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5.歌姫

「大丈夫!きっと誰かが助けてくれるはずだよ。ほら!」

「……うん!」


 少女は少年から差し出されたその手を握り返し、仲間たちのもとへ向かった。


「俺たちは諦めないぞ!」

「おー!」


 皆に続いて声をあげようとしたその時、あたりが真っ暗になってしまった。


「えっ……?」


 恐怖し少年の手を強く握る少女。が、少年の手はドロドロに溶けてしまった。気づけば少女は溶けて崩れた仲間たちだったものに囲まれていた。


「ああ……やだ……いやだ……!」


 その場から逃げようとする少女だったが少年だったものが身体に絡みついて動けない。少年だったものは醜く崩れたその顔をこちらを見つめ呪詛の声をあげる。


「どうして助けてくれなかったんだ……どうしてお前だけが生き残っているんだ……」

「ひっ……!いやっ……やめて……!」


 周りからも声が聞こえる。


「お前にはあの姉がいるから!」

「わたしたち約束したのに!」

「いいよなぁ里親まで見つかってよぉ!」

「俺も力が欲しいぃぃぃ!」


 耳を塞いでも頭の中に声が響いてくる。次々にまとわりついてくる仲間たちだったもの。このままでは飲み込まれてしまう。


「う、うわああああああーー」


 視界が飲み込まれていく。


「ーーあああああぁぁぁぁ……あぁ……」


 珠希は叫び声と共に飛び起きた。身体も布団も汗でぐっしょりだ。珠希の眼に涙が込み上げてくる。慟哭する珠希。


「ううっ、ごめんなさい……ごめっ、ごめん……ごめんね……ううぇっ、うぇっ」


 涙の次には吐き気が込み上がってくる。急いで洗面台に向かい、思い切り吐き出す。


「うぅっ、ゔぉぉええぇぇぐっ、おおぉえええぇぇぇっ……はあー……はあー……」


 顔が上げられず吐瀉物をじっと見つめることしかできない珠希。それに雅が気づく。


「おっ、おぬし!」

「さわるな!」


 突然の叫び声に雅は驚き足を止めてしまった。


「あっ、あぁ、わるい……へへっ、見ろよ。ひどい顔してるだろ?」


 鏡と向き合い自身の顔を見る珠希。その顔は涙と吐瀉物でぐちゃぐちゃになっていた。


「おぬし……本当に大丈夫か?」

「大、丈夫……だ……。よくあることだ。それより今日なんだろ? あいつらと戦うのは。早く準備しないと……」

「無理はするなよ」


 雅は心配そうにその場を立ち去った。

 珠希はずっとこうした悪夢に苛まれ続けている。過去、自殺をはかったこともあった。それでも改造人間の身体がそれを許さず、今はウロボロスに対する憎しみで生きる気力をつないでいる。

 何度か息をついて落ち着いた珠希は、顔を洗ってから地上に向かう。

 珠希たちは今アレフの地下に住んでいる。地下には居住スペースとしてあまりあるほどの部屋があり、一番奥の部屋には下水道に繋がる隠し通路まである。曰く秘密基地みたいでカッコいいでしょとのこと。

 志摩子が普段使っているのは地上にある居住スペースで、珠希たちはそこで食事をすることになっている。志摩子は既に店の準備を始めているようだった。珠希は簡単に朝食を済ませる。

 出る前に志摩子と話がしたかった珠希は彼女のもとへ向かった。


「志摩子さん」

「あらおはよう。少し早いわね」

「ええ、ちょっと……ん?」


 営業時間外だというのに店内がなにやら騒がしいことに気づいた。


「よっしゃー! アタシの勝ちー! ざまーみろー!」

「まだ二対一だよ。わたしが勝ってる」

「っへーんだ。すぐに追いついちゃうもんねー」

「あいつら……!」


 緑と加保がダーツで遊んでいた。


「おい、なんでお前らがいるんだ」


 珠希が寄って話しかけると二人も気づいて嬉しそうな顔をした。もっとも珠希は心底嫌そうな顔をしているのだが。


「あっ、たまちゃんじゃん。おはよー!」

「いえー。おはよー」

「なにしに来た」

「実はね、アタシ達もここにお邪魔することになりましたー! たまちゃん面白いし、雅ちゃんからはたんまりもらってるから継続して雇ってもらってるってことで言い訳も十分! ちなみにしましまには話つけてまーす」

