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2.鍵

 少女はそこで泣いていた。そこはこの世の弾かれ者が集まる場所だった。紛争によって身寄りがなくなった者達がそこで死んでるように生きていた。少女もきっとそうだったのだろう。だが時と共にそこにいた者たちは一人、また一人と次々に離れていった。少女にはただ冷たい孤独だけが寄り添っていた。


「赤ん坊……? 親に捨てられたか……それとも親を失ったか……まあこんな時勢だしな」

「可哀想に……」

「まさか拾うつもりじゃないだろうな。俺達に子供を持つ余裕などないぞ」

「それでも、放ってはおけません。ああよしよし、寂しかっただろう。」


 少女はとある夫婦に拾われた。初めて感じた温もりだった。


「名前はどうしようかしら」

「……美耶子」

「え?」

「美耶子。その子の名前だ」


 美耶子と名付けられたその少女は清らかな心を持った義母と、不器用な義父の下で貧しいながらも幸せな生活を送った。

 ある日のことである。少女は義父の怒鳴り声で目を覚ました。様子を見に行くと見知らぬ女と話をしている。


「わかったら帰れ! もう二度とくるんじゃない!」

「残念だ。君達にとっても悪くない取引だと思ったのだがな」

「いいか、もう二度とくるんじゃないぞ」

「ああ、よくわかった。取引は不成立ということだ。私は二度とこないさ」


 そう言って女はその場を後にした。


「お父さん……?」

「美耶子……すまない、怖がらせてしまったな」


 義父は申し訳なさそうに言うと少女のことを抱きしめた。


「どうしたの? お父さん?」

「大丈夫だ絶対に守ってやる。父さんと母さんで」


 だがその言葉には裏切られることとなる。その時を境に少女達に数多くの不幸が降りかかった。

 まず義父が職を失った。義父の勤め先に余裕がなくたなってしまったのだと言う。それから程なくして収まりつつあった紛争が再び激化した。少女達は巻き込まれ、家を失うこととなった。なんとか手に入った新しい家で今度は義母が原因不明の病に侵された。どこを訪ねても医者達は手を上げた。きっとわかったとしても莫大な金額を要求されるに違いない。そしてそんな金が用意できるはずもない。


「あの時美耶子を渡していればこんなことにはならなかったのか……?」

「滅多なこと言わないで……私達で守ると決めたのはあなたでしょう……?」

「わかってる。絶対に見捨てたりしない。だが考えてしまうんだ。美耶子の代わりに手にした金で手に入った新しい家庭を……美耶子がいるからこんな不幸が降りかかっているんじゃないかってことを……俺は父親失格だ……」


 薄い壁に隔てられただけではその声を遮ることはできない。少女は不安と恐怖で頭が狂いそうになった。

 それからのことを少女はもはやよく覚えていない。気づけば親は消えていた。またも彼女は捨てられたのだ。絶望の淵を彷徨っていると光は潰え、闇と孤独が少女を包んだ。元から存在しなかった自由など夢見ることさえ許されず、ただ苦痛だけが延々と続く。


 助けて……ああ、誰かわたしを助けて……。


 無限に続くと思われた地獄は、突然終わりを告げることとなる。苦痛が消えた。一体なぜ? 光が見える。ここは何処? 体に誰かの温もりが触れる。あなたは誰? 少女はついに目を覚ました。


「ああ、やっと起きた」


 まぶたを開くと見知らぬ誰かと目が合った。男性とも女性ともつかない美しい顔が優しい微笑みで温かい目を向けている。その顔があまりに整い過ぎているからだろうか。少女は何も言えず、ただ見つめ返すことしか出来なかった。しばらく不思議な沈黙が続いた後、その人はようやく口を開いた。


「私は錦戸亜美。君の名前を教えてくれるかな」


 低く響くその声からはやはり性別を判別できない。とりあえず質問に答えねば。大事なものだ。忘れてはいけないその名前は――


「美耶子……わたしの名前は長姫(おさひめ)美耶子(みやこ)

