1.不死身の少女
初めて投稿させていただきます。まだまだ勉強不足で読みづらい部分や稚拙な文章も多々あるかもしれませんが、読んでいただくだけでも幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
ここではないどこか遠い世界。美しい橙と紫の夕空に、大きな鳥が飛んでいた。
巨鳥の見下ろす先に広がるのは大きな四角い箱の群れとその間を行き交う動く箱。既に見慣れたつまらぬ光景。
しかし巨鳥は不意に見えた影に目を奪われた。箱から箱へ妙な動きで飛び移る影。光が漏れ出し騒がしさも失われぬ中、一際暗く静かな場所に、その影はあった。
大きな四角い箱――いやもうビルでいいだろう。――の上に降り立ったのは、黒いスーツを纏った女性だった。高い背に広めの肩幅、大きな手とそして端正な顔つき。一見すると男性にも見まごうような姿。しかしその豊満な胸がそれを女性であると主張している。頭の低いところでひとつ結びにした黒い長髪を風でたなびかせ、怪しい微笑みを浮かべながら小さな機械に話しかける。
「無事に目標地点にまでついたよ」
すると機械から低い声が返ってきた。
『こちらでも確認した。そのまま施設内に潜入し、ターゲットに向かえ。必要なら無明にナビをさせる』
「ありがとう。でも必要ないね。地図はちゃんと頭に入れてある。」
『そうか。ターゲットについてだが、回収するか破壊するかはお前の判断に任せる。いいな』
「ああ、それと潜入は無理だよ。とっくに気づかれてる」
『何をやってるんだお前は……ならもう侵入でいい。と に か く、今回は今までで一番重要な任務だ。なんとしても失敗だけはするなよ』
「オーケー。っと、そろそろお迎えが来そうだ。通信切るね。愛してるよ、パパ」
『お前はそのいちいちふざける癖を――』
呆れた怒鳴り声が途切れるのと同時に背を向けられたドアが勢いよく開いた。
「何者だお前は!」
白い制服を着た二人の男が銃を構えながら出てきた。
「自己紹介した方がいいのかな?」
そう言って振り向きながらゆっくり歩き出す。銃を向けられているというのにえらく余裕だ。
「おい、止まれ」
制止の声を無視して歩き続けていると、痺れを切らしたのか片方の男が引き金を引いてしまった。弾丸は胸部の中心から左寄り、急所を正確に撃ち抜いた。だが彼女は、口から血を垂らしながらも物ともしていない。
「なっ、こいつは……!」
驚愕の男たちに、彼女は慇懃無礼に名乗りを上げる
「私の名前は錦戸亜美。以後お見知り置きを?」
言い終わると共にその瞳に黄色い光が灯る。制服の男たちがそれを認識したとき亜美は既に後ろを取っていた。小さな二つの打撲音に続いて、制服の男たちは順番にダウンしていった。
「へへっ、悪いね。さてと、思ったより面倒なことになってるな」
施設内では既に警報が鳴りまくっていた。耳をすませば慌ただしい足音が次々迫ってくるのがわかる。
目標の階まで一気に駆け下り、角を二つ曲がったところで敵と鉢合わせた。先程の二人と同じく白いキャップと制服のその男を吹き飛ばし、後ろに控えていたもう一人を捉える。相手は女性の職員でキャップは被っておらず、丈が長く大きめのサイズのコートに似た制服を着ていた。飛んでくる男性職員に驚きながらもすぐにこちらに向き直り、その両手から火球を放った。火球は前に構えられた腕に命中し小さな爆発を起こした。
「やった」
と、声を上げたのも束の間、煙の中から生えてきた腕によって女性職員は地面に叩きつけられたーー気持ち優し目に。
「あちち……安物とはいえ毎回新調するのも考えものだね」
燃え散った袖を見ながらそう吐き捨てるが、そこから露出した腕は陶磁器のように真っ白で焦げ跡ひとつ付いていなかった。
「さてと、この部屋か」
少し先の部屋の前にとまり、ポケットを漁る。通路の両側から職員たちが走ってくるが気にも留めない。右手に取り出したカードを機械にかざすと扉は勝手に開かれた。
「お邪魔しま〜す」
「えっ、どうやって!?」
部屋の中には沢山のよくわからない機械が置いてあり、白衣を着た研究員風の職員が数人なんらかの作業をしていた。驚く研究員たちにカードをひらひら見せてやりながら部屋を見渡すと一際大きな機械に繋がれたカプセル状のものを見つけた。
「あれか」
降参の合図をする研究員たちを縛り上げ、ターゲットを確認する。
「中身は何かな。……!?」
なんとその中には人間の少女が入っていた。十から十二歳程だろうか、儚さを感じさせる細い身体に色彩の薄い長い金髪、目を閉じているがその顔はこの世のものとは思えないほどにーー
「かわいい……」
思わず口からでた感想に首を振り、もう一度よく観察してみればこの少女が苦悶の表情をしていることに気付く。頭や腕に機械が取り付けられ、そこから配線がいくつも伸びている。まさに不自由という言葉が相応しい。
「これは確保の方で行くかな」