「よろよろー」

「まじかよ……」


 こんな奴らに四六時中付き纏われてはたまったものではない。珠希の気分は大きく下がった。早速抱きついてくる緑


「フフッ、気に入られちゃって。久々に友達ができたみたいで私も嬉しいわ」

「全然嬉しくねぇよ……」


 珠希は人との関わりを避けていた。過去にいた友人はどちらかと言うと控えめだったので、いきなりこのような距離感で接してこられるのは気持ちのよいものではなかった。

 珠希もそろそろ本題に戻りたい。緑を振りほどき、カウンターの側に戻った。


「志摩子さん。その、これまでいろいろ教えてくれてありがとうございました」

「なによ突然。別にいいのよ。言ったでしょ? 貴女は私の娘みたいなものだって」

「でも、これから始まると思うんです。私の本当の人生ってやつが……だから」


 緑は茶化しに入ろうとしたがいつの間にかいた雅に止められた。


「そんなに感謝してるんだったら私の言うこと聞きなさい」

「なんですか」

「ちゃんと帰ってくること」

「はい……!」


 もとよりウロボロスに復讐を果たすまでは死ぬつもりはない。


「では行くぞ」

「ああ」

「っと、その前に、ほれ」


 珠希は拳銃のようなものを渡された。だが拳銃にしては銃口がやけにでかい。


「うっわなにそれ〜」

「簡単に言えばバカが作った拳銃じゃな。凄まじい破壊力をもつが、専用の弾丸が必要で常人が使えば一発で両腕が死ぬ」

「バケモノになら使えるってわけか」

「ああ。おぬしの拳銃では超越者相手には役に立たんであろう。バケモノにはバケモノじゃ」

「なるほどな」

「それからここから目的地までは遠い。そこでリニアの年間パスをおぬしのために作っておいた。大事にするんじゃぞ」

「ありがたく使わせてもらう」


 えらく用意がいい。珠希は雅の存在に感謝してリニアカーの乗り場まで向かった。



「ここか」


 珠希はリニアカーを降りた後下水道から目的地に向かった。下水道の壁をぶち破るとどこかの通路が出てきた。


『聞こえるか、珠希』


 突然頭の中に声が響いた。雅の声だ。


「随分と遠くから話しかけられるんだな」

『うむ。わしのテレパシーはこの星の裏側まで届くぞ』

「そいつはすげぇ。でも周りの状況が視えてるなら人のいるところでは話しかけるなよ。イタイやつには思われたくない」

『あいわかった。そこはウロボロスの地下倉庫。ちょっと広いと思うが心配いらん。わしの指示する通り痕跡をたどるのじゃ』

「頼むぞ」

『アタシたちもいまーす!』

『いえー』


 都合の悪い声は聞かなかったことにした。

 珠希の服装はアレフの制服のベスト。右手にはナイフ、左手には拳銃を持っている。そしてその瞳は復讐心と共に紅く燃え上がっている。


『そろそろ敵と鉢あうぞ』


 曲がり角で警備の職員が現れた。二人いるうちの近い方の首をナイフで掻き切り、遠くにいる方の頭を拳銃で撃ち抜く。銃の反動は確かに感じたが特に気になる程ではない。初めての殺人にもなにも感じなかった。既に自分が壊れていることも懸念したがすぐに忘れた。奴らに慈悲をかける理由などどこにもない。


『やるー!』


 走りながらでも寸分狂わない動きに緑が驚嘆した。別に持ち前のセンスと志摩子の指導だけのものではない。()()()の内容は店の手伝いだけではないのだ。

 職員たちを次々に蹴散らし、広めの部屋にたどり着く珠希。そこには大柄な人造生物が待っていた。吠えて威嚇する相手にも冷静に銃弾をくれてやる珠希。しかしその銃の破壊力を持ってしても、敵の構えた腕に傷はつかなかった。どうやら相当に硬い外殻を持っているらしい。


