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4.復讐者

 亜美は夕飯を終えると美耶子を部屋に帰らせて紫水に放課後のことを話した。


「珠希が家出!? なにがあったんだ」

「私も知らないよ。まあ居場所の検討は大体ついてるけど」

「ならさっさと探してきたらどうなんだ」

「私嫌われてるんだよ?」

「仲直りするいい機会だろ」

「簡単に言ってくれるよ。まあでもやっぱり気になるし、行ってみるよ」


 本当は美耶子との時間を過ごしていたかったが、珠希は一応妹だ。放っておいていいものではない。亜美は上着を羽織り、夜の街にくりだした。



 場面は同日の昼頃まで遡る。錦戸珠希は二人の少女に追いかけられていた。


「ねえ珠希ちゃ〜ん、たまちゃ〜ん、無視しないでよ〜」

「ちっちっちっ、おいでー、いいものあげるよー」


 珠希のことを追いかけてーーというよりうざ絡みしてーーいるのは万場(まんば)(みどり)安達(あだち)加保(かほ)。緑はその名前に合わせているのか緑に染めたサイドアップの女の子で、口には八重歯がきらめいている。加保は地味めな雰囲気の女の子で、砂色のハーフアップツインテールと完璧な無表情が特徴だ。何故かいつもギターケースを背負って歩いている。

 二人はいつのまにか珠希の前に現れて以来会うたびに付き纏ってくる。存在がうるさい緑となにを言われても全く表情が変わらない加保に、珠希は辟易していた。


「ほんっとさ〜、ちょ〜っと付き合ってくれるだけでいいんだって! ね〜たまち〜ん」

「てめぇ次その呼び名で呼んだらブッ殺すからな!」


 ついに珠希はキレた。しかし無表情の加保はともかく緑はとても嬉しそうだった。


「やっと構ってくれた〜」

「やったね緑。いえーい」

「イッエーイ!」


 よっぽど嬉しかったのか、たんにオーバーなだけか二人はハイタッチまでしている。珠希もとうとう諦めてしまった。


「はぁ……もうわかった。着いてきゃいいんだろ」

「ウォッホホ〜! その気になってくれたの〜!? それじゃこっちこっち〜」


 緑に引っ張られ、珠希は校舎の屋上まで連れて行かれた。


「おいなんだってこんなとこに……」


 結構な距離を移動したので休み時間がもうすぐ終わりそうになっていた。二人は質問には答えずに珠希から少し距離をとった。


「かほちん」

「ん」


 緑の合図で加保がギターケースを降ろすと、どすんとやけに重たい音が鳴った。緑がギターケースから取り出したのはなんとライフル銃。二人は左右に分かれて攻撃してきた。


「っ!? こいつら……」


 珠希の瞳が紅く燃え上がった。放たれた銃弾を全て手掴みにし、手始めに加保から叩く。一気に距離を詰め加保の身体に手を伸ばすが、素早くかわされてしまった。


「こいつ……ただの人間の動きじゃない……!?」


 しかし二人の瞳は光ってなどいない。動きが人間離れしているのを抜きにしても、その身のこなしからは確かな練度を感じた。


「仕方ない」


 珠希は銃弾をかわしながら懐から拳銃を取り出し、加保の移動先の地面を撃った。銃撃に一瞬動きを止める加保の銃を叩き割り、大きく足払いして加保を地面に叩きつけた。

 続いて緑に狙いを定める。真っ直ぐ追いかけ銃弾を避けたりしない。ただ手のひらだけを前に掲げる。珠希の手のひらは銃弾を全く通さなかった。改造人間には皮膚や筋肉を硬化させる能力がある。この程度の攻撃では多少痛いくらいにしかならない。