亜美にとってこのような光景は到底許されるものではなかった。
気づけばドアを叩く音が聞こえる。この部屋のキーを持った職員はあの場に居なかったようだがおそらく時間の問題だろう。
「ちょっと乱暴にしちゃうかもしれないけど、ごめんよ」
そう言ってカプセルを機械から無理やり引き剥がし、それを抱えて窓を突き破った。
「ちょっと急がないと」
懐から銃のようなものを取り出し、その引き金を引くと先端からワイヤーが飛び出した。ワイヤーは近場のビルの看板に引っかかり、もう一度引き金を引くとワイヤーは巻き戻された。その動きを何度も繰り返し、まるで空を飛ぶように移動する。驚異的な腕力である。
そうしているうちに眼下に線路が現れ、これまた異次元の身のこなしでビルの壁を水平に駆け下り、線路に飛び込んだ。
「〜♪時間ピッタリだね」
瞬間リニアカーが現れると、亜美の姿はその場から消えていた。なんとリニアカーの車両の間に手を引っ掛けて移動に利用したのである。無茶な無賃乗車である。
「これでひとまずは安心だ」
凄まじい風を楽しみながら呑気に鼻歌でも歌っていると、何やら後ろ側から異様な気配が迫ってくるのを感じた。振り向くと黒い影が超常的なスピードでこちらに走ってくるのが目に入った。
そのスピードに関わらずエンジン音をまったく出さない漆黒のバイクとそれにまたがり編み込みハーフアップの銀髪を靡かせる少女。女性職員のものを黒くした制服を着ており、年齢は亜美と同年代に見える。なんと彼女はヘルメットどころかゴーグルすら着けていない。
この国においては最も速いはずの乗り物を一気に追い上げ、こちらの真横に並んだと同時に車体が突然跳ね上がった。少女はバイクからリニアカーに飛び移り、バイクは一つ前の車両に落下した。バイクは着地と同時にどぷんと音を立てながら液体に変じた。
「それを返していただけるかしら?」
「なんのことだい?」
立ち上がってすっとぼけてみると、相手はそれを無視し、こちらの顔を見て言った。
「その目……あなた超越者じゃない。どうして組織に歯向かうような真似をしているの?」
「トランセンダー……改造人間のことかい?大層な名称がつけられたもんだね」
みれば彼女の目も紫色の光で染められている。2人は強化改造を施された人間であり、今まで見せられてきた超人的な身体能力はそれによるものだったのである。
「話が噛み合わないわね。」
「君らと話すつもりなんてないからね」
「あらそう。それなら話は早いわ」
言い終わると彼女の白目の部分が黒く染まっていた。更に背後ではバイクだった液体が筋骨隆々としたトカゲ人間のような姿をとっていた。
「ふーん……おっと、やる気満々なところ悪いけど戦うのはまた次の機会にさせたもらうよ」
「は?」
亜美が握っていた手を開くと中から閃光が放たれた。もうすっかり暗くなったこの時間帯、効果は抜群だ。
「しまった! ああウソでしょうもう……」
目が眩んでいるうちに亜美は姿を消してしまっていた。
「この私があんな子供騙しみたいな魔法なんかで! 〜〜〜〜! 悔しい〜〜!」
「ハッハッハッハ、またね〜! ってもう聞こえないか」
亜美はいま空を飛ぶボードに乗っている。そこにはもう一人、ボードを操作する少女がいた。
黒の短髪と丸みを帯びた輪郭の童顔。亜美と比べれば大したことはないがそれでも女性としては身長が高めであり、黒のライダースーツに強調されたスレンダーなボディラインがその印象を強めている。同じボーイッシュでも亜美とは印象がだいぶ違う。
「ターゲット、持って帰ることにしたんだ」
「ああ。もしかして重かったかい?」
「全然大丈夫。僕のは特別製だからね! お疲れ様、亜美」
「うん。ナイスタイミングだったよ。宇海」
そう言うと二人は互いの拳をコツンとぶつけあった。
少女の名は渡宇海。亜美のよき相棒である。
「で、それ結局なんだったの?」
「帰ってからのお楽しみってことで」
「ならもっと飛ばしちゃお」
かなりの危険運転で街を突っ走った二人は、とある裏路地に入りボードを降りると何処かに消えてしまった。
「ただいま! ミッションコンプリートだ」
「ご苦労、二人とも」
「おかえりなさい。亜美様、宇海ちゃん」
二人は何処かの建物の中にいた。出迎えたのは壮年の男性と、二人と同年代の少女だった。
「では、まず報告から入れ」
男性の声は亜美が屋上で話しかけていた機械からの出ていたものと同じ声色をしていた。
彼こそ亜美の父親、錦戸紫水。厳格な雰囲気を持った男である。
もう一人の名前は無明小青。青みがかった白髪のショートボブと薄い目が特徴的な女の子だ。彼女も改造人間である。
彼らは"メビウス"。裏社会を支配する組織"ウロボロス"に対抗するために紫水が結成した組織である。メンバーのほとんどは改造人間で構成されている。
「そうだね、まず見ての通りターゲットを確保したのと、帰る途中組織の改造人間と遭遇したよ。初めてだったけど幸い戦闘にはならなかったよ。宇海のおかげでね」