「なるほどな。だが内側は柔らかそうだ」


 しかし鎧トカゲは身体を丸め、回転しながら突進してきた。これでは柔らかい部分を狙えそうにない。鎧トカゲは壁にぶつかると跳ね返って再び珠希に突進してくる。部屋中を高速で跳ね回る鎧トカゲ。それに対し珠希は冷静に銃を収め、ナイフを構えた。突進をかわしナイフを振り抜く。斬撃は鎧トカゲに通った。回転する外殻と外殻の隙間を正確に狙い切り裂いたのだ。諦めずに突進を繰り返す鎧トカゲに珠希は同じことを何度でもやってみせた。無数の切れ込みが入った鎧トカゲ。仕上げに突進に対し空いた左手で真正面からパンチをぶつけてやると鎧トカゲはバラバラに弾け飛んだ。小さく息をついた後、珠希は奥の扉から先へ進んだ。

 少し進むと更に大きな部屋に出た。部屋の中心近くを通り過ぎようとしたとき、幼い声が聞こえてきた。


「ここでなにをしているのですか?」


 振り向くとそこにいたのは小さな少女だった。ウェーブのかかったツヤツヤとブランド髪とブカブカの黒い制服。張り付いたような微笑みは感情を読み取らせない。


「ガキ……いや、見た目で年齢を推し量るものじゃないってのは昨日学んだことか」

『気をつけろ。そやつからは異常なエネルギーを感じる。超越者じゃ』


 戦闘態勢をとった珠希を少女はじっくりと観察している。


「あなたが錦戸亜美……あれ? 聞いていた情報と違いますね」

「ああ、確かに私はそいつじゃないな」


 一番比べてられたくない相手と一緒にされかけて、珠希は怒り心頭だ。


「そうですか。残念です。しかし我らウロボロスにたてつくかわいそうな超越者が他にもいたなんて」

「トランシーバーだかトランスフォーマーだかしらないが、改造人間なんてのは力だけ無駄にある頭のいかれたバケモノでしかない。かわいそうなのはあんたも同じだよ」

「ふん、旧世代型の超越者ならそうかもしれませんね。まあいいでしょう。この晴巳(はるみ)(そら)があなたに身のほどというものを教えて差し上げます!」


 強烈な突風とともに戦いの火蓋が切って落とされた。空の瞳には桃色の光が映し出され、その周りが黒化する。突風の中でも珠希は相手を真正面に捉えながら突進した。超越者の眼は薄く硬い膜によって乾燥や衝撃などから保護されている。銃は使いづらくなったが、ただの強い風では少しの足どめにしかならない。だが距離を詰められても空は笑みを崩さなかった。


「かかりましたね」


 空は珠希の頭を掴み、思い切り顔を近づけてから口を大きく開いた。


「アァ〜〜〜〜♪」

「うわっ!?」


 奇妙な声が脳に直接響いてくる。怯んだ珠希は空に蹴飛ばされ、その場に頭を抱えながら倒れ込んでしまった。


「いかがですか? わたくしの"怪音波"は」


 よほどその能力に自信があるのか、空はゆっくり立ち上がる珠希を相手に何もせずにベラベラと喋りだした。


「怪音波は直接相手の脳に作用し、感覚を大きく鈍らせます。あなたはそれを至近距離で食らったのです。さあそろそろ見えも聞こえもしなくなってきたのではありませんか?」


 頃合いを見計らって格闘をしかけようと飛びかかる空。だがその動きが突然止まる。空の腹に珠希の膝が突き刺さっていた。


「ごふぅっ!? な、なぜですか!?」

「私は()が特別鋭いんだ。あんたの能力にはそれを消せるだけの力はなかったみたいだな」


 "超感覚"。研ぎ澄まされた五感とそれを百パーセント生かすことのできる精密性こそが珠希に与えられた能力だった。


「そんな……」

「相手が悪かったな」


 珠希のナイフが空に襲いかかる。硬化した筋肉には深い傷を入れることはできないが、浅い傷でも数が多ければ影響は出てくる。


「ああぁ! 痛い!」


 ナイフを恐れて距離を取ろうとしたならばすかさず銃で追撃し、ダメージに動きを止めたところを再びナイフと蹴りで激しく攻めたてる。


「いぎぃぃ……! なんなんですかその銃は!」

「お前らを殺すための銃だよ」


 空は格闘が苦手なのか珠希の攻撃をほとんど捌けていない。なんとか余裕を見つけて突風の魔法で距離を離す空。空の傷が治っていく。超越者には集中回復という能力がある。その間ほとんど動けなくなり体力を消耗するがダメージを短時間で回復させることができる。ただし欠損した部位は生えてこない。