 そのまま銃をぶんどりながら緑を地面に押し倒し、奪った銃を胸元に突きつける。


「ひいいい〜っ! 降参! 降さ〜ん!」

「お前らどういうつもりだ! 答えによっちゃこのまま撃ち殺す」

「あ〜、その〜、え〜っとね〜」


 指をもじもじさせながら全力で目を逸らす緑。イラついた珠希は銃口を胸にぐっと押しつけた。


「いだいいだい! やめて〜!」

「もうよい」


 突然上の方から声が聞こえた。声がした方向を見ると貯水タンクの上に少女が座っている。


「あぁ? ガキ?」


 膝裏まで伸びた長い黒髪と同じく黒いワンピース。その見た目はだいぶ幼かった。少女はふわりとその場から飛び降り、珠希へと歩み寄ってきた。


「わしが強化した人間をあっさり倒すとは、さすがは超越者といったところじゃな」


 珠希は緑を解放し、銃口を少女へと向けなおした。


「まあ待て、わしはおぬしと戦うつもりはない。ちょっと試させてもらっただけじゃ」

「いい度胸だな。ふざけたことしやがって」

「待てと言っておるじゃろう。わしはおぬしと話し合いにきたのじゃ」

「ガキ相手になにを話すんだよ」

「ほお? なかなか失礼なやつじゃな。わしゃこう見えてもおぬしの数十倍生きておるぞ」

「はぁ!?」


 冗談かと思ったが、珠希は彼女の身体の周りに特殊なマナの流れがあることを感じた。どうやらはったりではなさそうだ。


「あんた何者だ」

「星読みの魔女というのを聞いたことがあるか?」

「ああ、この国の政府が未来を見ながら政治をしてるって都市伝説だろ」

「くくっ、それが都市伝説ではないのじゃよ。わしこそがその星読みの魔女、砂暮(すなくれ)(みやび)じゃ」


 珠希は驚いた。未来を見る魔法など信じられなかった。


「こいつらも政府のさしがねってことか」

「いいやそいつらはただ都合よくここに通ってただけの傭兵じゃ。わしの部下にはもれなく政府の息がかかっておるからな」

「なに? 政府があんたをよこしてきたわけじゃないのか」

「そうじゃの。できれば政府には知られたくないことじゃ」


 珠希には雅の意図が読めなかった。


「で、結局なにが目的なんだ」

「おお、そうじゃったな。わしは大いなる力を政府より先に手に入れたいのじゃ」

「大いなる力?」

「うむ。ガルーダが飛んでいたのを見かけてな。もしやと思い未来を視たら大いなる力を何者かが手にしておった。それを手にした者は神にも近しい存在となる。おぬしにはそれを手に入れる手伝いをして欲しい。もし手に入ったらおぬしにくれてやってもよい。どうじゃ?」


 信じられない話だが、雅にはそれを信じさせるほどの凄みがあった。だが珠希にはこれ以上力なんて必要なかった。


「くだらないな。そもそも未来が見えるんなら私が手を貸すかどうかも見えてるんじゃないか?」

「つまらんことを言うな。未来視は頻繁に使えるものでないし、視える未来も大雑把なものか断片的なものだけじゃ。まあわしの見た未来にはおぬしがおったがの」

「案外星読みの魔女様もあてにならないんだな」


 珠希はそう言って立ち去ろうとする。だが雅は表情を崩さない。


「よいのかのう?大いなる力を手に入れたものは破壊も再生も思うがままなのじゃぞ?この国から紛争をなくすこともできるし、失われた命を取り戻すことだってできる」


 その言葉に珠希は足を止めた。


「命を……だと?」

「興味がわいたか?」

「ああそうだな。手を貸してやる。私はなにをすればいい」


 雅は満足そうに頷いた。


「まずは鍵となる少女を探すのじゃ。おそらくじゃが少女はウロボロスに捕らえられておる」

「奴らの基地を片っ端からぶっ潰せばいいんだな」

「まあおおがねそうじゃが、わしの力で少女の痕跡を辿れば近道が見えてくるかもしれんの」


 珠希のウロボロスに対する憎しみは相当なものである。しかし、珠希はメビウスに入らなかった。組織から救出されてからしばらくの間戦う決心がつかず、亜美に対する負い目からその後も入らずにいたのだ。これはまたとないチャンスである。このことは亜美だけでなく両親にも知られたくない。珠希は亜美の力に頼らずケジメをつけたかった。


