第7話「女神さまは助かりたい」
昼休み。
今日も健太と弁当を食べていると、ポケットに入れていたスマホのバイブが振動する。
こんな時間に何だろうと思い通知を確認すると、それは五条さんからのメッセージだった。
――えっ?五条さん!?
送り主がまさかの五条さんだった事に驚きつつ、慌ててメッセージを確認する。
『大変なの!ヘルプミー!!』
それは、緊急性を思わせるお助けメッセージだった。
大変?何が?そう思いつつ、一体何事かと俺は慌てて五条さんの席を振り返った。
するとそこには、たった今俺にお助けメッセージを送ってきたとは思えない、いつもと変わらない無表情を浮かべる五条さんの姿があった。
無表情でスマホを眺めているだけだというのに、その姿はただただ美しく、まさかあの澄ました美少女からたった今送られてきたメッセージが『ヘルプミー!』だなんて、絶対誰も思うまい。
「ん?どうした聡?」
「いや、何でも無い。ただちょっとメッセージ返さないとだから、すまん」
一緒に弁当を食べる健太が、不思議そうに聞いてくる。
だから俺は、そんな健太に一言詫びを入れつつ、無表情で助けを求めてくる五条さんにとりあえず返事を送る。
『何?どうした?』
メッセージと様子が全く釣り合っていない五条さんに、まずは何事かと問いかける。
すると、すぐに返事が返ってきた。
『昨日あれからスパイスについて勉強していたら、次の数学の提出課題してくるの忘れちゃってたの!そしてそれを今さっき玉子焼きを食べたら思い出したの!もう大パニックよ!!だから申し訳ないんだけど、解答見せてっ!!』
そんな一文と共に、無数の涙マークと土下座マークを送ってくる五条さん。
確かにメッセージからは物凄く焦っている事が伝わってくるのだが、送った本人は尚も無表情で澄ましており、そのギャップというか温度差がとにかく凄い。
そして、何故玉子焼き食べて思い出したのかも謎だった。
『分かった、いいよ』
色々気になるところだが、事情が分かってしまえばどうということは無かった。
俺は机から、次の数学の授業で提出する課題プリントを取り出す。
まぁ友のため、課題を見せてやるぐらい全然構わない。
困った時はお互い様ってやつだ。
だがそこで、一つの問題に気が付いた。
――あれ、これこのまま席に持って行っていいのか?
そう、相手はあの五条さんなのだ。
クラスの皆には俺達が師弟関係な事は秘密にしているため、いきなり俺がこのプリントを持って行ったら絶対に目立つに決まっていた。
だから、ものの数歩で辿り着く所に五条さんの席はあるのだが、その距離が今はとても遠く感じられるのであった。
そう悩んでいると、またすぐに返信がきた。
『ありがとうっ!でもここだと目立つから、密会しましょう!!ついてきて!!』
密会?なんだなんだ!?
その急なメッセージに戸惑っていると、椅子を引きずる音が聞こえてくる。
その音に反応して後ろを振り返ると、席を立ち上がった五条さんがそのままゆっくりと教室から出て行こうとしているのであった。
「わ、悪い健太!ちょっと野暮用!!」
「なんだトイレか?いっトイレ~」
だから俺も、健太に断りを入れつつプリント片手に慌てて五条さんのあとを追った。
◇
少し前を歩く五条さんは、人気のない廊下の角を曲がった。
だから俺も、遅れてその廊下の角を曲がる。
「わっ!」
「うぉ!?」
そして角を曲がると、そこには五条さんが待ち構えていた。
そこは普段鍵の閉められている音楽室の前で行き止まりになっており、隠れるには絶好の一角だった。
「ごめんごめん、ありがとね!」
「ビックリしたぁ……」
笑って謝ってくる五条さん。
その雰囲気は、先程までの誰も寄せ付けないようなクールで無表情な感じとは全く異なり、俺にとってはいつもの明るく朗らかな感じだった。
「――はい、じゃあプリント」
「ありがとう!ダッシュで写させて頂きますっ!!」
俺がプリントを渡すと、五条さんは自分のプリントと二つ床に並べて物凄いスピードで解答を写していく。
普通に解いていたら少なく見積もっても三十分は必要になるボリュームだが、こうして写してしまえばものの数分で終わってしまう。
そして、解答を写し終えた五条さんは一度安堵の溜め息をつくと、ありがとうとプリントを返してきた。
「助かったわ!それから、こことここ間違えてたから丸つけておいたわ!」
「えっ!?」
驚いた俺は、すぐさま返して貰ったプリントを確認する。
すると確かに俺の答案に対して丸が書かれており、指摘された通りその箇所は計算ミスをしていた。
なんと五条さんは、こうして俺の答案を写すと同時に俺の答案ミスまで見つけていたのである。
元々俺なんかより頭が良い事は分かっていたが、そのあまりの早業に素直に驚いた。
「凄いな、これなら答え見せなくてもすぐ終わったんじゃ?」
「ううん、ある答えから間違いを探すのは簡単だから」
そうなのだろうか?
俺にはいまいちピンと来なかったが、まぁ実際に目の前でそれをしてみせた五条さんがそう言うのだから、そういう事にしておこう。
「田中くんには、貸りが一つできちゃったな」
「いや、いいって。それに貸りというなら、俺だって昨日ご飯食べさせて貰ったし」
「それは、作って貰ったし洗い物までして貰っちゃったからチャラーーううん、それも貸りだねっ!」
ニッと歯を出して微笑む五条さん。
その無邪気な笑みを前に、俺は「本当に気にしないでいいよ」と照れつつ返事をした。
「ううん、受けた恩はちゃんと返すのが五条家の家訓なの!」
「家訓なの?」
「ええ、今決めたの!だから週末、ちょっとツラ貸してっ!!」
ん?ツラ貸して?
言葉が少し不穏だが、初めて話した時と同じようにキラキラとした瞳で身を乗り出してくる五条さん。
恩返しをしようという側なのに、まるで期待に満ちたようにワクワクした様子の五条さんに、俺はどうしたものかと頭を掻いた。
「――分かった、じゃあ週末は空けておくよ」
「本当にっ!?やったわ!それじゃあ追って連絡するね!楽しみだわっ♪」
まぁ断る理由もないし、週末も予定は無いため俺がオッケーと返事をすると、本当に嬉しそうに微笑んでくれる五条さん。
そして「じゃあ、田中くんは先に教室戻って!課題助かったわ、ありがとねっ!」と手を振ってきたため、俺は言われた通り先に教室へと戻る事にした。
――そんなに、喜んでくれるのか
一人教室へ向かって歩きながら、喜んでくれる五条さんに俺も喜びを覚えつつ、思わず頬が緩んできてしまう。
そして、五条さんに空けておくように言われた週末がやってくるのが、今から楽しみで仕方なくなっているのであった――。
週末の予定が入りました。
メリハリのありすぎる五条さん、初の週末ではどんな顔を見せてくれるのでしょう。
続きます!!
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