「教えてくれてありがとう。可愛い娘は名前も可愛いね」


 この人は信用してもいいのだろうか。だがこの人が助けてくれたということだけはわかる。美耶子は自分の手が握られていたことに気づいた。義父に似た大きな手のひらで確かに強く、しかし義母に似た痛みのない優しさで。幸せだった日々を思い出し、いつしかその瞳にはいっぱいの涙が溢れて出していた。


「う、うわああああああぁぁぁ!!」


 見も知らぬはずの人に泣きついてしまった美耶子だが、その人は何も言わずに抱き返し、優しく背中をさすってくれた。

 落ち着いてから再び顔を合わせるとその人が女性であることが認識できた。


「あ、その、わたし……ごめんなさい……」

「気にしないで。ところで名前以外に何か覚えてることはないかな」


 曖昧な記憶を辿るが、絶望していた自分を顔の見えない集団が乱暴に捕まえて暗い箱に閉じ込めたことだけがぼんやりと浮かんでくるだけだった。


「ごめんなさい……」

「そっか。そろそろ時間だから私はもういくよ。大したことじゃないからすぐに戻ってくる。この部屋で待っててね。お腹が空いたら机の上にお弁当が作ってあるから」


 そう言って彼女は部屋から出て行ってしまった。しかし美耶子には彼女の温もりが残っている。錦戸亜美……あの人はきっと信頼できる。だがまた捨てられたりしないだろうか。美耶子はその温もりが消えないように自身の体を抱きしめた。



 ここはウロボロスが保有するとある施設の一室。銀髪の少女が悔しさと苛立ちの唸り声をあげている。


「ああっもう! 信じられない! 移送直後だったとはいえどうしてあんなに重要な物の警備に生物兵器もロボットもつけてないのよ! お父様になんと報告すれば……」


 リニアカーの上で亜美と対峙したあの少女である。自身がしょうもない失態を犯したこともあって、その苛立ちは今なったノックの音にまで及びそうになっていた。


「愛様。今よろしいでしょうか」

「なに? 今気分悪いからさっさと済ませなさいな」

「鍵を奪った者についてです。報告によると奴は錦戸亜美と名乗ったとのこと。また、これまでに我々の施設を複数回襲撃した者と同一の人物であることが確認されました」

「錦戸……? まあいいわ。済んだなら早く行ってちょうだい」

「はい、失礼します」


 少女はコンピュータから組織のデータベースにアクセスし、先程聞いた名前を探し始めた。


「なるほど亜美か……なんにせよ施設を襲撃し続けているとなればむしろ好都合ね。施設ごとに最低一人は超越者を配備させて……今に見てなさい」


 


「それじゃ行ってきます」

「気をつけてねぇ」


 亜美は家を後にした。大したことじゃないと言ったが本当に大したことではない。学校に行くだけである。美耶子と話していたので少し出るのが遅れてしまった。妹の珠希ももう先に行ってしまっている。

 遅刻なんてしょっちゅうだが今日は気分がいい。亜美は急いで学校にに向かった。


「美耶子ちゃんかぁ。声や仕草まで可愛かったなぁ。絶対私のものにしてみせる」


 自由がどうのと言っておきながら独占する気満々である。とりあえず美耶子は孤独を心配する必要はないだろう。

 しばらく走っていると見覚えのある人影が目に入ってきた。


「おはよう! 三人とも」

「ああ亜美。おはよう」

「おはようございます」

「……おはよ」


 宇海と小青ともう一人、ツンとした態度の女の子。灰色に黒いメッシュがいくつか入ったふわふわのポニーテールと随分と目つきの悪い緑眼。これでもなかなか特徴的だが一番目を引くのは亜美のそれよりさらに大きな胸だろうか。