「はあ……はあ……まったく、可愛い女の子になんてことするんですか!」

「なら可愛くなくしてやるよ」


 珠希はナイフで空の顔を大きく切り裂いた。


「いああああああぁぁぁ!! てめぇ! てめぇなんてことを!」


 集中回復によって傷は完全に治ったが、それは空にとってこれ以上にない屈辱だった。


「ハッ、バケモノらしい口調になったな。そっちの方が似合ってるぞ」

「ほざけぇぇぇぇ!」


 怒りに身を任せ魔法も能力も忘れた空はもはや珠希の敵ではなかった。下手くそなパンチをかわし、足を引っ掛けながら地面に押し倒し滅多刺しにする。


「ぎゃああああああああああ!!」

「これでとどめだ」


 銃口を空の口内に押し込み引き鉄を引こうとしたその時、珠希の身体に鎖が巻き付き空の身体から引き剥がされた。


「あ……ああ……(まだら)……」


 現れたのは全身をぴったりと覆う黒いバトルスーツに身を包んだ女性だった。口もとを面頬に、目もとをバイザーに隠していて顔がわからない。右手に先程の鎖を握っている。


「もう一人いやがったか」


 鎖を引きちぎり戦闘を継続しようとする珠希を女性は制止した。


「待ってくれ。私は君と戦うつもりはない」


 そう言って素早い動きで空を確保し珠希から距離をとった。


「わたくしはいいから……あいつを……あいつだけは許さない……」


 空は集中回復する余裕もなくなっているようだ。


「いいや今は君の治療が優先だ。こんな施設よりも超越者を失う方が損失は大きい」

「待て! お前らは全員殺す!」


 銃を構える珠希だったが、女性はそれを無視して部屋から出て行った。


「君とはもう会わないことを願うよ」

「ちっ、逃したか……」


 珠希は部屋の奥の扉から先に進んだ。


『そこの右の部屋じゃ』


 扉をぶち破り小部屋に入った珠希。だが部屋中を見渡してもそれらしきものは何も見つからない。


「ここじゃなかったのか」

『んん? おかしいのう。ちょっと待っておれ』


 少しして再び雅の声が聞こえてきた。


『どうやらそこにいたのは確かじゃが既に移動した後じゃったようじゃ』

「なんだよ……」

『だ、大丈夫じゃ。そこから次の痕跡をたどることはできる。すまんのう』

「次は大丈夫なんだろうな」

『む、無論じゃ……たぶん』


 珠希は駄目そうな気がした。


『まあ一旦帰ってこい。次の痕跡がはっきりするまで休憩じゃ』


 珠希はそれに従うことにした。傷はないが服が汚れて気分が悪い。



「おお、戻ったか」

「おっかえりー!」


 戻ってきて早々緑が抱きついてきた。


「離れろ、この」

「いーじゃんいーじゃん。せっかく帰ってきたんだからさ」

「何がせっかくなんだよ」


 そこに志摩子が来た。


「おかえりなさい珠希。ちゃんと約束守れたじゃない」


 緑を引きはがし志摩子と向き合う珠希。


「ええ。でもまだ終わってません。また出ていくことになります」

「ならまた戻ってきなさい。バイトは貴女しかいないんだから」

「はい。約束します」


 真面目な雰囲気に緑はつまらなさそうにしていた。


「ねーねー、アタシたちも働いちゃダメ?」

「こんなウザい店員いらねえよ。加保なんて無表情だし」

「フフッ、それも面白そうでいいじゃない。それに無愛想なのは貴女も同じでしょ?」

「うう……」

「バーの仕事、わからない」

「テキトーでいいんだよ。わりとガラガラだし」

「勘弁してくれ……」


 アレフも騒がしくなりそうだ。珠希に平穏は訪れそうにない。時刻は夕方ごろ。もうすぐ開店時間だ。


「今日はバイト休んでも大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。ゆっくり休んできなさい」


 地下の自室に戻り制服から着替えてベッドに横たわる。珠希は悪い夢を見ないことを願いながらゆっくりと眠りについていった。

 ここまで読んでくださりありがとうございます。よければ評価、感想などもよろしくお願いします。

 冒頭珠希がゲロ吐くシーンがありましたが実は最初は改造人間には副作用があって全員に血反吐吐かせるつもりでした。結局設定を変更し、副作用はなくなったのですが、珠希には吐くシーンが欲しいと思ったので吐いてもらいました。この先珠希が吐くシーンがまだあるかもしれませんね。

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