「家にはいられないな……」


 この選択によって珠希と雅は大きく遠回りすることになったのだが、二人には知るよしもなかった。



 亜美が向かったのはとあるバー、アレフ。ここは珠希のバイト先である。ドアベルを鳴らしながら店に入り、真っ直ぐカウンターまで向かい、バーのマスターに話かける。


「やあ志摩子」

「志摩子さんでしょ。年上のレディには敬意を払うよう教えたでしょう?」


 彼女は滑川(なめかわ)志摩子(しまこ)。大人な雰囲気の溢れる女性だ。紫水や真桜とは長い付き合いで、珠希が働いているのもその縁あってのことである。亜美にとっても"イロイロ"教えてもらったある意味での師匠である。


「これは失礼。でもあの夜"志摩子って呼んで"なんて言ってたのは貴女だったと記憶しているのですが」

「あの時は酒が入ってから……って何言わせてるのよ。なんで来たかは知らないけどミルクしか出せないわよ」

「いえ、それが飲みたかったんです。それに来た理由は知っているのではありませんか?」

「さあ? なんのことかしらね」

「珠希のことです」

「今日は仕事いれてないわよ」


 志摩子がとぼけていることは明白だった。やはり簡単にはいかない。ここは強行突破することにした。


「そうだ、久々に地下室に入れてくれませんか」

「だめよ」


 はっきりと敵意を向けられた。これには亜美も困った。志摩子を傷つけずに制圧することは亜美にも難しいのである。


「なぜ彼女をかばうのですか」

「あの子は私にとって娘に近い存在なの。そんなあの子からの頼みとなれば聞いてあげたいものでしょう? それに、ようやくあの子が自分から何かをなそうとしているの。それを止めようなんて野暮じゃないかしら?」


 そう言って志摩子は微笑みかけてきた。妹の意思を尊重したい想いは亜美にもあった。もともと乗り気でなかったこともあり、亜美は諦めることにした。


「わかりました。これを飲んだら今日はもう帰ります。父には見つからなかったとでも言っておきます」

「ありがとう。それならお代はいらないわよ」


 亜美はミルクを飲み終わるとすぐに店を出て行った。ドアが閉まりベルの音が鳴り止んだとき、カウンター裏のドアから珠希が顔を出してきた。


「すみません、志摩子さん」

「いいのよ。言ったでしょう? 貴女は娘みたいなものだって。ま、それじゃあお礼として締めまで働いてもらおうかしら」

「バイト代が出るならやりますよ」


 互いに笑みをかわしバックヤードに戻る珠希。店の制服に着替えようとロッカールームに入るとそこで雅が待っていた。


「おぬしがなにを考えてるかよくわからんが、まあよかったの。そうじゃ、わしにも一杯いれてくれぬか?」

「とびきりキツイのいれてやるよ」

「ほほう、それは楽しみじゃな。まあそれは置いといて、少女の痕跡のある奴らの施設が視えたぞ。明日頼めるな」

「ああ、まかせろ」

「頼もしいかぎりじゃ」


 珠希にとって人生はウロボロスへの復讐のためにあったと言っても過言ではない。ついにそのときが来た。止まっていた時間を動かすときが来たのだ。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。よければ感想や評価もお願いいたします。

 今回の第四話、そして第五話は珠希たちアレフサイドの話になります。亜美やメビウスのメンバーの活躍を期待していたようでしたら申し訳ございません。これからはメビウスサイドとアレフサイドの話を交互に繰り返していく形になると思います。亜美たちの活躍はしっかりあるのでご安心ください。また、珠希たちのことも気に入っていただければ幸いです。

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