 彼女は火明(ほあかり)夢李(ゆめり)。亜美とは幼馴染でメビウスのメンバーの一人。宇海と小青と3人で同棲しているが、彼女は改造人間ではない。


「三人にしてはちょっと遅いようだけど?」

「宇海が寝坊したのよ」

「へへへ、ごめんて。あっそうそう、あの娘どう?」


 特に反省した様子はない。彼女は美耶子に興味津々だった。きっと気になって眠れなかったとかだろう。


「名前が長姫美耶子ってだけ。あとは覚えてないみたい」

「そっかぁ。組織の秘密を知ってたりしたらよかったのになぁ」

「まあそこはしょうがないよ。あぁそれにしても可愛かったなぁ。」


 亜美の言葉に夢李がムッとする。


「なんか珍しいわね。あんたが誰か一人に対してそんなふうになるなんて」

「もしかして妬いてる?」

「違う!」


 夢李は亜美に惚れている。ウロボロスになんの因縁もないのにメビウスにいるのも亜美に対する恩義と惚れた弱みによるものである。亜美はそれを知っている上で夢李に手を出しやることまでやっている。そのくせ付き合ったりはせず次々と他の女に手を出してはまた夢李に戻ってくるのだ。紛れもなくクズである。


「今まで誰とも付き合ってなかったけどまさかロリコンだったとはね」

「人聞きが悪いな。好きになったのが偶然年下だっただけだよ」

「きっしょ」


 亜美は見た目と外ヅラだけは無駄にいいので多くの人から高い評価を得ているが、彼女をよく知る者達からの評価は散々である。ただ一人を除いて。


「そんなこと言わないの夢李ちゃん。亜美様、素敵ですわ! きっと運命の人と巡り会えたのですね!」

「始まったよ……」


 小青にとって亜美は自分を含め数多くの人を救った救世主である。そのため亜美を神格化しているのだ。


「ハハハありがとう。さて、そろそろ行こうか」 


 改造人間は通常時その能力に大きく制限がかかる。そのため表社会においても問題なく生活ができる。

 放課後まではいつも通り何も問題はなく時間が過ぎていった。


「おい、姉貴」


 授業が終わり早く帰ろうという時に亜美は肩を思いっきり掴まれながら呼び止められた。


「うわっどうしたんだよ珍しい」

「いいから聞け」


 彼女は。錦戸珠希(たまき)。亜美の妹だ。顔の輪郭やパーツは亜美と同一のものだが、胡散臭いニヤニヤ顔の亜美と違いへの字に口を結んだしかめ面をしている。色々と大きな亜美と異なり身長も体型も至って普通に見える。ある程度伸びた髪は後ろでシニヨンにしてまとめられている。

 亜美は珠希に嫌われている。そのため珠希の側から話しかけてくることは滅多にない。それなのにこうした様子で話しかけくるということは何かあったに違いない。亜美は態度を改めた。


「私はしばらく家に戻らない。父さんと母さんに伝えてくれ。探そうとか思うんじゃないぞ」

「ああ、そう。わかった」


 聞きたいことはいくつもあったがそうはしない。亜美は珠希のことをよく知っている。これ以上問いただしても死ねだとかそんな言葉しか返ってこないのである。

 会話が終わると珠希はすぐに行ってしまった。気を取り直してさあ帰ろうと思ったら今度は通信機が震えだした。


「ああっ、早く帰らなきゃいけないのに」


 人気のない場所に移動し通信機を取り出す。当然紫水からの連絡だ。


『奴らの施設の場所が一つ割れた。情報を送るから今から行けるか?』

「オッケー。道具なら一式持ってる。場所が分かればすぐに行けるよ」

『いつも悪いな。俺にも力があればよかったんだが』

「気にしないで。やりたくてやってるんだ」

『頼んだぞ』


 通信が切れると亜美は大きくため息をついた。美耶子にすぐ帰ると言ってしまっているのだ。本当は早く帰りたくて仕方がない。


「やれやれだ。さっさと終わらせてしまおう」


 亜美は正装に着替えるとワイヤーガンを取り出し街の空を駆け抜けた。

 ここまでお読みいただき大変ありがとうございます。評価、感想などございましたらこちらも嬉しいです。

 お気づきの方もいるかもしれませんが、名ありキャラクターの名前には共通のテーマのモチーフがございます。わかるでしょうか。

 次回もお楽しみいただければ幸いです。

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