まれる。


「おお……! いい……間に挟まりたい……」

「なんなのよあんたは……ほら、服買うんでしょ。早く行きましょ」


 美耶子は亜美と夢李とそれぞれ手を繋いで歩き出した。


「うふふ、見て宇海ちゃんあの三人。親子みたい」

「なるほど……」


 野次馬二人も後に続いた。


 亜美たちは早速服を選び始めた。


「これとかいいんじゃないかな。美耶子には白が似合う。間違いない」

「たしかに……あっ、こっちもいいんじゃない?」

「わたしこれがいい」

「おお! いいねぇ。……おっ、ねえこれは夢李に似合わないかな」

「私はいいでしょ。今はこの子のために買い物してるんだから……まああんたがそう言うなら買うけど……」


 選んだ服を美耶子に試着させる。


「どう、かな……」


 小さく恥じらう美耶子は服と相まって大変可愛らしい。


「いいじゃん。買おう、全部買おう」

「ええ……あの子なんでも似合うんじゃないかしら」


 店をまわるたびに荷物が勢いよく増えていく。しかし心配はいらない。


「はい、これお願いね」

「う、うん……」

「おもい……」


 野次馬二人を荷物持ちにしたのである。宇海にいたっては荷物をボードに乗せ始めている。


「軽い気持ちで野次馬なんかにきた報いか……」

「ええ……これも亜美様のため甘んじて受け入れます」

「大丈夫なのかな……」

「ほっといていいよ。二人とも結構力もちだから。そろそろいい時間だしお昼にしようか」

「うん」


 五人で昼食を済ませた後は適当に気になった店をぶらぶらとまわる。


「ごめん私トイレ」

「あ、私も」

「じゃあ二人とも美耶子のこと頼むよ」

「オッケー」

「お任せください」


美耶子は亜美がいなくなろうとして不安になる。


「待って!」

「大丈夫、すぐ戻るから」


 結局亜美は行ってしまった。


 亜美はすぐにトイレを済ませて出ていこうとしたが、夢李に止められた。


「ねえ」

「どうかした?」

「美耶子ちゃん、あの子いい子よ」

「はっはーん、認めてくれたのかな?」

「ちがう。あの子がいい子だからあんたなんかに任せるのが心配なのよ」


 夢李は複雑な表情をしている。


「あの子あんたがちょっとトイレ行こうとしただけであんな顔してた。もしあんたがあの子に飽きたりなんかしたらきっとすごい傷つくはずよ」

「大丈夫さ。今回は私から彼女を求めているんだ。こんな気持ちになったのは初めてのことだよ。それに何か感じるんだよ、あの娘からは」

「なにか?」

「ああ。ウロボロスの奴らが大事そうにしていたことからも彼女が特別な存在であることはたしかだ。それを簡単に手放すなんてもったいないだろう?」

「女の子はあんたのおもちゃじゃないのよ」


 夢李の言葉は亜美にささった。彼女にそのつもりはなかったが今まで女性にして来た扱いは誠実には思えないものばかりだった。亜美はそれを理解している。


「……わかってるさ。君とだってそうだったように私は遊びで終わらせるつもりはないよ。きっと彼女なら大丈夫だし私も間違えないように気をつける」

「そう……正直まだ安心できないけどあんたがそこまで言うんなら……ごめん時間とっちゃって。早く行きましょ。あの子を待たせちゃう」

「うん」


 一方手頃なベンチで二人を待っていた美耶子たち。


「私たちも敬語使わなくていいからね」

「いやー僕は敬語使ってほしいかなー」

「あの、えっと……」

「もう! 宇海ちゃん、困らせちゃダメでしょ」

「あはは、ごめんごめん。冗談だよ。気軽でいいからね。ほら、なんか面白い話しようよ。そうだなぁ、この前亜美がね……」


 美耶子はこの二人ともすぐに打ち解けられそうだ。小青が亜美の魅力について語りだしていたとき、宇海は何かの気配を感じた。


「……?」

「あれ、宇海ちゃんどうかした?」


 小青の質問に答えず、宇海は後ろの茂みに飛び込んだ。


「誰かいるよね」


 しかしそこにいたのは人ではなく猫のような生き物だった。


「んなーん」

「なーんだ……警戒しすぎてたかなーー」


 宇海はすぐにその生き物がおかしな気配を発していることに気がつく。


「宇海ちゃん?」


 小青が心配して声をかけてくる。その声に反応したのか謎の生き物はどこかへ走り去ってしまった。


「なんだったの?」

「いや、なんでもない……のかな」


 とにかく気持ちが悪かった。ウロボロスは表社会に存在を悟られないため裏社会から出てくることはほとんどない。しかし動物に化けて表社会に紛れ込むことのできる人間がいるのかもしれない。しかし他の生き物に変身する魔法など宇海は聞いたこともなかった。美耶子を心配させるのもよくない。宇海はこのことは一旦胸にしまっておくことにした。


 宇海がベンチに戻るとトイレに行っていた二人も帰ってきた。


「お待たせ。二人とは仲良くなれた?」

「うん! 亜美のこと話してたんだよ」

「それはよかった。さあ行こうか」


 楽しい買い物の時間は夕方まで続いた。


「悪いね、家までついてきてもらって」

「いいっていいって。あ、そうだ亜美……」


 五人は買い物が終わった後現地解散せずに亜美の家まで荷物を運びに来ていた。宇海はあの生き物の話をしようとしたがやめた。


「ごめん、やっぱなんでもないや」

「? それならいいんだけど。美耶子はちゃんと楽しめたかな」

「うん! みんなと会えてよかった。またみんなでどこか行こう?」


 亜美としてはデートにならなくて残念ではあったが、美耶子が楽しんでくれたので問題なしだ。きっとこの方が良かったとも思っている。


「そうだね。夢李もありがとう」

「私何かした?」

「美耶子のこと心配してきてくれたんでしょ? あと私のことも」

「…….うん」

「お礼しないとね。私なら君がして欲しいことしてあげられるよ」

「私のことはいいのよ。美耶子ちゃんのこと大切にしてあげなさい。それじゃ。美耶子ちゃんもまたね」

「うん! またね!」


 帰路につく三人。大きく手を振りそれを見送る美耶子。ウロボロスとの戦いを忘れ一日を楽しみ爽やかな気持ちでそれを終えようとする皆だったが、ただ一人宇海だけは小さな不安を胸に抱え込んでいた。

 ここまで読んで頂きありがとうございます。よろしければ評価、感想等もよろしくお願いします。

 キャラの掘り下げはどのタイミングでどれだけやればいいか難しいですね。ここに書くことがなくなってきたら世界観やキャラの補足的なものを書くかもしれません。

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