そう言って宇海の方を見るとサムズアップを返してくれた。
「うむ、それでターゲットの内容は一体なんだったんだ」
だいぶ興味ありげだ。宇海も小青も見るからに知りたがっている。
「それがだね……ちょっと待ってよ」
手で三人を制止しながらカプセルを開き、纏わりついている機械を慎重に外し、少女を取り出した。
「これが……?」
「まぁ……」
「女の子?」
三者三様の反応を見せる。しかし皆何処か拍子抜けしたような顔だった。きっと強力な兵器だとかもっと大層な物だと考えていたのだろう。
「あいつらの反応からしてもかなり大事そうだったけど、父さんは何か知らないの?」
「いや、ただ奴らに鍵と呼ばられていたらしいということしか……。こちらで調べることもできんし、情報待ちだな」
「鍵、か……。一体なんの……」
「まあとにかく奴らの計画を妨害出来たことは確かだ。一人の少女を救出したこともな」
今なお少女は眠り続けている。しかしその表情は明らかに柔らかいものとなっていた。険しさがなくなったその顔は益々可愛らしい。亜美は神々しさまで感ている。
「それで、その娘どうするの?」
「その子が何か知っているかもしれんしここで預かるのがいいだろうな」
「せっかく自由になれた娘をこんな狭っ苦しい場所に閉じ込めるつもりかい? この娘は私の家で預かるってのはどうかな」
亜美がこの少女を助けた一番の理由は彼女が自由を求めていると確信したからだ。不自由にさせるわけにはいかない。
当然紫水は反対する。
「馬鹿を言うな。この子は奴らに狙われているんだぞ。母さんや珠希を巻き込むことになるぞ」
「あいつらは表社会じゃあんまり動かないと思うよ。私が十年近く何事もなく学校にまで行ってるくらいだし、スパイにもずっと気付けてないような間抜け集団だ。もし何かあっても母さんは私が守るし珠希は自分でなんとかできるはず」
亜美の決意は堅かった。
「そういう問題じゃなくてな……」
それでも家族のため食い下がる紫水に意見したのは小青だった。
「わたくしからもお願いします。わたくしはここに住んでいましたが、ここは狭いですし窓もありませんし……組織の施設にいたときとあまり変わりありませんでした。あんな思いさせたくはないです」
「そうだったか……わかった。好きにしろ。だがそう決めたのならしっかり守れよ。母さんも珠希も、その子のことも」
「任せて」
「取り敢えず今日のところは解散だ。まだ夕飯には間に合うだろう」
玄関前に立つと四人は足もとから溢れ出した光に飲み込まれ、その場からいなくなっていた。メビウスの本部には入り口が存在せず、ポータル術によってのみ出入りができるようになっている。まさに秘密基地だ。
「じゃあまた、気をつけて」
「うん、それじゃ」
宇海と小青はもう一人別のメンバーと三人で暮らしている。亜美たちとは方向が違うのでここで別れることになる。
亜美たちの家は住宅街の一角、なんの変哲もない一軒家だ。
「ただいま。お腹すいたよ」
「あら亜美ちゃん、紫水さん、おかえりなさい。お夕飯できてるわよ」
二人を出迎えた彼女が亜美の母親にして紫水の妻錦戸真桜。声も雰囲気もとても優しい。
「珠希は?」
「あの子なら今日はバイトだけど。あら?その子は?」
真桜は亜美が抱えている少女に注目した。
「だめじゃない、いくら女の子が好きだからってそんな小さい子にまで手を出すなんて」
「違うよ!組織に囚われていたんだ。ここであずかれないかなって……まあ下心がないとは言い切れないけど」
「勘弁してくれ……」
紫水は頭を抱えた。
「まあそういうことなら家族が一人増えるくらいなんともないわよ。宇海ちゃんや夢李ちゃんがいたこともあったんだし」
「ありがとう。あとはこの娘自身がどう言うかなんだけどね……」
夕飯や風呂を済ませ自室で寝かせていた少女の様子を確認するが、彼女はまだぐっすり眠っている。機械に繋がれていた間相当体力を消耗していたのだろうか。
「まだまだ一件落着ってわけにはいかないか」
これは始まりに過ぎない。ウロボロスが本格的に動き出そうとしていたことを亜美は勘づいていた。この少女にも色々聞きたいことがある。
だが亜美も疲れていた。今は何も考える気にならない。椅子に腰掛けると程なくして沈むように眠ってしまった。
ここまでお読みいただき大変ありがとうございます。評価、感想などがございますとこちらも大変嬉しく思います。また次回も読んでいただき、できれば楽しんでいただければ幸いです。
自分は亜美のようなキャラクターが好きでこの作品の主人公とさせていただきました。うまく表現できているかわかりませんが、次回以降での活躍でも魅力を伝えていこうと思いますので気に入っていただければ幸いです。その他キャラクターも次々登場させていくつもりですので、それらも楽しみにしていただきたく存じます。